HARUの没原稿(未完)

注意:未完です。











「なぁ、中尉」
「何でしょうか、大佐」
 双眼鏡を目に当てたロイは、視線を遠方に固定したまま傍らにリザに問う。
「今回のこの事件、何故これ程までに事態が面倒な方向に転がっていっているのかね」
「運とタイミングが悪い方へ重なったとしか言い様がないかと」
「ああ、まったく忌々しいことだ」
 双眼鏡を下ろそうともせず、ロイは脱力と苛立ちを含ませた何ともいえぬ声で呟くと、彼女との会話を打ち切った。現場の様子を眺めるロイの横顔に目をやれば、その頬にはそろそろ無精髭が姿を現し始めている。これだけ長時間現場に拘束されていれば、莫迦莫迦しいやり取りも仕方のないこととリザはひとつ肩を竦め、自分も双眼鏡を掲げ現場に視線を移した。

 イーストシティで起こった高級宝石店強盗事件は、その被害金額の規模に反比例して近年稀に見るやっかいな案件となっていた。
 本来それは、単純な強盗事件の筈だった。
 店主と客を脅し宝石と現金を盗んだ犯人たちは、当然の事ながら可及的速やかに逃亡しようとした。しかし、運良くと言うべきか運悪くと言うべきか、間抜けな犯人たちは店の正面で見回り中の憲兵隊と偶然鉢合わせたのだ。間抜けな憲兵は犯人たちを取り逃がし、回れ右をして店内に戻るった犯人たちは店主と客を人質にし、強盗事件は強盗立て籠もり事件へと発展してしまう。更に悪いことに、この強盗事件はテロ組織運営の資金調達の為に起こされたものであった。事件発生時刻が真っ昼間であったことから多くの人質が発生したことにより、強盗たちは自分たちの大義名分を思いだし、そのまま居直りテロリストへとジョブチェンジを果たしたというわけだ。
 強盗事件なら憲兵に任せておいても構わなかったのだが、これがテロ事件となると話は変わってくる。
 急遽現場への急行を余儀なくされたロイとリザは、結局そのまま現場近くに設けた仮の司令部にいつものメンバーと共に缶詰になっている。

「それにしても、今回は条件が悪すぎる。唯一の裏窓と隣家の隙間が二十センチなどと、過密建設にもほどがある」
 ロイのぼやきを耳に、リザは自分も双眼鏡の中に現場を確認しながら内心で彼に同意する。
 大小の高級店の並ぶ繁華街は、正面に広い道路がある他はみっちりと建物が並んで建っている。建物と建物の間にはあったとしても猫が通れる程度の隙間しかなく、ロイの言葉の通り裏からの突入という手は使えない。全面ガラス張りの店の正面から莫迦正直に突っ込んでいく無謀は、人質の多いこの状況では立案する価値さえない。持久戦に持ち込むには、人質の存在が大きすぎる。
 八方手詰まりとは、まさにこのことだ。
 リザは双眼鏡を下ろすと、ロイを見た。飛び交う報告とジリジリとした焦燥の満ちる現場の空気に、ロイは渋い顔で机上の地図を見ている。おそらく彼は今、猛烈な勢いでこの現状を打破する作戦を脳内に練り上げているのだろう。
 リザはどんな命令が出てもすぐに対応出来るよう、狙撃銃の準備と突入用の装備の両方を準備しようと、手にしていた双眼鏡を机上に置いた。
 その時だった。
「ちぃーっす、大佐いる?」
 緊迫した現場の空気を無視した元気の良い声が場に響いた。
「鋼のか」
 ロイは地図から視線を上げることなく、声の主に相対する。リザは上官の代わりに振り向き、思いがけず事件現場に登場したエルリック兄弟に小さな笑みを浮かべてみせた。
「あら、エドワード君。こんにちは」
「こんにちは、中尉」
 駅から直接ここに来たらしく。片手を上げてみせるエドワードと丁寧にお辞儀するアルフォンスは手にトランクを持ったままだった。躊躇することなく仮本部のテントの中に入ってきたエドワードは、地図を見つめるロイを見上げ、好戦的な笑みを浮かべてみせた。
「なーに辛気くさい顔してんだよ、大佐」
 そんなエドワードの一言にロイは面倒くさそうに顔を上げ、少年を一瞥した。
「いや何、事件解決の為の思考を小人に邪魔されれば、誰でもこんな顔になるだろうさ」
「誰が小さい人だ! 誰が!」
「ほう、やはり自覚があるのか。私は小人、すなわち子供としか言っていないのだがね」
「ぜったい嘘だ! わざとだろ、大佐!」
 こんな状況でもいつも通りの漫才のようなやりとりを始める二人に苦笑しながら、リザはアルフォンスに視線をやり小首を傾げてみせた。アルフォンスは賑やかな騒ぐ兄にちらりと視線を向けると、肩を落とすように彼女に頭を下げた。
「すみません、中尉。お取り込み中なのに。司令部に行ったら、大佐は現場だって」
「気にしなくて構わないわ。あの人にも丁度いい息抜きになると思うから」
 アルフォンスはロイの無精髭と現場の殺伐とした空気に気付いたらしく、少し声を潜めた。
「上手くいってないんですか?」
「ええ、まぁ」
 言葉を濁すリザにアルフォンスはまたぺこりと頭を下げた。
「あ、ごめんなさい」
「いいのよ、アルフォンス君。本当の事だから」
 リザがそう言った時、不意に背後の賑やかなやりとりがぴたりと止まった。不思議に思ってリザは振り向く。するとそこには、顎に指先を当てて何か考え込むロイの姿と、いきなり黙り込んだロイにちょっと困っているエドワードの姿があった。
「どうしたの? エドワード君」
「どうしたもこうしたも大佐がいきなりブツブツ言いだして、気持ち悪いんだ。中尉」
 ああ、きっとエドワードとのやりとりの中に何か閃いたことでもあったのだろう。リザが苦笑しながらエドワードに説明をしようと口を開きかけた。その時、ロイはハッとしたようにエドワードを見、思いもかけないことを言った。


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 と、ここまで書いたら、この後ロイアイエド三者共闘(アルは軍属じゃないからお留守番)かーらーの大活劇コースになってしまい、当初のオチに行き着かない目処が付いたので没。更新出来てないので、お目汚しにちょこっとあげてみました。
 春はとりあえず、こんな感じで健全です。(多分)オフ落とさない為にいろいろ頑張ってるので、オンの更新が滞りますがいつかこれも完結出来れば。