Twitter Nobel log 16

751.
扉の中で、多分、この辺りに彼女は額をつけて、様々な感情を堪えているのだろう。扉の外で、私が触れられぬ彼女の代わりに扉のこの辺りに手をつくことを、彼女は知っているだろう。一枚の板の遮るもの、伝えるもの。私達はそんな微かなものにすら、すがって生きている。

752.
私の仔犬、お前は昼間あの人とどんな話をしていたの? 中庭でお前がびしりと前足を揃えて、あの人の話を聞いていたのは知っているの。その後頭を撫でられて、尻尾を振っていたことも。一人と一匹で私の愚痴なら良いけれど、お前まで無茶に付き合うことはないのよ? そんなのは、私ひとりで十分よ。

753.
優しくて莫迦な軍人は、沢山人を殺して、沢山勲章をもらいました。でも、彼が欲しいものは手に入らないので、彼はもっと偉くなることにしました。自分の命を削るほど偉くなって、沢山人の命を奪った償いをして、例え自分は赦されなくてもある女の心だけは救いたいと願ったのです。本当に莫迦でしょう?

754.
ねぇ、私、本当は知っているの。彼が時々眠る前に、涙を流していることを。気付かないふりをすることを、優しいと言う人も、残酷だと言う人もいるけれど、本当はどうしていいか分からないだけなのよ。分からないの、本当に。

755.
美味しい餌で釣ってくれたら、がむしゃらに働くよ。だから、良い返事をくれないか? 等価交換なんて言わないさ。君の取り分がどれだけ多くても、私がYesと言うことを君は知っているだろう?

756.
夏風邪は莫迦でも引かないと言うけれど、莫迦だから引く風邪もある。貴方が咳をしている理由を、私が気付かないと思っているのかしら。風呂上がりの読書に夢中で湯冷めだなんて、本当に困った研究者の顔。お目付役を引き受けるのは、仕事に支障が出るから。本当にそれだけの理由なんですからね!

757.
正義のヒーローが悪人をやっつける。勧善懲悪の人気の映画に、苦虫を噛みつぶす貴方と私。完全な悪人も、完全な善人も、この世にはいないと知ってしまった中途半端な大人の我々は、フィクションをフィクションと割り切ることも出来ず、深夜のカフェで苦い珈琲で口直しをする。

758.
追いかけて、捕まえて、また逃げる。捕まえる直前にまた言い訳、捕まえ損ねた腕をすり抜け逃げる彼女。そうやって逃げるくせに、私が追いかけることを止めたなら、彼女はきっと泣き出すだろう。だから、私は今日も飽きもせず、二人きりの鬼ごっこの鬼を演じる。

759.
「行きたい所はあるか?」と聞かれて、咄嗟に答えの出ない私の手を引いて、彼は夜の中を歩き出す。私の答えが出るまで飽きもせず、ぐるぐると月夜の散歩道。答えが必要ないと思ってしまうのは、繋いだ手を離したくないからとも言えず、私は月さえ眩しい夜道を彼の影を踏まないように歩く。

760.
何も言わないから平気かと言えば、そういう訳でもない。言ったからといって、何が変わるわけでもない。その事実を、ただ知っているだけ。それでも、重なる手の温かさに甘えたくはなるわけで、私はやっぱり口は閉じたまま、その逞しい二の腕にただ頬をくっつけてみる。

761.
「どうしたね? いきなりダイエットを始めるなど言い出して」「少しお肉が気になります。特に、この辺りが」「私のか!」「そうはおっしゃいますが、毎食、同じ物を同じ時間に同じ場所で同じように食べているのでから、仕方ありません…って、あの、そこ照れるところなんですか?」「ああ、ちょっと」

762.
人は簡単に死ぬことを、この手が知っている。夢は容易く潰えることを、この目で見てきた。約束は呆気なく違えられることを、この心に刻み込まれた。それなのに、何故、私はこの場所が永遠だと信じているのだろう。彼の背中を見つめる、この私のポジションが。

763.
その刃が自分の心を抉ることを知っていて、彼女は淡々とバヨネットを振るう。その手が彼女の嫌う『人の死に行く感触』を味わっている現実を受け止める事が、私の務め。分け合うことなど出来ない、ただ共に粛々と受け止める。

764.
ちぎったパンを口元に運ぶ指。その指先に付いたバターを舐める舌。湿った唾液の音。貴方が作り出す、食卓のエロティカ。

765.
暑い中、涼しい顔で仕事をこなす彼女に「君は汗をかかないのか?」と莫迦な問いをした。にこりと笑った彼女は私のデスクを眺め、「未だ書類がこれ程残っている現況に、冷や汗をかいております」と言う。その静かな口調に、私は莫迦のように流れ出した冷や汗を拭う。冷や汗とは伝染するものなのかね。

766.
暑い中、涼しい顔で仕事をこなす彼女に「君は汗をかかないのか?」と莫迦な問いをした。思い掛けず頬を赤らめた彼女の困ったらしい仕草に、昨夜の事を思い出す。ああ、君、それは反則だ。私まで体温が上がるじゃないか。別な意味で汗をかき、私は困って視線をあさってに逸らす。

767.
貴方といると、いつも雨が降る。目に見えない雨は、貴方だけを濡らす。傾ける傘は無い。私はただ、独りで濡れ鼠になる貴方を見つめることしか赦されない。それが、私の受ける罰。

768.
雨の日は無能だと言っても、濡れ鼠になることはないと思う。傘がないなら、待てばいい。自虐は止めて、私達の道程は長い。私が傘をさしかけられない時に、独りで濡れていかないで。

769.
動かない列車のコンパートメントの気まずさに、視線を窓の外に逸らす。彼は同じ論文をもう三回も読んでいるし、私は手持ちのスケジュール帳に下手くそな銃の分解図を描くのも限界だ。私たちを閉じ込める雨を眺め、私はこの危うい均衡が雨に決壊しないことだけを祈る。

770.
雨音が足音を消す。猫のように忍び寄る気配さえ、雨が隠す。だから、気付かなかったから、私は貴方の腕の中にいる。雨がくれる言い訳に甘え、雨の日の彼に抱かれる。雨の日は無能だから、甘やかしてあげるだけ。雨が止むまでの、小さな魔法を私は私にかける。

771.
雷を怖がる歳でもないことくらい、知っている。それでも、嵐に揺れる古い家屋に怯えていた、あの頃の彼女が今でもどこかにいるようで、つい、指が覚えたダイヤルを回しそうになる。きっと、子供扱いしないで下さいと叱られるだけなのは分かっている。それでも、私の指は遠い記憶を忘れてくれない。

772.
列車という名の密室は厄介だ。公共の場でありながら、二人きりだと錯覚させられる。触れた膝をゆっくりと割る。例えば雨の音に紛れてしまえば、水音も消えてしまう。この閉じた空間の熱を逃がす方法を、君も一緒に見つけたいだろう? 静かに、静かに。ほら、雨がここにも。

773.
私を迎えに来る傘の花、どんな花束よりも私の心を華やがせる花が、窓ガラスの向こうで揺れている。駆け出したい心を抑え、私は澄ました顔で、ドアがノックされるのを待つ。貴方がくれる花の中で私が一番好きな花は、雨の日にしか咲かない傘の花。

774.
あまりに長い缶詰めに、固い座席に沈む彼女の寝息が聞こえ始める。狸寝入りの私は目を開き、雨音と寝息の静かな音楽を耳に、二人きりの空間の届かぬ距離を思う。雨のカーテンが全てを隠す今なら、この指先を伸ばしても、構わないだろうか?

775.
雨の匂いが空気を満たす。発火布をしまい、銃をとる。この鉄塊が引き受ける彼女の覚悟を思い、私は撃鉄を起こす。手に残らぬ死の匂いを引き受ける覚悟は、多分どちらも同じなのだから。

776.
言葉は土砂降りの雨音に消された。ただ、動く唇の残像が、私を釘付けにする。私を惑わせる唇の動きを消す為に、私は私の唇を使う。土砂降りの雨はカーテンのように全てを隠す。上司と部下という私たちの関係さえも。

777.
缶詰めになった汽車の中、「暇潰しにしりとりでもするか」と言った私を、子供のようだと君は笑う。この沈黙がどれ程我々にとって危ういか、分からぬ君の方がよほど子供だと思っても、口には出さないでおく。それが汚れた大人というものさ。

778.
濡れた窓に指先で書いた文字、まさか消えてしまう前に目を覚ますなんて。止まった列車のコンパートメント、逃げ場のない私に彼は囁く。「見なかったふりをしようか?」その優しさが残酷だと、貴方は知らない。頷くことも出来ない私は、ただ窓の向こうの冷たい雨に心を濡らした。

779.
死を語るその口で飯を喰う。それを矛盾とせず、それだけの逞しさと強かさを手に入れた彼女の姿に目を細める。貪欲に、ただ貪欲に生きろ。

780.
汗の染みたシャツの背中に、滲み出る雄を見る。「みっともないから、上衣を着てください」そう言った私を振り向く眼差しから逃げ出して、私はそっと足元の影の中に小さな劣情を隠した。

781.
そんな気障な台詞を、恥ずかしげもなく吐くなんて。莫迦だと思う軍人と、優越感を擽られる女が私の中に同居する。黙って下さい。もっと言って。叱責とおねだりの狭間があることを彼は知らないで、私の小言を待っている。

782.
情け容赦の無い叱責の前の一呼吸、百分の一の確率で少しだけ困った表情が揺れることがある。そんな一瞬が見たくて、私は歯の浮くような言葉を吐き出して、君の様子を窺う。

783.
遊園地の射的にすら、本気になる君が好きさ。だが、一番難しい的を落とした景品の巨大なテディベアを、私に押し付けるのは止めたまえ。処分に困るのが分かっている癖に、いつだって全力。困ったお姫様のお付きは、頭を抱え、熊を抱え、夜の公園を闊歩する。

784.
電話を掛けた。鳴り響くコール。繋がらぬ電話線。引き千切り、叩き付ける妄想。駆け出して、ドアを叩く夢想。どれも現実にする気もなく、ただ虚しく聞く機械音、ルルルル。

785.
眠りに落ちるその一瞬の手前、意志の力で瞼を開き貴方の顔を確認する。傍に居るその存在を確認し、そして私の子供染みた行為に微笑む貴方の笑顔を、子供の頃抱いたぬいぐるみのようにのように抱えて眠る。小さな私の贅沢で、幸福な一時。おやすみの言葉が愛しい。
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786.
朝起きてから眠るまでの二人。毎日同じ繰り返しのようで、ほんの少しずつ前進している二人。きっと数十年後に振り返れば、それはひとつの物語を綴ると信じて。

787.
簡単に泣いたり笑ったり。きっとそれは楽な人生。でも、ぎりぎりまで堪えた感情の発露する瞬間の開放感は、きっと今まで全てを堪えてきた私の宝物。どうぞ、受け取って下さいますか?

788.
それが快楽の為の行為と言うには、我々は歪みすぎている。それは、我々にとっては寂しさを紛らわせる行為。それは、不安を忘れる行為。それは、自分が独りだと、どれだけ交わっても溶け合えぬと思い知らされる行為。

789.
気付くと寝ているか、本を読んでいるか、珈琲を飲んでいる。休日の彼の定石サイクル。エンドレスループに割り込むタイミングを計り、私は遠慮がちにソファーの片隅で彼の平和を見つめる。

790.
四つ足で犬のように歩く。落としたピアスが、彼に贈られた物だから。傍らに居なくても、こんな格好を私にさせる男が憎らしくて、私は役に立たないヒールを投げ飛ばす。

791.
ストイックだと言われても、ぴんと来ないのは、目の前にいつもあの背中を見ている所為。あの背を前に、私が何を考えているか。誰かに知られたら、きっと私は生きていけない。

792.
ダーリン。ハニー。スィートハート。歯の浮く言葉なんて、犬だって食べやしない。生き残れ。命は張るな。逃げる勇気を持て。私にとって甘いのは、こんな言葉。欲しいのは愛の囁きではなく、オーダー。いつだって、覚悟は出来ている。早く撃鉄を起こさせて。

793.
サボりの付けで食らう説教の最中に、彼女の胸にてんとう虫が止まる。まるで子供のブローチみたいだと思わず微笑みが漏れ、反省の色がないと彼女の小言が加速する。そう叱られても、迫力は半減。思いがけず和む、午後の説教タイム。

794.
サボりの付けで食らう説教の最中に、彼女の胸の先端にてんとう虫が止まる。いや、その場所はまずいだろうと思わずにやける顔に、反省の色がないと彼女の小言が加速する。そう叱られても、迫力は半減。思いがけず妄想が爆走、午後の説教タイム。

795.
ヒロインになるくらいなら、群衆の中のひとりでいい。英雄の大変さは、彼が身をもってみせてくれた。その他大勢である方が、私には心地良い。名も無き路傍の石でありたいという、彼の夢をトレースするわけではないけれど。

796.
似た者同士と言われ嫌な顔をするくせに、珈琲を飲みたくなるタイミングが同じであることは喜ぶ。彼女の価値基準は無意識の領域での方が素直だから、私は自然と二人きりの時は無口になる。無意識のタイミングに笑みを交わす幸福。

797.
彼はワーカホリックな訳ではない。その証拠にデスクワークのおサボりは大好きだ。「点数稼ぎだ」と嘯き作戦指揮をとる彼の目の下の隈を見ながら、サボって欲しい場面でサボらず、どうでもいい時にサボる天の邪鬼の攻略作戦を練る。同時進行の無茶も、有能を気取るなら、どうぞ、こなして下さいな。

798.
発熱の夜、無意識に林檎が食べたいと言った事は覚えている。次に目覚めた時、恐らく元の2/3サイズに削られ酸化した林檎らしきものが皿に乗っていた。不器用な男の傷だらけの指が頭に浮かび、ぬるい林檎をかじる私は「二〇点」と辛い点数を呟く。きっと私は今、人に見せられない顔をしているだろう

799.
「楽しいですか?」飽かず指に流れる私の髪をくるりと玩ぶ彼に問う。返事の代わりにページをめくる音がする。無意識の彼の手元の無聊を慰める役を、私は知らぬ間に拝命していたらしい。仕方ないわと竦める肩で、私は彼の体温を受け止める。

800.
薄いスカートという名の布で隠された場所で何が起こっているか、知っているのは彼の指先と私の身体だけ。彼はいつだって研究熱心な化学者。目に見えず耳に聞こえぬ事象の観察者であるその指は、行為の結果を舐めるように吟味する。

Twitterにて20120726〜20120905)