Twitter Nobel log 15

701.
「なんだか久し振りに、君とキスをした気がする」「昨日お会いしたばかりですよ?」「ああ。多分、生きて戻れた安堵感のもたらす錯覚だな」さらりとそんな風に言ってのける男の存在に身を切られ、私はその軍服の煤けた襟元を掴み、何度でも彼の望む幻を与える。

702.
「膝枕で耳掃除、男のロマンだな」「馬鹿馬鹿しい。生殺与奪を握られて、何が嬉しいんですか」「そんなもの、最初から君に預けてあるじゃないか」「……その腐った脳みそまで、掘って差し上げましょうか?」「照れるな」

703.
小さなマグになみなみと珈琲を淹れる。これを飲み終えるまでに机上の書類が全て片付いたなら、先程の彼の誘いを受けよう。口には出さない小さな賭け。さて、彼は勝つことが出来るかしら。私は真剣な面持ちで、彼に秒読みの珈琲を差し出す。

704.
恋にはいつか終わりが来るけれど、私達二人の関係に終わりはない。否、終わりどころか始まってすらいない。そして、多分、終わることすら出来ないだろう。それでも、その事実にほの暗い歓びを覚える私は、どうにも終わっていると思う。

705.
貴方の言葉を引きずって、生きている。人生の要所要所で楔のように私の中に撃ち込まれた貴方の言葉は、私の生きる方向さえ決める。そう、その生き死にについてさえも。「私はね…、命令で死ねない事になってるのよ」

706.
彼の淹れる珈琲が濃すぎる時は、彼が夜更かしをした証。分かりやすい居眠り注意予報に、私は彼のデスクワーク中の対処法を練る。同じくらい濃い珈琲をご用意して差し上げますから、どうぞ御覚悟なさって下さいね。

707.
クロスワードパズルに苦戦する彼女の、どこか苦しげな表情が悩ましい。覗き見れば、私には簡単なキィワード。パズルを奪ってワードを埋めてやっても良いのだが、同じ怒られるなら、唇を奪って二人の距離を埋めるとするか。

708.
「信用問題に関わりますよ!」「手は打ってある。時間が経てば解決する」「ですが…」「君も信じていないのか? 私を」「いえ、そんなことは…」「なら、今はそれだけで十分さ」

709.
彼の到来を待ち草臥れた私は、昼間の疲れにうっかり眠り込んでしまった。深夜、喉の渇きに目覚め、キッチンに向かった私は、ソファで小さく丸まって眠る彼の姿を見つける。起こしてくれれば良いのに。そう思いながら私は、彼の気遣いと優しさに頬を緩め、屈み込んでその寝顔を間近でじっと眺めた。

710.
贔屓の花屋はないけれど、花屋より頻繁に花を届けてくれる男はいてくれる。それでも家に花瓶すら置かない私の意固地さを、彼はどう思っているのだろう。カフェオレボウルに入れた花から目を逸らし、私は銃の手入れで黒く汚れた己の指を見る。汚したくないだけなのだ。花も、彼も。

711.
「ああ、そろそろ髪を切りに行かねばならんな。前髪が鬱陶しい」「切って差し上げましょうか?」「え」「そんなに前髪が気になって、お仕事が捗らない様でしたら、私が潔く真っ直ぐざっくりさっぱり切って差し上げますが」「いや、君、鋏を持つな! 目が笑ってない!」「働いて下さい!」「はい!」

712.
『守るべき人』ではなく『守りたい人』なのだと、言えるようになったら幸福。

713.
格好の良い言葉を幾つも並べ立てる貴方よりも、少しだけ弱音を吐く時の貴方の眉間の皺を愛す。それが私の立っている場所の意味。

714.
空が晴れると、哀しみが降ってくる。それが背負ったものの意味だと知る、乾いた戦場。重荷を分けあった人は、この空の下で眠れぬ夜を明かしたことだろう。今日も血の雨を降らせる私の心には、降る雨すら、ない。

715.
改札の前で人待ち顔の彼女を見つける。彼女にあの顔をさせているのが自分だという事実が、私の頬を緩ませる。たとえそれが、出張の待ち合わせだとしてもね。

716.
食堂で向かい合う時間と、カフェで向かい合う時間。ワーカホリックな私たちの話す内容にそれほど大きな違いはない。それのに、彼の眼差しの色が違う。ただそれだけで、私の心は踊る。柔らかな午後の日射しが、眩しい。

717.
無精髭の頬で頬擦りなんて、悪趣味は止めて。彼の悪友の悪知恵なのは分かっているけれど、される方は堪ったものではないの。だいたい、向こうの相手は子供でしょう? 子供扱いは止めて。

718.
彼の朝の送迎は、副官である私の仕事だ。だがそれは表向きで、出迎えた玄関口では寝ぼけまなこの不機嫌な男が、切れ者のエリートの顔を作り上げる時間を確保する事が本当の私の仕事なのではないかと、時々考える。今日もルームミラーで仕上がった彼の表の顔を確認し、私はゆっくりと車を走らせる。

719.
彼は何も言わない。何も言わずに、ただ私を抱きしめる。言い訳をしながら生きて行く方が楽なことは、二人とも知っている。だから、何も言わずに全てを抱きしめてくれる彼を、私は信じて生きていく。

720.
駐車場に車を入れる時、彼は助手席の背もたれに手を回し後ろを見る。その習慣は、助手席に座る女をドキリとさせる為にあるのかと考える。そう、今の私のように。職務中の邪な感情を振り切るように、私はポーカーフェイスのまま、助手席の扉を少し乱暴に閉じる。気付かれませんようにと、願いながら。

721.
虫除けに付けてくれと言われた、紅い印。虫除けどころか話題になって、女に囲まれている彼も莫迦だが、素直につけた私も莫迦だったと、何となくモヤモヤと反省の夜。

722.
ラジオのボリュームを間違えて、彼女を驚かせてしまった。普段から冷静で表情をあまり変えない彼女が素で驚いて、文字通り飛び上がったのが、可笑しくて、可愛くて、私は怒られながらも笑うことを止められなくなってしまう。不意討ちは卑怯だなんて、それはこちらの台詞だよ。

723.
同じサイズのフォークを使っても、一口のサイズが違う。それなのに、食べ終わる速さが同じことを不思議に思う。彼女が「その分お喋りなさっているからですよ」と笑う。上手い調整機能が付いているものだと私も笑い、私達は互いの唇を別な甘い働きの為に使う。

724.
新聞を読む彼の横顔に、国家情勢を読む。彼の判断基準をフィルターに、今日も私の情報処理が始まる。

725.
点と点を繋ぐと線になる。とてもとても簡単な幾何学。手と手を繋ぐと君が赤くなる。とてもとても可愛い方程式。

726.
胸元のボタンは外し過ぎると下品だよ、と彼が笑う。外したのは貴方でしょう? と睨み付ければ、時と場合を考えたまえと軽くあしらわれる。私の前以外は禁止だと耳元で囁く色男。莫迦な人ね、カサノヴァ。

727.
死神がやってきた。私の幼年期を殺す死神が、貴方の顔をしてやってきた。希望の種が殺戮の道具になり、青臭い夢を抱えた青年は大量殺戮者になり、私は少女から女にされた。それでも、パンドラの箱の底に残ったものを信じて、私は死神についていく。大人になれる道を求めて。

728.
「どうして、こんな本たくさん隠しておいでですか!」「いや、君に似てたから」「……アホ過ぎて、泣けてきました」「あー、アホですまない」「謝るのは、そっちじゃないでしょう……」

729.
犬よ、犬。私のそんなところに顔を埋めて、甘えた声を出して良いのは彼女だけだ。お前の代わりに仕置きを受けるのは、お前の飼い主だと分かってやっているのなら構わないが、犬よ。お前の脳みそは人間の複雑な事情など、理解できぬよう出来ているのだな。全く困った犬だな、飼い主に似て。お前は。

730.
「あああぁッ!」「どうしたね? 君」「見ないで下さい」「だから、どうした」「……無駄毛の処理を忘れました」「大丈夫だ、君の肌はとても美しく、そんな余計なものは私の目には全く映らないよ」「……閣下、ひょっとして老眼では?」「君はまた、人の善意を踏みにじるようなことを……」

731.
さくらんぼを一粒、彼女の唇に押し込む。吐き出される種を待つ私の掌に、躊躇いと吐息と種子を吐き出して、さくらんぼと同じ色に彼女は頬を染める。掌の種子を捨て、私は新たな一粒を今度は己の指ごと彼女の唇に押し込んだ。きちんと食べてくれたなら、吐き出してもいいよ?

732.
そんな小さなグラスじゃ物足りないだろう、と笑う彼はワインのボトルをグラスに錬成してしまった。楽しいですか? と聞いても笑うばかりの酔っ払いの気遣いを無駄にしない為、私はワインに口を付ける。酔いが覚めたら、責任とって下さいね。私の酒癖が悪いのは、貴方が一番良くご存知の筈。では!

733.
目を閉じる時、少しだけ背伸びをする癖。彼に仕込まれたことが、いつの間にか癖になっていることが悔しい。それでも、やっぱり彼の前に立つと少し背伸びをする私がいる。仕方ないわ。だって、ね。

734.
「仮眠室に泊まられた後は、ご遠慮下さい」「何故かね?」「軍支給のパンツをお履きでしょう?」「ああ、仕方がないだろう」「ですが、流石にそれは」「萎えるか」「萎えるものは付いておりませんが」「……こちらが萎える発言は止めたまえ」

735.
また、そうやって飲み込んで、独りで何処へ行こうというの? 置いていかれる恐怖に怯える私に、彼は透明な笑顔を向ける。そのまま消えてしまわないように、罪悪感という重石を付けてあげる。だから、私を抱いてから行きなさい。

736.
食後の珈琲を飲みながら、彼が掌を見て言った。私の身体の三分の一は、君が作ってくれたもので出来ているのだな、と。手作りの食事の意味をそんな風に変換する彼の発想に、事の重大さを思い知らされる。でも、私の人生の概ね全部を形作った彼だから、そのくらいの責任は持っても構わないかなと思う。

737.
汽車のステップを降りる私に自然に差し出される、エスコートの手。「副官の私には必要ありませんよ?」と言うと、「しまったな」と困った顔で彼は笑う。困っているのは私なのに、仕方のない人、無意識の色男。

738.
襟足から覗く蛇の尾を、そっと己のジャケットを着せかけることで隠す。小さな蛇はその姿の一片を表すだけで、私に所有権を主張する。貴方は私のものだと。私は嬉々として小さな蛇を抱き締めることで彼女を抱き、無口な彼女の代弁者の前にひざまずく。何を今更と、呟きながら。

739.
真夜中に目覚めた彼の手が、無意識のように私の頭を撫でる。それはいつもの私を慈しんでくれる行為ではなく、彼の心を落ち着かせる為の行為なのだろう。眠ったふりで彼の体温を受け止めながら、私は夜の闇が彼に優しくあれかしと願う。

740.
紅い焔が壊すもの。青い錬成光が作るもの。どちらも彼の手が生み出す結末。私が与えたのは前者で、だから私はその結末を見届ける為、今日もそれが壊すものから目を逸らすことなく、彼と同じ景色をみつづける。それが私の想いの発露の方法だと言えば、貴方は笑うのでしょうね。

741.
「“すまない”は、要りません」「君の望む言葉が分からなくてね、すまない」「それは貴方の自己満足です」「すまない」「ですから」「すまない」「……狡いです」「すまない」「本当に、仕方のない人ですね」「すまない」

742.
嘘をついてもいいんだから、と彼に言われ、吐くべき嘘すら持たない自分に愕然とする。言葉を失ったのは、引き金を引くことが言葉の代わりになったから。百の言葉の代わりに、一発の弾丸を私は貴方に捧げる。

743.
一人で食べる昼食の、向かいの座席に影が射す。「空いているかね?」分かっていてそう尋ねる男の声に、栄養補給が食事へと変わる。「どうぞ」答える声と共に、唇にパンの粉が付いていないか確認する自分が、少し可笑しい。

744.
グラスを割った。手が滑ったのか、わざと落としたのか、自分でも判別がつかなかった。破片で指が切れれば良いのに、と思ったが職業柄それも叶わず、何事もなかった顔で片付ける。彼が帰ったひとりの部屋で、グラスを割った。

745.
「君は、母親似かね?」「はい、おそらく」「師匠に似なくて良かったな」「そうですね」「うーん」「どうされました?」「しかし、娘にそう言われてしまう、師匠も気の毒だな」「貴方が言い出したんでしょう、貴方が!」

746.
彼女からくれるキスは、いつもアルコールの味がする。素面では見られないものと割り切るが、時にはもう少し甘いキスをくれないものだろうかと考えながら、私は苦いジンの香る舌に絡め取られる。

747.
行く。帰る。引き止める。抱く。抱かれる。話す。黙る。怒る。無視。抱擁。愛撫。乱痴気騒ぎ。黙秘。朝まで。今夜だけ。全てお望みのままに、真夜中の選択。

748.
色気なんて必要ないでしょうと、彼女はストイックな制服の中に全てを隠す。隠せば隠すほど滲み出るものがあることを、知らないのは彼女だけ。いつになったら気付くのか、君は女以外の何者でもないのだよ。

749.
落ち着いて。まずは深呼吸。それから。……それから? 何も考えられなくなってしまった私は、目の前の男を見上げる。『それから』の続きは、きっと彼が教えてくれる筈。私は口付けの続きを知る為に、そっと差し出された手を握った。

750.
喧嘩の後の気まずい朝は、二人ただ無言の口づけだけを交わす。何もなかった事にするには腹の虫は治まらず、我々の職業を思えば喧嘩別れを今生の別れにする可能性を消す必要がある。折り合いをつける中間点のキスは一瞬。珈琲より苦く、果実より甘い、朝食の後の一つまみ。

Twitterにて20120516〜2012)