Twitter Nobel log 17

801.
貴方と私は同じ言語を話している筈なのに、時として二人の言葉は通じあわなくなる。それは私が私であり、貴方が貴方である限り、永遠に通じない言語であるのだろう。ハロー、ハロー、聞こえますか。届かなくても言葉にします。目の前の貴方に届かない言葉を。

802.
郵便ポストに向かって祈るなんて非科学的だと、あの人は笑うかもしれない。でも私は祈らずにはいられない。あの人が元気でいますように。私のことを少しで良いから覚えていてくれますように。想いに重さがあれば、定型料金ではすまないに違いない欲張りな願いをのせて、私はポストに手紙を託す。

803.
今日は雨が降っているから、出掛けるのは止めよう。何もしない贅沢を勤勉な君に教えてあげよう。ソファーに寝そべって、雨音と互いの心音を聞く。静寂と温もりを満喫する素晴らしきホリディを、君にあげるよ。たとえ君がその手の銃を手離せなくても、まるごと引き受ける。だから、おいで。

804.
愛故に、などと臭い台詞を吐く気もなく、罪悪感故、などと自虐するわけでもない。ただ、今現在を見つめ自ずと出る答えがそうなのだから、仕方がない。見るのは前だけで十分なのだ。だから君、自惚れずにただ己の為に引き金を引け。

805.
言葉だとか行為に拘るのは、彼が男だからだと思っていた。しかし、涙を雨だと言い張る男を前にした瞬間、私は自然に彼を抱く手を伸ばそうとしている自分に気付く。彼に対する今の自分と同じ感情を、ずっと彼に抱かせてきたのかと、愕然と私は手を引く。ただ言葉もなく。

806.
ごっこ遊び。クッションを選ぶのに付き合う。それだけで、少しだけ、脳内でごっこ遊び。ささやかな秘密。

807.
ラジオから流れる音に彼が小さく振る出鱈目なタクトの指先。あの指が紡ぐ作戦で、私は音符のように銃声を刻む。ラルゴ。アダージョ。アンダンテ。駆け出すアレグロのフィナーレ。カーテンコールはごめんだけれど、完璧な指揮をお願い。プリーズ、サー。私を奏でるマエストロ。

808.
彼女の気に入りのデリの親父に顔を覚えられてしまった。彼女が好きなサラダを勧める親父の「兄さん、色男だね」という言葉は面映ゆくも、我々が他人であることを嗅ぎ分ける商売人の嗅覚に打ちのめされる。意外にデリケートな己に苦笑しシンプルなサラダの代価を払った私は、ポケットの小銭を鳴らした。

809.
私には髭は生えないし、生えたところで彼の戦友だとか盟友の地位を得ることは叶わない。そんなことを考えてしまう程に、私は強欲で愚かな女であるようだ。隙のない二つの背中を夜に見送り、私は見えない弾丸で代わりに己の影を撃つ。

810.
背骨の稜線、鋭角的な肩胛骨、滑らかな白い肌には傷一つ無い。それは、彼が決して敵に背を向けなかった証。私の持たぬものを持つ彼の背は、私の代わりに様々なものを引き受ける。

811.
血が滲むほどに噛み付かれた首筋。理由も分からず、ぼんやりと微笑む彼女を見つめる。所有の印か、憎しみか。なんでもいい。彼女の唇の端を彩る己の血の赤がエロティックで、私はそれを舌で拭き取る。朝の光には不似合いな、我々の暗い感情を映す赤は白いシーツを汚すほどに美しい。

812.
この想いの行方とは何なのか。傷付けたくないと庇護し守ることなのか。痛みを共有する権利を許すことなのか。分からないままに、未だ彼女を傍らに置く。

813.
朝目覚め、吃驚するような不思議な彼女の寝相を思わず二度見して、元に戻そうか考え、幸福な寝顔に起こすのも可哀想かと放置する決定を下す。祝日の朝、天の邪鬼な早起き鳥は美味しい光景を味わうものらしい。

814.
両手で胡桃を摘むさまがリスのようだと彼が笑う、頬袋をお持ちの貴方の方がリスのようだと言い返せば、皿の胡桃を全部食べられてしまった。頬袋の使用例など見せられては、笑ってしまうではないか。怒るに怒れない私は、まるで子供みたいな彼のぱんぱんの頬をつつく。

815.
全ての言葉を拒否する背中に話しかけたい時、私の使う言語は体温と心音。誰も立ち入れぬ場所があることは知っている。ただその背を見て立つ私に許される言語を、私は囁く。

816.
ドアに鍵をかけられては、帰れないじゃありませんか。目の前の小さなロックを右に回せば扉が開くことを知っているくせに、そんな言い訳をわざわざ口にする天の邪鬼な彼女。私が返事をしないと榛色の瞳を不安に揺らすくらいなら、素直に帰りたくないと言ってみないか?

817.
無条件に100%好きだなんて、ただの幻想。打算も諦めも我慢も嫌気も全て分かっていて離れられないから、困っている。数式のような単純さがあれば、きっと二人もっと楽に生きられるものを。

818.
彼は私を釣る餌を沢山持っている。居心地の良いソファーだとか、肌触りの良いシーツだとか、なんとなく安心する腕枕だとか、眠れない夜を忘れさせる術だとか。だから私はつい彼に釣り上げられてしまう。後朝の後悔を分かっていながら。

819.
息も出来ないほどに彼女に溺れる己を恐れる。掴むものもなく浮かぶ瀬は結局のところ逃げ道でしか無く、それでも暖かくも冷たい海のような世界は心地好く、厳しく私を包む。だから私はつい溺れていってしまう。後朝の後悔を分かっていながら。

820.
ホテルのパリパリに糊の利いた冷たいシーツも、洗い晒しのクシャリと柔らかなシーツも、君が馴染めば私の寝床。

821.
お袋の味、などというものとは、縁遠い人生を生きてきた。最も舌に馴染んでいるのが彼女の手料理だというのだから、業が深い。胃袋を掴まれたら逃げられないというのは事実かと、うそぶく。その程度には申し訳ないと思っている。

822.
前髪を揺らす風の正体は、彼女の細い指先だった。眠ったふり、気付かないふりで、私は臆病な風が吹き抜けて行かないように、 そっと再び目を閉じる。

823.
転た寝の頬にボタンの跡。君は一体私の何処を枕にしたのかね?

824.
彼の歩幅に速度を合わせる。2:3の足音が変則のリズムを刻む。規則正しいメトロノームのように、私達は街に存在の痕跡を記す。春も、夏も、秋も、冬も。

825.
野望は多々あれど、個人的な希望はさほど多くはない。傍らの温もり一つを守れるほどの力があれば、それでいい。

826.
「大丈夫ですか!?」「なに、こんな傷舐めておけば治る」「そうですか。ではさっさと次の指令を出して下さい」「舐めてくれんのか」「そんな莫迦おっしゃる余裕がおありでしたら、放置して問題ないかと」「真理だな」

827.
「大丈夫か!?」「こんな傷放っておけば治ります」「そう言って前回酷く長引かせたのは誰だったかな」「今回は大丈夫です、さっさと次の指令を出して下さい」「では、次の指令だ。後方に下がり治療に専念せよ。さぁ、命令だ。否やは言わせんぞ?」

828.
共に歩こうとは言わない、言えない。ただ、付いてくるのなら拒まない、拒めない。そんな私を君は真面目な顔で「莫迦ですね」と切り捨てる。そんな言葉も否定しない、否定できない。「莫迦ですね、本当に」そう言って差し出された手を掴むことを赦せ。

829.
甘える酔っ払いなどと言う存在は唾棄すべきものだと考えていた筈なのに、どうして私は膝の上の黒髪を撫でているのだろう。身動き出来ぬこの状況の暇潰しに、私はこの矛盾の言い訳を考えて、強情な彼の毛を手の内でもてあそぶ。

830.
永遠など欲しはしない。そんなものを欲したら、貴方をこの煉獄の焔から解放することが出来ないではないか。それでも一日でも長く共に在る日を願ってしまう浅ましき愚者の葛藤に、貴方は私も同じだと笑う。慈悲の言葉は常の貴方の様に、私を誘惑する。悪魔のように甘い誘惑に惑いたくはないのに。

831.
ポケットの中には弾丸と口紅。私の指先がどちらを選ぶかは、貴方のオーダー次第。今日の貴方は私のどの顔を選ぶ? さぁ、命令を。さっさと私の指先の行方を決めて、プリーズ、サー。

832.
壁を殴る手が本当は何を殴りたいか、知っている。体制でも現状でも不満でもなく、様々に力及ばぬ彼自身であるということを。不甲斐ないと己を責める彼の無言の怒りを、ただ見ることしか許されぬ私の不甲斐なさよ。壁を殴るわけにはいかない私は、代わりに己の手の甲にただ無言で爪を立てる。

833.
愛だとか恋だとか、そんな小っ恥ずかしい綺麗な言葉を並べる気はない。我々の間にある感情は、もっとどろどろとして、意地汚くて、罪悪感にまみれて、どうしようもなく反吐の出そうなものだ。その中に潜むただ一つの真実に名をつけることなど、どうして私に出来ようか。

834.
デートと言うほど改まったものではなく、忙しない日常の延長よりは少し特別で。自分に許すことが出来て、彼女が受け入れることが出来る。要はその程度が、我々に丁度良い日々の狭間にある幸福。

835.
囓られたものは、ネクタイの先端。それなのに、刺激は心臓にダイレクトに届く。君の甘噛みは凶器。私の奥深くを抉る。

836.
自分を確認する為に彼に抱かれる。彼の掌が私の輪郭をなぞり、私の形を思い出させる。彼の動きが私の心拍数を上げ、私の心の在処を思い出させる。彼の吐息が私を揺らし、私に私の女を思い出させる。その度に私はその全てを丁寧に身体の奥底に仕舞い込み、安心して職業軍人の顔を取り戻す。

837.
耳を塞いだことに理由が必要であるのなら、それは貴方が私の欲する言葉を的確に私の中に流し込もうとするからだ。自分の二面性を突き付けられるようで、私は恥じ入るしかなくなってしまう。私が意地を張る理由は、きっと貴方が一番知っているだろうに。

838.
貴方が寝ている間に用事を済ませようと思うのだけれど、あんまり起きてこないと気になるのも事実で、休日の二律背反に私は淹れ立ての珈琲の香りで消極的なな目覚まし時計を仕掛ける。

839.
電話の向こうの声が何を考えているか、分からない。会っていても表情にほとんど感情を表さない女の何を声だけで分かれというのか。ただ、電話を掛けてくるというその一事で彼女の心中を慮る事しか出来ぬ歯痒さよ。

840.
「ご飯が出来ました」何度その言葉を聞いただろうか。私が生まれてこの方食べたものの何パーセントが、彼女の手を経たものになるのだろうか。そのパーセンテージと同じ分だけ、私は彼女で構成されている気がする。

841.
何故、私が君を選んだのか。選ばざるを得なかっただけではないのか。相も変わらずぐるぐると自分を追い詰める君に、思考を停止する為の下らない魔法の言葉をあげよう。「私たちの出逢いは運命だったんだ。だから、理由は要らないのだよ」この程度の言葉に騙されておきなさい。

842.
「なぁ」だとか「ねぇ」だとか、我々の間の呼びかけの言葉に緩さがないのは、この軍服の所為なのか。それとも、我々が引いた見えない境界線の所為なのか。固有名詞ではなく、階級で呼び合う我々はプライベートですら頑な。

843.
見なくて良いものをわざわざこじ開けるのは、貴方の悪い癖。こんな身体をこじ開けたところで、貴方に見せたくない醜い女が詰まっているだけなのに。醜悪に匂い立つ女をこじ開けて、貴方は何を求める? 貴方の愛した過去の幻影は、もうこの世にいないと言うのに。

844.
貴方のする無茶が、部下を巻き込むはた迷惑なものである内はまだいい。誰にも言わず、ただひっそりと行われる無茶を私は恐れる。せめて私ひとりくらいは連れて行って欲しいと思うのは、私の我が儘ですか?

845.
「その設定は無理があるのでは?」「なに。君の頑張り次第でどうにでもなる」囮捜査の彼の無茶ぶりに私が困る理由は、派手な化粧でも、密着する肉体でも、かかる吐息でもない。いつもと変わらぬ余裕綽々の顔をした彼の心臓が、私と同じ早鐘のリズムを刻んでいることに気付いてしまったせい。

846.
約束はない。言葉もない。肉体関係もない。法律上の関係もない。交わす温もりもない。ただ重い過去があり、離れられぬ今を作る。それが我々のデッドエンド。

847.
タップする私の指先が主張する苛立ちを、君の指が掴まえる。君の温度に溶かされて、消えて無くなる負の感情。君がいなければこの程度の感情に捕らわれる私でも、君は幻滅しないかね?

848.
窓枠を叩く雨音を、雨を跳ねる彼の足音と思い振り向いてしまうほど、どうしようもなく彼を待ち侘びている。それが有り得ない幻聴であることを、イヤと言うほど分かっていながら。

849.
貴方が口先で嘘をつくから、私は指先で嘘をつく。

850.
夢を見た。誰か見知らぬ普通の男と平凡に生きようとして倦み自らそれを壊す、そんな夢を見た。目覚めた私の目の前で、苛烈な命を生く男の呑気な寝顔が、『私で我慢しておけ』と笑った気がした。

Twitterにて201200906〜2012024)