as like as peas

※ 先日Twitterで参加した「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」のお清書版です。1.5倍くらいになってます。


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「突入決行は二〇一五、計画に変更はない。先陣は私が率いる。各隊は部隊長の指示に従うように。以上だ」
 ロイは簡潔に全部隊にそれだけを伝えると、各自が持ち場に着くように解散を命じた。
 支援部隊との打ち合わせの為に彼から少し離れた場所にいたリザは、耳に飛び込んできた己の上官の言葉に驚いて本営を振り向いた。振り向き様に一段高い場所にいた彼と一瞬目が合った気がしたが、ロイは彼女に気付かなかったような顔をして本営に引っ込んでしまった。
 結局、あの男はまた無茶な作戦を決行する気なのか! 
 彼女は自分の進言が聞き入れられなかったことに腹を立てながら、自分の上官のいる本営へと足早に向かった。
 長い待機状態からようやく解放された部隊は慌ただしく動き始めていて、場はさながら休眠明けの蜂の巣のように騒がしい。その喧噪を抜けた先、ロイのいる本営地は指示と怒号が飛び交い、更なる混迷状態を呈していた。
 そんな嵐の中心に、彼女はようやくロイの姿を見つける。
「大佐!」
「ああ、少し待て」
 怒りを込めた副官の声に、ロイは顔すら上げなかった。おそらく彼女のお小言の内容を理解しているであろう男は片手で彼女をいなし、ファルマンに描かせた建物の見取り図に部隊配置を描き込み、デスクの周りにいる部下に矢継ぎ早の指示を出していった。作戦直前のピリピリした空気が場を満たし、指示を受けた部下たちは簡潔な答礼と共に各々の持ち場へと駆けだしていく。
 そんな中、リザはずかずかと彼のいるデスクの傍らまで歩み寄った。彼女は内心の怒りを冷たい声に変換し、なるべく冷静に、なるべく嫌味っぽく聞こえるように、彼に言った。
「大佐。先程『計画に変更はない』と仰いましたが、それは私の進言をお聞き入れ頂けなかった、と理解してよろしいのでしょうか?」
「ああ。君の立案した作戦も一考の価値はあったが、なにぶん君にかかる負荷が重すぎる。狙撃手に突入の指揮までさせるほど、我が隊は人手に不足してはいない」
 リザの進言。それは『危険な作戦の時は上官は前線に出ないで、後方に収まっていろ。上官を出すくらいなら自分が前線に出る』という当たり前すぎるものであった。いつもいつも口を酸っぱくして同じ言葉を繰り返す彼女の言葉を、今回もこの男は馬耳東風とばかりに聞き流そうとしている。
 リザは怒りに唇を震わせながら、更に嫌みの精度を上げる。
「そうでしたか。指揮官が最前線に立たなければならないほど、我が隊は人材不足かと心配しておりましたが、それは私の杞憂だったのですね」
「ああ、杞憂だ。指揮官が最前線に立ってもフォローが間に合う程に、優秀な人材が揃っている」
 しかし、敵も慣れたものである。彼女の怒りを煽るように、ロイは涼しい顔で彼女の嫌みを打ち返してきた。司令官の癖に最前線で矢面に立つことしか考えない男はそのまま彼女を無視すると、平面図に数カ所の丸印を入れた。そしてずっと彼の横で待機していたハボックに最後の指示を与えると、再び何でもないような顔をして彼女を見た。
「さて、全ての準備は整った。君も自分の持ち場に戻れ。狙撃班はBブロック担当の筈だ」
 先程のやりとりが無かったかのように、ロイは言う。ごり押しで己が作戦を押し通そうとする上官に呆れ、彼女は思わず大きな声を上げた。
「大佐!」
 彼は彼女の声にも動じず、微かな笑みさえ浮かべている。その余裕が腹立たしくて、彼女はいつものことではあるが、彼に怒りをぶつけずにはいられなかった。
「どうして貴方は、いつもそうなのですか」
「そう、とは何だ」
「前線に出られることです。それでは、私は貴方をお守りできません」
「だから、狙撃班として」
「建物の中に入られては、いくら私でもフォロー致しかねます」
 彼の言葉を途中でひったくるように反論するリザに、ロイは眉間に皺を寄せることで、内心の苛立ちを面に表した。
「だからと言って、君が前線に出る必要はないだろう。それならハボックでも」
「それも申しましたが、大佐が却下なさいました。責任者が必要だとおっしゃるなら、大佐の次にこの場で地位が高いのは私です」
 舌鋒鋭い彼女の攻めに、ロイは呆れたように言う。
「まったく、屁理屈にもほどがある。狙撃班に納まっていればいいものを!」
「狙撃班の人手は足りています」
「だからと言って君が突入の現場に来ることはないだろう」
「貴方が突入の指揮を執るなんて、莫迦をおっしゃるからです! 指揮官は後方に納まって、指揮を執って報告を受けていれば良いんです! それを貴方は」
「だが、それでは守れないだろうが」
 彼は彼女の言葉を途中で奪って、さっき彼女が言ったのと同じ言葉を、それが当然であるかのように言い放った。
「私は部下を守る、その為に君たちを守る。最初にそう言った筈だ」
 リザの反論を封じる彼の卑怯な言葉に、彼女はきっと眦を上げた。彼女は彼の理論に負けぬよう、鳶色の瞳で彼を睨め付けながら彼と同じ論理で言った。
「私はそんな貴方の背中をお預かりする。最初にそうお約束した筈ですが」
 彼女の言葉に、今度は彼が眉を上げた。二人は平行線を辿る言い合いに、互いに睨み合った。
「第三部隊、配置完了!」
「狙撃班、所定の位置につきました!」
 無線を通じて、次々に作戦決行の為の準備が整っていく様子が報告される。作戦の決行時間が迫る中、本営はガヤガヤとやかましく人が行き交っている。だが、彼等の周囲だけは冷たい沈黙が満ち、彼等はにらみ合いを続ける。
 しばらくの後、やがてロイが根負けしたかのように、溜め息をついた。
「卑怯だぞ、君」
「そのお言葉、そっくりそのままお返し致します」
 指揮官が前線に出ることをどうしても阻止したい彼女は、尚も言い募ろうとした。だが、そこに思わぬ方向から仲裁の声が入った。
「あのー」
 言い合いをする彼等の傍らでずっと所在なげに煙草を吸っていたハボックが、意を決したようにそっと手を上げそう言った。先程ロイに指示を出された筈彼は、二人の上官の言い争いに場を立ち去りかねていたものらしい。
「何だ!」
「何?」
 議論の邪魔をされ殺気立つ二人に向かい、ハボックは煙草をくわえたままのんびりした口調で前線を親指で指してみせた。
「いい加減出ないとカウントダウン始まってるンスけど」
「何!」
「あ!」
 異口同音に振り向いた二人の目に、ロイが指定した突入時刻に合わせ、カウントダウンを始めているブレダの姿が映る。上官たちを見るブレダを見ながら、ハボックは呆れ半分、恐縮半分の口調でこう言った。
「いい加減にして、二人で出れば良いじゃないスか。いつも、結局そうなるじゃないッスか」
 そう言った部下はそれ以上口を挟んでトラブルに巻き込まれることを恐れるように、「じゃ、俺も行くッス!」と言って、自分の部隊へと走り出してしまった。
 気付けば本営には、もう彼等しか残っていない。ロイはそんな本営を見回し、彼女を見、そしてガシガシと頭を掻きむしると、諦めの声で言った。
「私は予定通り最前線で指揮を執る。君は狙撃班から外れ、私のフォローを頼む」
 不承不承と言った様子で彼が出した折衷案に、リザもまた不服を露わにしたまま答礼で答える。
「イエス、サー」
 二人は顔を見合わせると、先刻までの言い争いがまるで無かったかのように息を合わせて前線へと走り出した。結局のところ、方針さえ決まってしまえば、この二人のコンビネーションは自他共に許すほどに完璧なものであるのだ。彼らを阻むものなど何もないほどに。
 そんな二人の後ろ姿を見守る彼等の部下たちは、口々に呟く。
「まったく、世話が焼けるよな、あの二人」
「似たもの同士だから、ああもぶつかり合うんだろ」
「えんどう豆のさやの中の2つの豆のように、ってやつですな」
「えんどう豆にしちゃ、不揃いですけど」
 そう言って笑い合った部下たちは、己が本分を果たすため彼らに続き駆け出したのだった。


 Fin.

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【あとがきのようなもの】
 先日Twitterで『#深夜の真剣文字書き60分一本勝負』というタグを見つけて、面白そうなので参加してみました。一時間でお題に沿ってお話を書く企画だったのですが、流石に一時間では骨組みしか書けなかったので、お清書してみました。
 ちなみに、元の文章はこちらです。ちょっと読みやすくなったかと。(笑)

お気に召しましたなら。

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