Twitter Nobel log 34

1651.
任務の為に眼鏡を壊されるのは構わないのですが、上官二人がどちらが弁償するかで揉めて困っています。経費で良いんじゃないかなぁと僕は思うのですが、馬に蹴られるのは困るので、子犬と遊んで待つことにします。早く終わると良いのですが。

1652.
「夜中に呼び出して、ごめんなさいね」稀代の殺人鬼を押し付けながら、副官殿はすまなそうに笑って謝罪した。私と一緒に到着した上官には一言もないとにいうのに。こちらは来て当たり前ということでしょうかね。私は自分の記憶力の奥底に小さな憶測を埋もれさせ、黙って敬礼を返した。

1653.
ビール腹の部下と腹まわりを比べられてしまった。鷹の目の正確無比の目測に、私は腹筋の回数を増やさざるを得なくなる。あれと比較されるのは流石に不本意と思っていたら、冷蔵庫のビールをすべて彼女に飲まれていた。狙いはそっちか!

1654.
口付けの色は紅、褥の色は夜の薄鼠、私の髪の金。噛み付いた肌に血の朱、貴方の髪は漆黒、光反射する汗の銀。白いシーツの上に様々な色を二人広げる。夜の領分に昼の色彩は不要だと、このカンバスに載せることを拒否された二人分の青が、ベッドの下で恨めしげに私たちを見上げる。

1655.
ワイシャツの襟に付いた赤。ルージュなら日常に、血痕なら非日常に、私の不安を煽る色。見ないふりの出来ない私は、そっと後ろ手に愛銃のグリップを撫で、騒ぐ心を宥める。

1656.
確かに貴方が誰とどこに行こうが、私には関係のない話。でも秘密だと言われると、途端に私はそれを堪らなく感じるのだ。赤裸々に嘘偽りなく、などとは言わない。私の知らない貴方を塗り潰す為なら。秘密より嘘の方が私には優しい。

1657.
隠したとて滲むからこそ色。秘密だと絡め合うからこそ蜜。大切だと隠すからこそ想い。二人だけで味わうからこそ真実。

1658.
取り上げられたのは手の中の銃だけではなかった。彼の大きな手は、触れるだけで私から抵抗や言い訳や自尊心さえ奪い去っていく。あ、と思う間もなかった。闇に閉ざされた私の視界に、眩い火花が散った。口付けを落とされたのだと気付いたのは、再び開いた視界に彼の不遜な笑みを焼き付けた後だった。

1659.
無理を言って人の家に上がり込んでおいて、ソファーで眠ってしまうだなんて。私の前でだけ油断を見せる男が愛しいやら、本当に眠ってしまう朴念仁ぶりが腹立たしいやらで、私は複雑な感情を持てあまし、そのワイシャツの背に寄り添う。暖かな心音がクスクスと私を笑うようで、私は不機嫌に目を閉じた。

1660.
うっかり、「ただいま」と言ってしまった。しっかり、「おかえりなさい」と返されてしまった。すっかり、それが当たり前になった幸福を噛みしめる。ほっかりと心地好い夜に、私はコートを脱ぐ。

1661.
マウントポジションをとったら、ひっくり返されて腕ひしぎ十字固めを決められた。私は軍隊格闘の訓練をしたいわけではないのだが、なんだか得意げな表情の彼女を見ると、様々な意味で白旗を上げる他ない。参ったな。

1662.
なんだかいつも守られているようで、腹が立つ。私が貴方の傍にいるのは、私が貴方を守る為なのだから。でも、きっとそう言ったところで、貴方はますます優しい目で笑うだろうから、私は黙って銃の腕を磨く。

1663.
たとえ寿命が千年あっても、貴方と私の距離は変わらないと思っていた。変わらないと思う私の心を変えたら、距離なんて最初から無かったことに気が付いた。何を今更と笑う貴方の目尻の皺に、私は遠回りした月日と貴方の忍耐を見つける。千年に等しい三十年を共に生きたのだと思った。

1664.
北方仕様のファーの付いたコートより、いつものシンプルな黒いコートの方がシンプルな彼には似合う気がする。余計な飾りがあると横顔が見えないからだとか、そんな理由では、けして無い。絶対に。

1665.
理不尽にファーを毟られた。解せぬ。寒い。

1666.
身体のラインを強調するドレスも、露わな肌も、女らしい長い髪も、甘い言葉も封印してなお無敵。彼女は私を目で殺す。

1667.
あの人は化け物と呼ばれたりすることもあるけれど、本当は優しい人なのだ。お伽話は真実の愛で化け物を王子に変えるけれど、現実は彼を化け物と呼ぶ人が真実を知らないと変わらないので、私はその真実を伝える為になら、私の愛だって殺す。

1668.
自分で作り出した闇に飲まれる。存在しない闇は誰にも理解されないから、私は英雄という名の檻に独り佇むしかない。ただ一人この檻の存在を知る彼女の指先に檻の隙間から触れ、この檻から自分を解放出来る日を夢見る。

1669.
帰宅した部屋に、まだ温度の残る冷めた珈琲。ほんの少し前まで彼女がここにいたという事実の主張。いつもなら訪問の痕跡も残さないくせに。『会いたい』と素直に言わない困った女(ひと)の部屋の電話番号を回しながら、私は人肌の温もりを飲み干す。

1670.
顎に指先をかけて私に上を向かせる時も、頬を両手で包み込んで私に上を向かせる時も、私を強請る貴方の目はいつも同じ熱情を秘めているから、私はいつだって促されるままに瞳を閉じる。

1671.
カツカツと生真面目に軍靴の踵を鳴らし階段を下りる彼女が、誰も見ていないと思って、最後の三段をぴょんと飛び華麗な着地を決めた。彼女が立ち去ったことを見届けてから、私は堪えきれない笑いを喉の奥から零す。これだから彼女から目が離せないんだ、参ったな。

1672.
北風の中でも姿勢を崩さない。平気な顔をして向かい風に立つ。まるで体現された貴方の生き様を見るような冬の朝。凛と立つ貴方の逆光の背中が眩しくて、私は胸の内に小さな敬礼を作る。

1673.
冷えた指先を彼の懐に預ける。狙撃の準備の為だという言い訳が、私を大胆にさせる。すっかり温まった指先で、私はトリガーを引く前にそのワイシャツの釦を引っ掻いて、今夜の時間外勤務の報酬を強請る。冷えているのは、指先だけではないの。

1674.
走り書きのメモには、予定変更の謝罪が簡潔に書かれていた。待ちぼうけを免れた私は、小さなメモをポケットに突っ込んだ。指先に触れる紙片は複数で、私は毎回彼からのメモを捨てられない自分に気付く。意外な自分の女々しさを笑い、私は彼の文字を紙吹雪に変えた。本物以外はいらないわ。

1675.
私に赦されたいのではなく、償いを見届けて欲しいのだと彼は言う。私は償いの傍観者ではなく、当事者になりたいのだと彼に言う。二人で歩く意味は様々で私たちは時々惑うけれど、目的地だけはけして変わらないから、共に生きることだけは迷わない。

1676.
朝の珈琲を飲みながら、もう彼は起きているだろうかと考える。新聞を読んでいるだろうか、髭を剃っているだろうか、それとも私と同じように珈琲を飲んでいるだろうか。吐く息白い冬の朝に貴方を思う。ロマンティックな意味ではなく、私が非番の日の遅刻を案じて。

1677.
夜の酒場で飲みながら、もう彼女は帰宅しただろうかと考える。まだ書類を片付けているだろうか、射撃訓練をしているだろうか、それとも私と同じように仕事上がりに一杯飲んでいるだろうか。吐く息白い冬の夜に君を思う。ロマンティックな意味ではなく、ワーカホリックな彼女の身を案じて。

1678.
目覚めると彼は姿を消していた。未練残る眼差しも、甘い言葉吐けぬ唇も、睦言聞く耳も閉ざした私が、後朝に向き合い困り果てぬように。ひとりベッドに残った私は、未だシーツに残る彼の温もりをそっと掌に味わう。

1679.
少女の夢想を押し付けられるくらいなら、私が現実の男であることを君に教えてあげよう。君の焦がれた幻を肉欲と劣情とで引き裂くこともまた、一つの優しさだろう。目を背けるな。君の欲した面影など欠片も残さぬ男が、君を蹂躙する様を。なるべく酷く抱いてあげよう、思い出など捨ててしまえるように。

1680.
彼の手袋は、個人の防寒の為ではなく国の防衛の為にある。冷たい摩擦係数に指先も心も冷える日もあるだろう。それでも、逆風にさえ俯かず凛と立つ彼の背中に、私は黙ってついて行く。いつかその指先を暖める人間が必要になった時の為に。

1681.
一発の銃声が、冷たい朝の空気を引き裂いた。夜を跨いだ事件の終焉を告げる君のサイン。姿見せぬ狙撃手の君の視線を感じ、私は音にせぬ賞賛の言葉を唇の動きだけで君に送る。双眼鏡越しにきっと君は受け取るだろう、誰にも気付かれぬ二人だけのサイン。

1682.
焦がれる心には理由が必要なくせに、共に在ることには理由が要らない私たち。軍服が、そんな魔法を私たちにかけてしまった。果てしなく続く青い色の迷宮に、彼の背中が溶けていく。

1683.
目を閉じたのに、唇は触れなかった。目を開いたら、困った顔の彼がいた。目を閉じるとは、思わなかったらしい。目を開けたままの方が良いのかと問えば、そうではないと彼は言う。目を閉じても開いても、することは同じなのに。

1684.
同意が欲しいわけではない。理解されたいわけでもない。私は私のやり方を貫くし、君は君のやりたいようにすればいい。ただ、そこに齟齬が生じれば私は強硬手段を取ることも辞さない。ああ、そうだ。理解されずとも構わないんだ。君を手に入れる為なら。

1685.
世界にただ二人になっても、きっと貴方は手も繋がないだろう。彼がそんな男だと知っているのは、この狂乱の夜の中で私ただ一人だろう。優男の顔で気障な言葉を並べ立てる彼の背中を見送る私は、綺麗に着飾った夜の女たちの誰よりも優越感を持って無粋な軍服姿で夜に君臨する。

1686.
これは、人を殺す為の道具。これは、貴方を守る為の道具。これは、私の想いを叶える為に、私の心を殺す道具。銃なんて、本当はあまり好きではないのだ。

1687.
君の存在に救われる。そう言った貴方の言葉に私が救われる。

1688.
副官殿にしか出来ない仕事。上官のさぼりを止めること。上官の気に入る珈琲を淹れること。そして何より、上層部とのやり合いで己の無力さに荒れる上官を宥めること。上官殿が復活したら俺達の出番。パーフェクトなチームの役割分担。

1689.
彼のコートを抱いて寝る。お行儀が悪いのは承知の上。このコートに包まれて温々とするのは性に合わないの。抱かれるよりも、抱いていたい。独りぼっちの莫迦な男の背中を思い浮かべ、私は黒いコートに鼻先を埋めて目を閉じる。

1690.
寝起きの不機嫌そうな低く嗄れた声が聞き取れなくて、彼の口元に耳を寄せる。殺風景な仮眠室で囁かれる、殺伐とした作戦の為の命令が私の耳朶を撫でる。甘さの影さえ無い声に酔い、私は走り出す。彼の命令を遂行する為に。彼に今の表情を見られぬ為に。

1692.
貴方も私もすっかりおじさんとおばさんになってしまいましたねと、親友の忘れ形見の結婚報告に君は感慨深く呟く。私の親友のように一人だけが時を止めてしまった世界で生き残る、そんな日を迎えずに共に皺を増やした幸運に私は小さく微笑んだ。

1693.
訓練で荒れた指先が引っかかるから、シルクのドレスは嫌いだと言った筈なのに、贈られたのはテーラードのドレスだった。着せるのも脱がせのも私がすればいい話だと笑う男の正装のシルクの手袋が、私の背をなぞる。甘い吐息を強要される私は、だからシルクは嫌いだと彼の耳元で無駄な抵抗を囁いた。

1694.
二人頭から毛布にくるまって、寒い朝をやり過ごす。仕事も冬将軍も私たちの邪魔をしない。朝寝坊の幸福を放棄して、二人くっついて笑い合い自堕落に体温を分け合う。私たちの休日の贅沢は、ささやかに満ち足りる。

1695.
堅苦しい夜会の隙間、一杯の酒が酔いという言い訳をくれるから、紅い緞帳の影で、赤いワインに口づけて、紅い唇に口づける。様々な赤を映し、睨み付けてくる君の目元が朱に染まった。

1696.
自信のない私の中の少女は、いつだって貴方に何かを尋ねたそうにしている。大人になっても変わらぬ想いは、私に無邪気に笑うことを許してくれない。難しい顔をして貴方の傍に居るのは、この表情を崩したら泣いてしまいそうな自分を知っているから。揺らがぬ貴方は時に羨ましい。

1697.
髪を切った君に昔の姿を重ねた私は、すぐにそれが間違いであることに気付く。私の庇護を必要とし自信なげに俯いていた少女は既に去り、私を信じ己を信じ胸を張って歩く女性がそこにはいた。月日は無慈悲でもあり、優しくもある。

1698.
「何しにいらしたんですか?」そう言った君の後ろで千切れんばかりに尻尾を振る子犬が私を見上げてくる。忠実な番犬は、素直にならない飼い主の代弁者。君以上に君の機嫌を教えてくれる。

1699.
硝煙の臭いの中で、レーションを食べる蒼白な彼女の姿に安堵する。どんな状況でも、生きることに貪欲でいてくれと願うから。たとえそれが彼女にとって酷な願いであるか分かっていても、私は彼女の生を願うことを止めない。

1700.
彼が私を置いていこうとしても、きっと私は地の果てまでも追っていくだろう。甘い言葉もキスもハグも拒む私がそんなことをするなんて、おかしいのかもしれない。それでも、きっと彼だけは苦笑して納得してくれるだろう。きっと、それが私たちの絆。

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