SSS集 14

  himself



 錬成物に創造主の個性が出る、というのは彼の錬成した物を見ていると、何となく納得がいく。彼の作るものは、不思議と豪放な中にどこか品がある印象がある。
 例えばこのグラス。非常に分厚い硝子で出来ていて、ずっしりと重みがあるクセに、多面的にカットされた側面の反射が美しい。夜、お酒を飲む時に液面を照らすライトに映えるだろう、そんな想像が出来るような。
 シンプルで、素っ気なさそうに見えて、実は繊細。
 そう、まるで彼本人みたい。
 そう考えながら、私は彼が置いていったグラスに唇を付ける。喉の渇きではない、何かを潤す為に。

(ロイの日。ギリギリ間に合った!)

  bait



 夜中に近い時間執務室、少しの休憩から戻ったロイは珍しくデスクでチョコレートを摘んでいるリザの姿を見つけた。
「珍しいな」
「貴方流にいうのなら『脳味噌の餌』です」
 リザの言い様にロイは苦笑する。確かに研究や仕事に没頭する彼は、氷砂糖のような直接的な糖類を口にする。その際の彼の言い分を真似た彼女は、すました顔でもう一つチョコレートを摘んだ。リザの方に歩み寄り、ロイは彼女の手元の箱からチョコレートを一つ失敬する。
「お食べになるからには、働いて頂きますよ?」
「まったく厳しいね、君は。もっと甘い言葉を餌にしてくれたなら、私も喜んで働くのだが」
「ご冗談を」
 つれない素振りのリザは、そのまま書類を抱えて席を立ってしまう。執務室を出る彼女は、振り向きもせずに言う。
「そんなに餌が欲しいのでしたら、ご自身で手に入れられる方法をお考えになっては如何ですか? 少なくとも、残業続きでは餌をご用意する間もございませんので」
「言ってくれるね」
 様々な意味で手強い副官を相手に、ロイは目の前の残業の消化を始めるしかない己の現状に肩を竦めるのだった。

(一枚上手。三月のラ○オン「脳の餌」台詞より妄想)

  Be my baby



 伊達男を気取る彼は、とても紳士だ。私の嫌がることはしないし、きちんと女を怯えさせずに手順を踏んで事を運ぶスマートさを持っている。
 今日も今日とて美味しい食事に、美味しいワイン、小洒落た会話と隙のないエスコート。気付けば私は、彼の部屋のソファーで彼に押し倒されるのを待っているような案配だ。でも、そんな手順が焦れったい夜だって、時にはあるわけで。
 どさり。
 私は男をソファーの上に押し倒した。彼の思惑から外れた展開に目を白黒させている可愛らしい男の表情を、私はゆっくりと堪能する。想定外の事態に彼が順応する前に、私は彼がいつも私にするように、その両の手首を押さえつけた。
 私のモノよ。
 言外の主張の代わりに、私はゆっくりと彼の上に身を屈め、その手首に口付ける。少しのアルコールとオーデコロンの混じった男の匂いに鼻腔をくすぐられ、私は堪えきれずに彼の手袋に歯を立てる。
 ゆるゆると白い手袋を紅で汚しながら、私は彼の手袋をむしり取る。私の顎を一掴みにしてしまう大きくてゴツゴツとした手を裸にしながら、私は彼を籠絡するべく艶然と微笑んで、その掌の味見をするが如くべろりと彼の肌に舌を這わせた。
 私のモノよ。
 声には出せぬ言葉を男の匂いと共に嚥下した瞬間、大きな掌が私の顎を掴んだ。私は嵐のような男の肉体に溺れるべく、嬉々として瞳を閉じ、いつもの通りに攻守を入れ替えたのだった。

(何か、いろいろ書きたくて仕方ない。とりあえず、押し倒される大佐萌え。)

  bitter-tasting


喫煙ロイがオッケーの方は、反転してどうぞ。


 扉を開けると、思いもかけぬ臭いが彼女を出迎えた。
「ああ、すまない」
 悪びれもせずに、男はひと言そう言った。煙草を消すでもなく吸うでもなく、ロイはぼんやりと指に挟んだ煙草の先から流れる紫煙を眺めている。
「珍しいですね」
「ああ」
 ロイは多くを答えず、彼女の方を見ようともしない。何より、彼が普段滅多に吸うことのない煙草を手にしていることに、彼が一人の時間を欲していることは分かった。だから、リザは彼の望みを尊重することにする。
「後ほど参ります」
「ああ」
 リザはそのまま扉を閉めて部屋を出ようとしたが、ふと思い直してロイの傍らに座った。
「君、危ないぞ」
 思い掛けぬリザの行動に面食らったロイは、それでも無意識に彼女から煙草を持った手を遠ざける。リザは彼の気遣いに苦笑し、少し乗り出すと彼に口付けた。
 滅多に味わえぬ煙草の交じった男の味は、彼の苦い思いを分かち合えるような思いを彼女にくれる。リザはそれが錯覚だと知りながら、彼が一人で背負おうとしている何かを哀しく闇に見つめ、ソファから立ち上がる。
 紫煙に背を押されるように、彼女は無言で男に背を向けた。

(何か、いろいろ書きたくて仕方ないパート2。煙草大佐も時々なら萌え。)

  Nacht



「肌を交わせば、何かが変わるのですか?」
 そう女は問うた。
「いや、何も変わらない」
 そう男は答えた。
「ならば何故」
 そう言いさした女の唇を男は己の指で塞ぐ。
「喋らなくてすむ。差し当たりの理由は、それで勘弁してくれ」
「貴方がそうおっしゃるのなら」
 二人はそれ以上の言葉を発さなくて済むように、互いの唇を互いのそれで塞ぐ。おそらく理由なんて説明のしようがないことくらい、彼女にも分かっている。その程度には、彼女も全てを欲し、同時に全てを諦めている。
 闇に目を塞ぎ、耳を塞ぎ、互いに互いの唇を塞ぎ、彼らは彼らの世界を夜の部屋の中に閉じ込める。

(なんか観念的な)

  Nacht