overeating

「だから、今回の件は俺が悪かったって言ってるじゃないッスか」
莫迦か、お前は。お前一人に責任が取れる問題だったとでも思っているのか。あの時、フュリーのフォローがなかったら、どうなっていたと思っている」
「いや、れも、僕は、当然のことをしたまれれすし」
「フュリーは黙ってろ。これは、ハボが悪い。ファルマン、お前も何か言ってやれ」
「そうはおっしゃいますが、ブレダ少尉。私はルート確認をしただけです」
「そこが大事だったんだろ、今回は!」
小さなローテーブルに額をつきあわせ、男五人が侃々諤々と議論を交わしている様は、本当に暑苦しい。
リザは自分もその輪の中に加わりながら、少し身を引いて臨時の記録紙代わりのメモを握り直した。

そう広くはない部屋、ローテーブルと対になったソファにロイとブレダが座り、ハボックは行儀悪くソファの肘起きに腰を下ろしている。
ダイニングキッチンから運び込んだ二脚の椅子にはフュリーとファルマンが、台所にあった折りたたみのキッチン・スツールにはリザがそれぞれ座り、ロイの家中の椅子をかき集めたよく分からないミーティングは、深夜に特有の訳の分からない白熱具合を見せている。
事件解決後の慰労の為の飲み会は、いつの間にか飲み過ぎた部下と飲まされ過ぎた上官との反省会へと、その姿を変えていた。
おそらく、このメンバーの中で最も酒に強いであろうハボックとブレダがあの調子なのだから、他のメンバーの状態は推して知るべしといったところだろう。
マスタング組の酒豪トリオの筆頭にあげられるリザは、酒量をセーブした事もあり、この暑苦しい酔っぱらいの面々の中で一人、素面の領域に片足を残している。

長引いたテロ事件の解決が、彼らを開放的にしたことは理解できる。
なにせプライベートの時間も確保できず、ずっと彼らは司令部に缶詰になっていたのだから。
そして、慰労会という名の上官の奢りの飲み会で、皆がこの時とばかりアルコールを満喫するのも分かる。
しかし、そこからまた何故、仕事の話に戻って言ってしまうのか! この莫迦どもは!
リザは鬱陶しくも、熱心に論議を交わす男どもを横目に小さく溜息をついた。
酔っぱらいの中に、一人素面でいることほど莫迦莫迦しいことはない。
こんな事なら、自分も浴びるほど飲んでおけば良かった。
そう考えながら、きっとそうは出来ない自分を彼女は知っている。

突っ走るアクセルには、ブレーキが必要だ。
このメンバーで、ブレーキになるとしたら、ファルマンか自分だ。
そのファルマンは、今回の作戦でテロリストの過去の行動パターンを全て網羅し、全ての退路を塞ぐ事を可能にした作戦成功の功労者として、一番に酔い潰された。
今は少し復活しているが、いつも細い目が、更に細くなり、何処を見ているかすら分からない。
これでは、全く当てにならない。
『財布』として酔い潰れることを免れたロイは、それでもいつもよりかなり酒を過ごしていて、真っ赤な顔をしている。
ハボックとブレダは、いつもの通り。要はベロベロだ。
フュリーは、今までに見たこともない大胆な様子で、リザは彼に対する評価を変えるべきか悩んでしまうくらいだった。

まぁ、一週間も缶詰になっていたのだから仕方あるまい。
リザは諦めの溜め息を一つこぼすと、男たちの輪からそっと立ち上がった。
ロイの家に着いて、男たちが飲み直しを始めた時に仕込んだものが、そろそろ出来上がっている頃だった。
彼女の中座に気付かず喚き続ける男たちを置いて、リザは台所へと移動した。

       §

「その辺にしておいたら、いかがですか?」
リザがそう言い終わるよりも早く、男たちの視線が一斉に彼女の方へと注がれた。
ドアを開けた瞬間から、部屋には刺激的な匂いが満ちている。
酒臭い男たちをかき分けたリザは、深いスープボウルを五つ、バゲットを入れた籠を一つ載せた大きなトレイをローテーブルの上にドンと置いた。
「うぉぉ」
「カレーだ」
「カレーだ」
「カレーだ」
「カレーだぁ!」

彼女が何か言うより早く、十本の手がそれぞれボウルとスプーンを奪うように抱え込む。
「ちょうど、夜食が欲しかった頃なんでよねぇ」
「ブレダ、お前、なんかカレー似合うよな」
「うっさい、お前の分も食うぞ」
「カレーって、飲み物ですよね」
「うむ、美味い」

先程より余程賑やかな一瞬の後、黙々とスプーンを動かしカレーとバゲットを咀嚼する音が部屋に響く。
やっぱり、男を黙らせるには食べ物で釣るのが一番だと思いながら、リザは満足げに男たちの食べっぷりを眺める。
これだけ気持ち良く食べてくれたなら、作り甲斐もあるというものだ。
そう思った直後、静かだった筈の男は口々に騒ぎ出す。
「中尉、お代わりありますか?」
「もっと食いたいッス」
「大変、美味しいので」
「飲んだ後のカレーって、美味しいですよね」
「お代わりを」

まるで欠食児童のような賑やかさに、リザは呆れるのを通り超して笑い出す。
「お鍋ごと持ってくるので、どうぞ、皆好きなだけ食べてくれればいいわ」
「うぉー」
酔っぱらいたちは、リザの太っ腹な発言に色めき立つ。
リザはトレイを片付け、鍋敷きと鍋をテーブルの上に置いた。
「うぉー」
人語を忘れた酔っぱらいたちは、ワラワラと鍋に集っていく。
ようやく仕事を忘れた莫迦たちを見守りながら、リザは苦笑する。
優秀で莫迦で手の掛かる困った上官には、優秀で莫迦で手の掛かる困った部下が付くものだ。
似たもの同士とは、本当に面倒で仕方が無くて、頼もしい。
そう考えるリザの背後で、ぼそりと囁く声がした。

「君は食わんのか?」
リザは鍋に集る部下たちを見守りながら、いつまでも部下への気配りを忘れない困った上官に答える。
「深夜に食べると太りますので」
「酷いな、君は。我々は太って良いとでも?」
「その分、十分働かれましたでしょう?」
「君も十分働いたと思うが」
「ならば、後ほど慰労して下さい」
「個人的にかね?」
更に声を潜めて囁く男に、リザは笑って後ろ手を組んでいた手を差し出す。
部下たちの喧騒をよそに、ロイはそっと彼女の指先に指を触れる。
指先を絡めた二人は、働き者の部下たちを見守りながら長い一週間の終わりを噛み締める。

さて、後は彼らをどうやってこの家から追い出そうか。
リザは指先の熱を味わいながら、次の難題へと思考を移したのだった。

Fin.

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【後書きのような物】
 原稿中に思いついたバカ話。またの名を「真夜中のカレー」。鋼の世界にカレーがあるかどうか、分かりませんが思いついたので。カレー美味いッスよね、カレー。

お気に召しましたなら。

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