Twitter Nobel log 37

1801.
久々に残業のない夜、解放感に友人と飲みに行く約束をしながら、少しの寂寥感が胸をよぎる。『彼と共にいる時間が減ってしまったからだ』そう呟く心を騙し、私はワーカホリックな自分を笑う。

1802.
彼女の小言をBGMに仕事をこなす方が、効率が上がる。刷り込まれた行動原理なのかと苦笑し、私は今日も真面目に仕事をする為にサボる。残業回避の私の矛盾を、彼女は知らない。

1803.
「愛妻家を気取るあいつだが、プロポーズの時は指輪のサイズを間違えて大騒動だったんだぞ」「その点、錬金術師はその場で直せるから良いですね」「私なら、そんなヘマはしない」意味深な会話に深い意味を持たせない為、私達は同時に視線を逸らした。

1804.
彼の送迎業務が好きだ。ルームミラー越しに、こっそりと正面から彼を見つめることが出来るから。穏やかな笑みも、眉間に皺を寄せた顔も、陰謀巡らす悪い顔も、皆、鏡越しに見てきた。私を見つめる時の表情以外は。

1805.
「君、そのバッグ趣味が良いな。兎か?」「はい。先日狩ってきました」「は? 買ったのではなく?」「狩ってきました」「……」「狩ってきました」「……うん、流石だね。君」

1806.
空のままの気付け用のウイスキーの瓶の横に、切らした筈の風邪薬がいつの間にか未開封の新しいものになっていることに気付く。気遣いは嬉しいが、無言の小言を言われている気分になる。しっかり者の副官に行動を読まれ、私は苦笑と薬を同時に飲み込んだ。

1807.
久しぶりの休日、ひとり故郷に帰った。いつ来てくれたものだろうか、父の墓前に供えられた階級章に苦笑する。お父さん、貴方の反対した道を進んだあの男は、この国のトップに立ちました。そろそろ許してあげても良いんじゃないかしら? ねぇ、お父さん?

1808.
故郷に向かう汽車に乗る。彼女には内緒の旅だ。彼女は今頃、きっと私の一人旅を怒っているだろう。だが、男同士の話だってあるのだと、私は風に笑う。例え、相手が墓石であろうとね。

1809.
物騒な軍用ナイフが、この部屋の中でだけは林檎を剥くくらいの用途しか持たない幸福。扉を開ければ消えてしまうその儚さを、私たちはままごとのような純粋さで味わう。

1810.
「よろしく頼む」その言葉と共に、キィが投げられた。私は片手でそれをキャッチして、車へと向かう。言葉で言われるより、命を預けてくれる貴方の信頼を感じる一瞬。

1811.
ワインを一本空けるまでの駆け引き。勝って独り寝の夜を得ても、負けて閨を共にしても、私の心には嵐が来る。

1812.
もう何通目か分からぬ手紙の封も開けず、戦場へと向かう。そこに何が書いてあったとしても、これから彼女から託されたもので彼女を裏切る私には、きっと言葉が突き刺さる。白い封筒からさえ逃げ出す私は、卑怯者。

1813.
友人に振られ、余った映画のチケットが二枚。どうしようかと考えて、彼の顔が浮かぶ。上官を誘うなんて言語道断と思いながら、彼が私を誘う言葉を思い出す。いつもどれだけの言い訳を用意して、彼は私に声を掛けてくれていたのか。少しの罪悪感を胸に、私はチケットの行き先に迷い、小さな紙片を弄ぶ。

1814.
可愛い女(ひと)を探していらっしゃれば良いのです。君はそう言うが、仔犬のように従順に私の人生について来る、君ほど可愛い女はいない。

1815.
夜を渡る汽車に乗る。眠る貴方の疲れた頬を見つめ呟く「お疲れ様です」という言葉は、私の中に眠る幼い少女の言葉。机に突っ伏して眠っていたお弟子さんにかけたあの言葉は、今も貴方が起きている時には届けられないままでいる。

1816.
貴方はそういう人なのですよ、と君はしたり顔で言う。決めつけられるのは嫌な性分だが、ずっと私の背を見てきた君が言うのなら間違いないと思わされてしまうの。癪に触るが、否定も出来ない。ぐうの音も出ない私を君は笑う。ああ、君はそういう人だよ、まったく。

1817.
強い風に舞う書類をチーム皆で追いかける。窓を開けた張本人が一番必死で、大の男が雁首並べて走り回る図は滑稽でもあるが、嫉妬心を煽られもし、複雑な心境の上官は一人窓辺に佇む。

1818.
履き慣れないヒールに疲れた脚を投げ出したいだろうに、私の存在を気にする女の可愛さに笑みがこぼれる。其方が意識するから此方も気になるということを、君は分かっていない。仕方がないと君の膝元に投げるコートが隠すのは、その脚だけではない。

1819.
泣きながら人を撃つ少女を知っていた。無表情に人を撃つ彼女を見続けてきた。変わらないものが根底にあることを、私だけは忘れてはならないと思う。そう、たとえ彼女自身がそれを忘れてしまったとしても。

1820.
怪我を隠して叱られた。『おしおきです』と無表情に冗談の様な言葉を吐いた彼女は、私の傷口を舌で抉る。この痛みが彼女の胸の痛みなら、私は粛々としてこの仕置きを受けるしかないのだろう。紅い舌が赤い血を舐める光景を眺め、私は当然のこととその舌を受け入れる。

1821.
燃やした人の数だけ贖罪を重ね、燃やした人の数だけ幸福から遠ざからねばならないと思っていた。そんな私が、燃やした人の数だけ幸福をこの街に招けば、その時、何か変われると思えるようになった。私の思考を変えたのは、復興する街と彼女の笑顔。

1822.
紅を指す指は、貴方に預けた。引き金を引く指は、貴方の本懐を遂げる為にある。私という女は、そんなバランスで生きている。

1823.
午前三時、夜の静けさが満ちる。「疲れた」と、微かな声が闇の中にコトリと落ちる。誰も聞いていないと思ったのだろう。彼が我知らず溢した言葉を聞かなかったふりをする。分かち合えぬものだってある、そんなことは分かっている。分かっているけれど。

1824.
もしも私が秘伝を欲さねば、彼女の背は美しいままだったのだろうか? それとも他の男に与える為に同じ紋様を描かれたのだろうか? 後悔の始まりにさえ嫉妬を抑えられない私は、暴走する想いに任せ、今日もその背を蹂躙する。

1825.
『内緒よ』、或いは『静かに』。どちらの意味でか、彼女は唇の前に人差し指を一本立てた。デスクの向こう、彼女の膝の上に見え隠れする黒髪の主が誰かなんて、聞くだけ野暮だ。それでも莫迦みたいに敬礼で返す俺たちがいる。余計な詮索をする程莫迦じゃない。愚直な上官たちの部下は愚直でいいのだ。

1826.
絶対安静という言葉の意味を理解しない莫迦に、その場しのぎの痛み止めを持って行く私も莫迦と同類だ。それでも立ち上がる彼にどこまでも付いて行こうと思うくらいには、きっと。

1827.
この手を血に染めた後に味わう貴方は、胸が痛くなるほど甘い。それは私の心が作り出した錯覚。苦い薬の後に食べるお菓子は、とろけるように甘い。そんなこと、子供だって知っているただのまやかし。

1828.
この手を血に染めた後に味わう貴方は、胸が悪くなるほど私に甘い。そんな中途半端な優しさなら無い方が余程まし。いっそ冷たく貪り尽くして。後悔の欠片も残らぬ程に。

1829.
彼女の部屋を出て、ちょうど私が自分の部屋に着くタイミングで電話のベルがなる。上官の安否確認と彼女は言うけれど、この距離も、私の歩く速度も理解しての所行に、私は笑みを浮かべざるを得ない。君、私を甘やかし過ぎじゃないかね?

1830.
昨日まで何とも思わなかったのに、珈琲の入ったマグを渡そうとするだけでドキドキする。あの人はきっとにっこりと笑う、万が一、指先が触ってしまったらどうしよう。口から心臓がこぼれそう。父のお弟子さんなのに。私には関係のない人なのに。

1831.
貴方の為に死ぬ覚悟なんて、とっくの昔に済ませていた。貴方の為に死なない覚悟と自分の為に生きる覚悟を、貴方から教わりながら生きている。だから、貴方も。

1832.
貴方の覚悟を聞いたから、私も覚悟を決めた。始まりの地に戻るなら、私も始まりに戻ろう。長く伸ばした髪を切る。それは、貴方について行く覚悟を表す私のけじめの儀式。志は変わらず、この胸にある。あの日に戻ったようだと笑う貴方の肩章の星の数だけが、時の流れを告げた。

1833.
それが恋だと友は言った。私は笑って否定する。本当は、そんな言葉じゃ足りない。あの人の人生さえ左右した私なのだ。そんな甘ったるい言葉で表すなんて、不遜だ。傷付けるのも癒すのも私だけの特権だと、そんな大それたことを密かに考えて、私は恋を否定する。

1834.
今あの胸に飛び込んで、ギュッと抱きしめてもらえば、私が抱える負の感情の半分くらいは薄められるのだろうか。そんなことを考えながら、チームの打ち上げの席で彼を見る。酒精の見せる莫迦な幻を、私は酒で流す。指先に残るトリガーの重みは消えない。

1835.
あんな目で私を見るくせにストイックな彼女に、酔いを理由に肩を貸す。今日の戦果と比例する酒量、素直じゃない彼女の素直な感情の発露。その身体を支え、そっと肩を抱く。今の私に出来ることなんて、その程度なのだ。

1836.
初夏にしては暑い日、彼が一つ釦を余計に外したワイシャツの胸元に、視線のやり場に困る。だらしないです、きちんとして下さい! 厳格な副官のふりで彼を叱る。惑う自分を胸の内で叱りながら。

1837.
拝啓 我が副官殿 毎日のように顔を付き合わせ、今更語ることもない気もするのだが、それ以上に言葉にしなかったことの方が多い気がして、ペンを取った。だが、取ったところで、言葉になど出来ないことばかりだと、改めて気付いた。きっと君は何を今更と、笑い飛ばすことだろう。なぁ、私の副官殿?

1838.
My dearと呼ばれたら、私達の公的な関係は崩れてしまう。My dear adjutant。親愛なる副官殿。貴方が私をそう呼んでくれる限り、私は様々な感情を秘めたまま、貴方の背を追うことが出来る。たった一つの単語が、私を救い、私達を隔てる。

1839.
可愛い坊やだった甥が、いつの間にか男の顔を見せるようになった。成長は嬉しくもあり、寂しくもあり、それでも変わらぬ奥手さがもどかしくもあり、私は莫迦で頑固な軍人二人を見守る羽目に陥っている。さて、坊や。私の店で修行した成果をいつになったら見せてくれるものかね?

1840.
季節の変わり目は脇の古傷が痛む。ささいなことだから、人には悟らせぬよう常と同じように振る舞う。誰にも気付かれていない自信があったのだが、残業のデスクには書類の山と共に鎮痛剤が置かれている。鷹の目だけは欺けないと苦笑する、十二年目の初夏の夜。

1841.
季節の変わり目は背中の古傷が痛む。ふと思い当たって貴方を見れば、さり気なく左の脇腹を庇う仕草。誰にも気付かせぬよう振る舞う貴方は、誰にも踏み込ませぬ指導者の孤独を抱え生きている。独りになんてさせてあげませんよと私は笑い、自分の為に買った鎮痛剤を半分、貴方のデスクに置く。

1842.
失恋なんてしたことがない。などと言えば、どんな傲慢な女だと思われることだろう。だが、たった一つしか恋をしたことがない私には、それが真実なのだ。答えの出せない恋を抱えたまま、私は目の前の広い背中を見つめ続ける。

1843.
夜勤明け、ぼんやり歩いていると不意に首筋に熱い指先が触れた。「莫迦者、見えている」低いバリトンの声でそう囁いて私のタートルネックを直した男は、振り向きもせず私を追い抜いて行った。私は火照る頬を隠せず、首筋を押さえる。この天然め!

1844.
シグナルが変わるまで三十秒。不意打ちの口付けで、彼女の表情を崩す。今夜の約束を、と思ったところでシグナルは青に。アクセルを踏み加速すると共に、彼女のポーカーフェイスが戻ってくる。駆け引きのタイミングを誤った私のミス。次のシグナルを待ち、私達は駆け引きを繰り返す。

1845.
よく躾たはずの仔犬が、突然私を引っ張り走り出す。何が起きたかを理解し、私は頭痛のする思い。私のボスを最上位のボスと認識する群れの習性、という言い訳を胸に、私の願望を叶えてしまう仔犬を従え、私は偶然を装って帰宅途中の上官に挨拶をする。

1846.
「欲しいものはありますか?」と聞かれ、『普通の生活』と胸に浮かんだ言葉を消す。路傍の石で良かった。英雄になどなりたくはなかった。今更言っても時は戻らないし、何度でも私は同じ人生を繰り返すだろう。だから私は「休暇が欲しい」と呟いて、副官に撃鉄を起こされる人生を選ぶ。

1847.
やすらかに眠る貴方の
ささやかな休息を
しんがいしないよう
いきを潜めて部屋を出る。
うるさい副官は不要な時間
そう自分に言い聞かせる午前二時。
つきだけが見ている
きろを辿る私の影。

1848.
ひとの事を何だと思っている
どう考えてもおかしいだろう
いい訳もなく帰るなんて。
うやむやに終わらせるなどと
そんなこと許さない。
つらい顔を隠しても無駄
きみの嘘なんて、全てお見通し。

1849.
やけた大地に
さみだれが降る。
しょう土に降る雨は
いや応なく 全てを流していく。
うれいも後悔も雨と共に流し
そうやって、私は今日も英雄としての責務を全うする。
つよくならねば、
きみの為にも。

1850.
ひとは騙せても
どんな時も私は騙されない。
いまだってそう言いながら
うつろな瞳に貴方の苦悩が揺らめいている。
そうやって貴方は自分自身さえ騙し、
つみの意識を抱えたまま
きょうも英雄という汚名を受け入れている。

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