あれから三年経ちまして(私的なこととWeb再録)

Caution!
 以下、現実のとても重たい話です。(サクラちゃんのことです)
 で、その後に過去のゲスト原稿のWeb再録ありますが、伝奇ファンタジーパラレルの三次創作の上にロイアイが夫婦です。
 その辺踏まえた上で、OKな方のみどうぞ。
























 相方・サクラチハルさんの三回忌に寄せて

 と、まぁ、改めて書くのも変な感じですけれど、あれから三年経ちました。同人活動してて、相方さん亡くすなんて経験はあんまりしないものでしょうが、人生いろいろあるものですね。
 突然の訃報にフリーズしたのも、狂ったように本書きまくったのも(実際、あの時は我ながら頭おかしかったと思います。年間10冊とかありえない)、彼女の話題に全く触れられなかったことも、きちんと過去になった気がします。沢山の方にお気遣い頂いたり、大好きな方と萌え語りや本作りをさせて頂いたり、癒される時間を頂いたお陰と思います。そして、何より時間薬でしょうか。三年、あっと言う間でした。
 十月は私が彼女と出会った月で、彼女と永遠に会えなくなった月でもあります。不思議な符丁だなと思います。もう、彼女のサイトが動くことはないし、彼女が日記に書いていた絵も文も完成されることはないけれど、残ったサイトはまだ見ることは出来る。忘れられてしまうことが幸福なのか、記憶の中に残るのが幸福なのか、分からないけれど、たまには表に引っ張り出してみようかなと三年を期に思い立ちました。

 彼女のサイト・サクラリウムの中、『TEXT』というコンテンツの中に『クラブ・ノワール』という異能者パラレルがあります。特殊な能力を持ったマスタングと、普通の人間だったリザが巡り会い、契約と愛を交わす物語。もう吃驚するほどオリジナルに完成された世界に、チーム・マスタングとロイアイが馴染んでいて、私はこのお話がとても好きでした。あの、衝撃の軍部カレンダーが元になってるんですよ。
 彼女がこのお話をオフで出した時に、ゲストとしてそのクラブ・ノワールの設定の世界で文章を書かせてもらいました。私が夫婦ロイアイを書いたのは後にも先にもこれしかないと思います。自分のロイアイ観からは、今後も多分書かないでしょうし、三次創作もしないと思うので、いろんな意味で貴重ですかね。(笑)
 再録の予定も何もないので、ここにWeb再録してみることにしました。『クラブ・ノワール』を読まないと設定が全く分からないお話です。良かったら、ちょっと彼女のサイトに遊びに行って読んでみて下さい。独特な世界が広がっていると思います。
 余談ですが、何年か前にPC壊れた時にデータぶっ飛んだので、彼女の本から文字起こしました。なんだか、とても懐かしかったです。

 十月になるといろいろ思うので、ちょっと吐き出し。
 では、諸々OKな方のみ、クラブノワール番外編(?)へご招待です。
 どうぞ!





クラブノワール番外編(?)
オフィスで狩りをする方法

 水仙の群が出迎えるいつもの見慣れた螺旋階段を音もなく上りながら、マスタング卿は不意に優雅にその形の良い眉を顰めた。微かな不協和音が、階段の上から降ってきたのだ。
 ゆっくりと階段を上るにつれ、常人より少しばかり物音がよく聞こえる彼の耳には、本来なら格調高くあるべき彼のオフィスから漏れ聞こえるざわめきが、意味を持った言語として騒々しく響き出す。
「あ! 卿がいらっしゃいましたよ」
「マジか!? フュリー」
「微かな階段の軋みは聞こえますが、ほぼ足音がありませんから間違いないですね」
「やっべー、どうするよ? ブレダ
「正直に謝るしかないだろう。卿は寛容な方だ……まぁ、時と場合によるが、な」
「女には、の間違いだろ?」
「シーッ! 聞こえますよ、卿に!」
「あー、くそっ。また俺の責任かよー」
 まったく有能なメンバーではあるが、オフィスの品格を疑われかねない口の悪さだ。卿は小さく諦めの溜め息をこぼすと、会話の中に己の奥方が混じっていないことに気付く。雑多な空気の中にも彼女の凛とした気配は感じられるので、おおかたハボック辺りが不始末を隠そうと、彼女を応接室にでも誘導したのだろう。
 まったく、困ったものだ。胸の中でそう独りごちたマスタング卿は、わざとらしく己のシルエットを磨りガラスのCとNのマークの上に映し、己の登場をどうしようもない部下たちに知らせてやる。扉の向こうで四人四様の絶望の呻き声が上がった。
 莫迦正直な奴らだ、卿は思わず苦笑し、愛すべき部下たちの起こしたらしい不始末の内容を知るべく、音もなく事務所の扉を開いたのだった。

「何? 積荷が紛失しただと?」
 抑えたマスタング卿の鷹揚な声の中に潜む、静かな怒りを感じ取り、事務員一同は竦みあがった。
「正確を期すならば、脱走したと言う方が適切ではあるのですが」
 恐る恐るといった体のファルマン教授の言葉に低い唸り声を上げた卿は、二人のウェアウルフをその鋭い視線で睨みつける。
「ブレダ! ハボック!」
「アイ、サー!」
 唱和する声に返して、叱咤が飛ぶ。
「お前達が居ながら、何故追跡できない?」
「ボス。お言葉ですが、今日の月齢を考えていただけりゃ助かるんですが」
 不真面目を装ったブレダの至極最もな申し開きに、ハボックがこくこくと頷いてみせる。
新月の日の俺たちゃ、ちょっと毛深いただの役立たずっス」
「黙れ、ハボック! 口を開けるなら、もう少しまともなことを言えるようになってからにしろ」
 卿に一喝され、しゅんと尻尾を丸めたハボックは、ボスのデスクの上に置かれた古ぼけて小汚い空の竹筒を見て、うんざりしたように言った。
「でも、ボス。こんな筒の中にまさか狐が入っているなんて、誰が考えるっていうんスか」
「あり得ない、ということはあり得ない。それは、お前たちが一番よく知っていることだろう?」
「そりゃあ、そうなんですけど、流石にジパングなんて異国の話となると、俺たちにとっても管轄外もいいところですぜ」
 卿の言葉にハボックの代わりに答えるブレダは、彼らの知識の源、ファルマン教授に視線を送る。
「私も書物でしか、読んだことはありませんが」
 そう前置きをしたファルマンは、講義をするかのように滔々と薀蓄を傾け始める。
「今回逃げ出したあれはクダギツネ。所謂、フェアリーの一種ですな。ジパングで『エンのギョウジャ』と呼ばれる、山に隠れて修行する魔術師たちが使役するシキガミだそうです」
「エンのギョーザ? シキガミ?」
「ギョーザではなく、ギョウジャです。それでは支那の国の食べ物になってしまう」
 すぐに食い気に走るハボックを笑い、ファルマンは言葉を続ける。
「ちなみにシキガミとは、魔道師たちが使役する使い魔のようなものかと」
「こっちで言うところの、サキュバスみたいなもんか」
「そうですね、そう例えるのが無難でしょう。このクダギツネというのは、通常は狐の形態をしており、『クダ』すなわち筒に入れて封印した状態で持ち歩かれることから、この名がついたそうです」
「つまり、この筒の封印が輸送中に解けてしまっていたわけですね」
 納得したフュリーの相槌に、ファルマンは頷く。
「しかし、彼らは呪いで自分の容れ物に縛られていますから、そう遠くには行けない筈です。おそらく、このオフィスからは出ていないと思われるのですがね」
「ならば何故、見つからない?」
 ファルマンの言葉に、マスタング卿は苛々とした様子で机を指先でトンと叩き、憂鬱な笑みをひとつ浮かべてみせる。そして、顔を見合わせるメンバーに向かい、恐るべき事実を彼らの前に突きつけた。
「あれは、北の魔女に頼まれた品なんだぞ? お前たち、分かっているのか?」
 卿の言葉に、オフィスのメンバーは顔色を変えて震え上がった。それもその筈。クラブ・ノワールのメンバーであるオリヴィエ・ミラ・アームストロング、通称北の魔女は、この世に存在する数少ないマスタング卿の魔性の色気の通じない女傑である。普段は北方の己の城に住まい、時々鼠をいたぶる猫のようにクラブに無理難題を吹っかけてくる彼女には、マスタング卿を筆頭に誰も頭が上がらない。
「こんなマニアックな物を頼んでくるなんて、また何を企んでいらっしゃるのでしょうね? あの方は」
「無類の新しい物好きだからな。なんでも城の地下に戦車を隠し持ってるって噂だ」
「呪いから最新技術まで、何とも手広いな」
「すんげー美人なんだけど、すんげーおっかないんだよなー」
 ざわざわと騒がしいメンバーに頭を抱え、マスタング卿は彼らを頭ごなしに一喝した。
「うるさい! お前たち、とにかく狐を見つけろ。話はそれからだ!」
 あまりのボスの剣幕に、男達はばっと口を噤むと一斉に唱和した。
「イエス、サー!」
 だが、その返事の良さとは裏腹に、誰も心当たりはすべて探し尽くしたことを卿に言い出せず、内心では冷たい汗をかいていたのだった。

 結局、彼らは家具から何から全てを撤去する勢いで、オフィス中を再び捜索する羽目になった。そう広くはないオフィスの床に、幾人もの大の男が這いつくばって必死に探しものをしている様はある種異様であり、ある種滑稽であり、マスタング卿は笑うべきか嘆くべきか決めかねて、結局溜め息を重ねるに止めた。
「まったく、とんだ番狂わせだ。夕刻からのオペラに間に合わなかったら、どうしてくれる」
 卿の憂鬱な独り言にフュリーが床から顔を上げ、目をキラキラ輝かせながら言う。
「ひょっとして、カナリア嬢の舞台を観に行かれるのですか?」
「ああ、そうだ」
「素晴らしいんですよね、彼女の歌声は。声帯の造りが人と違うみたいで、人間の可聴域外の音を通常の歌声に重ねているんですよ」
「彼女のもクラブのメンバーだからな。今日は我々のために可聴域外の音だけで構成されたパートを歌ってくれるそうだ」
「ああ、だから奥方とここで待ち合わせられたんスね」
 横から口を挟んだハボックの言葉に重ねて、ファルマンが珍しく感心したように付け加えた。
「奥方がえらく豪華な衣装なのは、そういうわけだったんですか」
「え? いつもの黒いドレスじゃなかったっけ」
「え? でもいつもより、何と申しますか、こうボリュームがあってお綺麗でしたよ?」
「そうだっけ?」
「そう言や、応接室は探したか?」
「今、私が行ってきました」
「そっか」
「あー、まったく。何でこんな日に限って、鼻利かねーんだよ。腹立つなー」
 いい加減探索に疲れた部下たちの取りとめもないお喋りに耳を傾けていたマスタング卿は、ふっと何事かを閃いたらしい。彼は不意に立ち上がったかと思うと、いきなり応接室の扉をぱたりと開いた。
「あら? どうかなさいましたか?」
 開け放たれた扉の先には、暖かそうなストールに身を包んだ彼の美しい妻、リザが佇んでいた。
 卿はリザに向かってにこりと微笑んで見せると、オフィスの方を振り向き、厳かな口調で男たちに向かって言った。
「見つけたぞ」
 卿の一声に、オフィスのメンバーたちは先を争って応接室に殺到した。
「まじっすか? どこっすか?」
「先程探した筈なのですが、見逃していましたでしょうか? 申し訳ありません」
「で、狐はどちらに?」
「ああ、奥方。バカどもがうるさくて、すんません」
 口々に喋る男たちに目を白黒させるリザに向かって歩み寄った卿は、彼女の襟元を飾るストールに手をかけた。
「失敬」
 不思議そうに夫を見上げる彼女に一言そう断ると、マスタング卿はいきなり毛皮のストールを留める狐の頭部飾りの首根っこを掴んだ。
「キャン!」
「え?」
「まさか!」
 何とも驚くべきことに、彼女の首から引き剥がされた銀狐のストールが鳴き声をあげたのだ。
「あ、雄だ。タマ付いてる」
「黙れ、ハボック。オフィスの品格が下がる」
 ハボックの台詞に眉間に皴を寄せたマスタング卿は、手にぶら下げた狐とハボックを交互に睨みつける。
「あの、毛皮のストールを贈って下さると貴方が仰っていらしたので、私、てっきり……」
 困惑した顔でそう言うリザに、卿は肩を竦めてみせる。
「とんだ偶然が重なったものだな。こいつ、逃げ出したは良いものの、君の異性を誘惑する能力にやられてここに落ち着いてしまったらしい」
「なんと! そういうことですか」
「これは、ファルマンが見逃すのも仕方ないな」
「やれやれ、これで一件落着か」
 竹筒を手にしたブレダが近付いてくるのを見た狐は、マスタング卿の手の中でシュンと項垂れる。あまりに分かり易いその落胆振りに、己の能力に責任を感じたリザは、先程まで彼女を暖めてくれていたこの小さな獣が可哀想になる。ゆっくりと立ち上がったリザは夫の傍らに歩み寄ると、その銀色の頭を撫でてやりながら、何者をも惑わす蠱惑の囁きをピンと尖ったその耳にそっと注ぎ込んでやる。
「北の魔女はとてもグラマラスな美人で、女の私でも見惚れるような素敵な人よ。安心してお仕えなさい。決して彼女を裏切っては駄目よ」
 リザの言葉に狐はピンと耳を立て、彼女を見つめる。その瞬間、魔を秘めた瞳と使い魔の瞳に契約に似た取り交わしが行われた。狐はそっと頷いて、大人しく竹筒の中へと帰っていった。小さな事件の解決にほっとしたオフィスのメンバーは、口々に喋りながら応接室を出て行った。後には黒衣の夫婦二人だけが残される。
 マスタング卿は微笑を浮かべ、妻の耳元で囁いた。
「北の魔女は酷く人使いが荒い、ということも狐に教えておいてやるべきではなかったかね?」
「それは身をもって思い知るはずですから、良いのではありませんか? それにきちんと言い聞かせておきましたから、逃げ出すことはないでしょう」
 すっかり自身の能力を把握した上で澄ました顔でそう答えるリザに、マスタング卿は機嫌の良い猫のようにクツクツと喉の奥で笑った。
「君って人は、意外に悪女だな」
「まぁ! そんなことを仰るのでしたら、本物の銀狐のストールでもおねだりして差し上げましょうか」
 そう言ってリザは、卿の腕にそっと己の手を重ねる。
「そのくらいで済むなら、お安い御用だ。君が何でも着こなしてしまうことは、よく分かったからね。そう、例えそれが生きた狐だったとしても」
 そう言って妻をからかう卿は、愛しい人に手の甲をつねられながら、オペラに向かうため彼女にエスコートの手を差し伸べたのだった。