軍帽十番勝負! 番外編

「おめでとうございます」
リザはそう言うと、部屋に入ってきた礼装の男に向かい堅苦しい敬礼をしてみせた。
軍帽のつば越しに彼女を見たロイは、疲れた顔に困ったような、くすぐったいような表情を浮かべ、彼女の敬礼を片手でいなした。
「ああ、もう堅苦しいのは式典だけで十分腹一杯だ。肩の星を一つ増やすのに、三時間も掛かるとは。毎度のことながら、非効率にも程がある」
半ば照れ隠し、半ば本音といった彼の言葉にリザは生真面目な敬礼を直ると、微かな笑みを浮かべてみせた。
「夜空の星々の光が地上に届くには何千光年掛かるのですから、僅か三時間くらい我慢なさってはいかがですか?」
「君も年と共に屁理屈が多くなった。嘆かわしいことだ」
そう言って芝居がかった様子で首を振るロイに、リザは澄まして答えてやる。
「何しろ素晴らしいお手本が目の前にいらっしゃるものですから」
「ああ、まったく。身に覚えがありすぎて、ぐうの音も出んよ」
ロイはふっと大きな溜め息を吐くと、すっと肩の力を抜いた。
そして、彼は改めて真っ正面からリザと向き合うと、酷く生真面目な顔をして言った。
「さて、これで将校まであと一つだ」
リザは感慨深い想いで男の晴れ姿を見つめ、もう一度祝福の言葉を口にした。
「おめでとうございます」
シンプルな、だからこそ思いの籠もったリザの言葉に、ロイはカッチリとした礼装には不似合いな少年のような笑みを浮かべた。

礼装を着た彼の肩には、リザの位置からは見えないが三つ目の星が輝いている。
大佐という地位は、彼の目的を果たす課程の一つに過ぎないけれど、それでも昇進は着実に彼が前に進んでいる証であった。
リザは自分が昇進したかのような誇らしい気持ちで、ロイの姿を見つめ、そして彼同様に表情を緩めた。
そんな彼女にロイはおどけた様子で、先程の彼女の敬礼に対する答礼を返し、気障なウィンクをして寄越した。
「さて、昇進祝いに何をもらおうか」
「私から何か差し上げずとも、祝賀会場で散々貢がれていらしたのではないのですか?」
彼女の方へと歩み寄りながら、ふざけたことを言うロイにリザは眉を顰めてみせる。
だが、伊達男はそんな彼女の表情に構うことなく、あっと言う間に彼女との距離を詰めてしまった。
リザの肩を抱きながら、ロイはそっと身を屈め彼女の耳元で言う。
「褒美があれば、もっと昇進が早くなるかもしれんぞ?」
彼の吐息の中にアルコールの成分を感じ、リザは少しだけ開放的になっている彼を律するように素っ気ない声で答えた。
莫迦なことをおっしゃってないで、さっさとお着替えになっては如何ですか?」
莫迦なこととは何だ、莫迦なこととは」
少しだけムキになる口調が子供っぽい。
この声で、このギャップがまた彼の魅力ではあるのだが。
そう思い、リザは苦笑して彼に問う。
「何をお望みですか?」
本当は、彼女だって小さなプレゼントくらい用意してあるのだ。
だが、それを当然のように差し出すのも何だか気恥ずかしい。
だから、この会話を利用して、督促されたから不承不承という体を装って軽く渡してしまえばいい。
しかし、そんな彼女の目論みはロイの次のひと言であっさり崩れ去ってしまった。
「そうだな」
ロイはそう言って考える素振りを見せると、意外な程真面目な声で彼女に言った。
「君からのキスを」
意外な彼の答えに、リザは思わず至近距離で彼を振り向いた。
「今、何と?」
思わず聞き返す彼女に間近で見つめられ、ロイは僅かにたじろいだ様子をみせ、そして開き直ったように小さく喚いた。
「いつも私からばかりだから、たまには君から、その、だな」
そう言った男は、すっと目線を下げ、軍帽で表情を隠してしまった。

ああ、もう何だろう。
いつも自信満々の癖に、こういう時だけこんな可愛い顔をするのは反則だ。
しかも、それが彼女の前でだけだというのだから、尚更たちが悪い。
これでは、リザは優越感とその他諸々の感情で雁字搦めになってしまうではないか。
リザは思わず、軍帽の影に隠れてしまったロイの頬に手を伸ばす。
ロイは視線を伏せたままだ。
そっと彼女の方から近付けば、こつりと軍帽のつばが彼女の額に触れる。
自分からあんなことを言った癖に顔を上げてくれない男に、リザは柔らかな声で言う。
「大佐、軍帽のつばが、おでこに当たるのですが」
「ああ、すまない」
ロイはそう言うと、思い切ったように軍帽を脱いだ。
普段あまり自分から作ることのない、ロイとの近すぎる距離にリザは少し緊張する。
彼女の緊張はロイにも伝わったらしい。
二人は莫迦みたいに至近距離で見つめ合ったまま、その場に固まってしまう。
しばしの沈黙が二人の間に満ちた。
どうにも動けなくなってしまった二人の緊張感を破るものはない。
困り果てたロイがふっと頭を振った時、彼のオールバックがはらりと乱れた。
リザは彼の瞳の上に憂いを落とす前髪の存在に惑わされそうになる自分に抗おうと、まるで正反対のことを言った。
「大佐、帽子を脱がれると、髪がぺちゃんとして変な頭になっていて気持ち悪いのですが」
「君は私にどうしろというのかね!」
思わず苦笑した彼の吐息に、場の空気が緩んだ。

リザは生真面目に彼の頬の手を添えたまま、正直に彼に答える。
「私はどんな風に貴方に触れて良いのか、分からないようです」
「今で十分上手く触れてくれていると思うが?」
そう言いながら、今度はロイが両手で彼女の頬を包み込んできた。
白い手袋の手に上を向かされ、リザは促されるままに瞳を閉じると彼に向かってこう答える。
「貴方ほど上手に触れる自信がないのですよ」
「それは光栄だ」
彼はそう言って笑うと、結局自分から彼女に口付けを落とした。
これは誰に対するご褒美なのだろう?
そう思いながら、リザは新しい肩章に頬を寄せ、彼の抱擁に答えたのだった。

 Fin.

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【後書きのようなもの】
 ロイの日。いつまでも少年で、人誑しで、男前な大佐が好きです。そして、軍帽と礼装は正義。
 オフ本でやった軍帽十番勝負! ネタがまた降りてきたけど、流石にもう五本まとめるパワーはないので、ロイの日ネタに昇華してみました。

お気に召しましたなら。

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