Twitter Nobel log 12

551.
見慣れたスーツ姿のくせに、オールバックで正装を気取るだけで、私の心を騒がせる。新年からやっぱりニクい色男、今年は負けませんから。どうぞよろしく。

552.
彼女の荷物持ちをしてみたい私は、彼女の後ろを歩かせてもらえない。背中をまかせるとは言ったけれど、こんな時くらいは融通をきかせたまえ。命令にしないと聞いてくれない彼女に、頭を抱える初春の休日。

553.
「夢?」「ええ、夢です」「そうだな……。君は莫迦だと笑うかもしれないが、図書館に住んで本に埋もれて暮らしたい」「……」「ほら、笑った」「いえ、素敵な夢だと思いますよ」

554.
頬杖をついて鼻歌。謹厳な彼女の一面しか知らない職場の面々が、こんな日向の猫みたいな彼女の姿を見たら、きっと天変地異が起こったかのような騒ぎになるだろう。これが日常だと知っているのは、私と仔犬だけ。幸福な秘密を分かち合う、黒い頭が二つ。

555.
女であることが、ハンデになる世界で生きている。口惜しくて、歯を食いしばって、それでも歩き続けるのは、最も私が女であることを知っている目の前にある背中が、私を女扱いしないから。だから、私はあなたについて行く。

556.
別に私を救ってくれる、王子様が欲しい訳ではないのです。この手をとって一緒に歩いてくれる人に、傍にいて欲しいだけなのです。それは、無条件に甘やかしてくれる人ではないのです。私に自分で歩く足があることを思い出させてくれる人、それが彼なのです。

557.
流行りの歌は知らないけれど、彼の鼻歌は覚えてしまう。歌詞も知らずに、刻むメロディ。いつか知る、それが秘めた恋の歌であることを。知らず頬を染める、伝染性の流行歌。

558.
「たまには運転を代わろうか?」「いえ、これも私の仕事ですので」ハンドルを握ると少年の心を取り戻す彼に、この長距離ドライブを任せたら、絶対に私は無事に目的地に到着出来ない。「疲れただろう? 君も。代わるぞ?」「大丈夫です!」「でも、悲壮な顔をしているぞ?」誰のせいだと!

559.
心が手に入らぬのなら、手折ってしまえばいいと思った。手折った花はますます遠く、肉を重ねる度に冷ややかな空気だけが満ちていく。それでも何も手に入らぬよりはマシと、私は猿のようにあさましく、独り善がりの夜を重ねる。

560.
不穏な状況の種を蒔く貴方。育った感情の芽を刈る私。不毛な心の大地に咲く花はなく、残された根だけが見えない地中で絡み合う。私達はこのこんがらがった心に、どんな感情の造花を飾れば良いのだろう。小指の先だけを絡め合い、私達はそっと二人の未来に問いかける。答えはないと知りながら。

561.
息も出来ない程にシーツの海に溺れてしまいそうだから、何かにすがりつきたいのだけれど、目の前の裸の腕にすがったら、更に溺れてしまうから、私は役にも立たないシーツの端を握り締める。爪痕が掌に残る程に。無意味に。

562.
こんな職業に就いたから、なるべく物を持たないように生きてきた。それなのに、こんな数枚の紙の束が捨てられないなんて。子供だった彼の筆跡の残る紙の束が。幼い私を勇気付けたほんの数行の文字さえ後生大事に抱えたままの私に覚悟を問う彼の瞳は、あの頃のままに優しい。

563.
今から帰ると、遠い街にいる彼から電話が入る。私の住むこの場所が、彼の『帰る』所なのだと言われる幸福を噛み締め、私はお帰りなさいを言う為に、彼に気付かれない程に淡いルージュを引く。

564.
夢を見た、とても幸福な夢を。目覚めれば、現実はいつも通り他人のように余所余所しく、ただ一つ夢と同じ、彼女が傍にいるという事実だけが私を苛立たせる。分かち合いたいのは、こんな『今』ではなかった筈だと。

565.
いつまでも少年のような、と言えば聞こえは良いけれど、いつまでも子供ではない我々のこの微妙なバランスの狭間では、それは何の役にも立たない。大人になりましょう?

566.
子供の頃から大人のふりが上手い君は、いつだってギリギリの綱渡り。眉間に皺を寄せても、見ないふりをしても、君と私はこうして共にいる。屁理屈は不要。素直になりたまえ。

567.
噛み合わない二人も、端から見れば似た者同士。頑固者の戯れ合いは、今日も続く。世は事もなく、本日も晴天也。

568.
ヒールを履いて、彼と目線の高さを合わせる。これが彼の見ている景色。少しだけ背伸びして、共に眺める未来。

569.
犬は喜び庭駆け回ると言うけれど、私の狗は寒がりで、シーツの中でぬくぬくと休日の惰眠を貪っている。添い寝してやろうと思ったら、足が冷たいからと拒否された。私は苦笑して、白い世界と幸福な寝顔をひとり楽しむ。

570.
雪だから、傘なんて要らないと彼は駆け出す。黒髪に、黒いコートに舞い散る雪は、あっという間にモノクロに彼を染める。白と黒。はっきりと潔い彼の本質のようで、私はハッとして、置いていかれないようにその背を追いかけた。

571.
家鴨の仔は、初めて見たものを親だと思ってついて行くらしい。振り向かぬ父を持った私の刷り込みは、初めて彼に会った時に行われてしまったのかもしれない。ぎこちなく彼の後ろを追う家鴨の仔は、白鳥になれなくても、ずっとその背が目の前にあれば幸福なのだと、私はそっと独り言ちる。

572.
コートに付いたタバコの臭いは嫌いなクセに、髪に染みついて取れない焔の煤の匂いは気にならない。矛盾じゃないわ、ただの贔屓。

573.
指先だけを絡めて、何処へ行こう。カーテンの影で抱擁。月明かりの窓辺で口づけ。何処も嫌だと言うのなら、このまま連れ帰ってしまうが、構わないかね?

574.
「背中を預かるというのはね、私にとってはあの人が帰ってくる場所を守ることだったの」幼い少女を抱いた彼女は言った。私とは違う戦場を戦う彼女もまた、不安と焦燥とプライドを抱えてあの青い軍服の背中を見つめていたのだと、私は交わらぬ人生の軌跡をティーカップの中に見つめ、そっと飲み干す。

575.
よこしま、うそつき、ふしだら、ふじつ。悪口を並べても、意味を持たない音の羅列にしかならないのは、何故だろう。いじわる、あくとう、れいけつかん。そんな風に哀しい顔で笑うなんて、ひどいひと。私の言葉はただの空砲、貴方はそれを知っている。そんな風に笑うなんて、酷い人。

576.
互いに切り裂きあった胸を押さえて、見つめ合う二人。それでも離れられないんだから、莫迦みたいだわ。

577.
「何だ、この書類の束は。もう睡眠時間しか削るものがないじゃないか」「睡眠より、こうしてソファでだらだらしているお時間を削られる方が、賢明では?」「莫迦かね、君は。君とプライベートで過ごす時間を削るわけにはいかない」「まったく、莫迦は貴方です」「そうは言うがね、君。頬が赤いぞ?」

578.
走り出そうとする私の肘を、彼が掴む。笑いだしそうな彼の視線に、私は自分の勘違いに気付き、頬が熱くなる。今日は走らなくて良い日。のんびりと二人を堪能する日。歩調を合わせて、どこまでも。

579.
走り出そうとする私に、彼女が足払いをかける。噛みつきそうな彼女の視線に、私は尻餅をついたまま呆然と状況を把握する。今日は走ってはいけない日。雨が降るから無能になる日。湿気ったマッチと呼ばないで。

580.
誰にも聞こえないように、もっと小さな声で囁いて。寄り添うことに、言い訳が必要であるのなら。

581.
私より随分とお兄さんの筈なのに、時間の無い昼食にサンドイッチの具をぼろぼろこぼしているあの人の姿を可愛いと思ってしまう私は、彼に失礼にならないように、お皿の上を見ないふりで珈琲を差し出す。珈琲がブラックなところは大人なのに、不思議な人。だから、きっと、目が離せないんだわ。

582.
彼女を見ていると、苛々する。それは、自分で自分の瘡蓋を剥がす行為に似ている。痛くて血が流れても、手を出すことを止められない。結局、その苛立ちの矛先は己に向いていると分かっていながら、私は乱暴にその細い手首を掴む。赦されることに、甘えながら。

583.
極端から極端に走るのは、彼女の悪い癖。中庸を取れば幸福にはなれずとも、楽に生きられると分かっているものを。「目の前に、悪いお手本がいらっしゃるものですから」そう言って彼女は微笑む。まったく碌なものじゃないと、私は彼女に微笑を返す。まるで、鏡に向かうように。

584.
愛しているだとか、好きだとか、言えないなら別に言わなくて構わない。その代わり、五秒だけ瞳を閉じてくれないか?

585.
女という性(さが)に、それほど期待をされても困るのです。所詮、脂肪の塊を胸元にぶら下げただけの、同じ人間なのですから。

586.
私は完璧な人間ではないから、時々、大声出して喚き散らしたり、物に当たったりしたい時もある。それでも顔を上げれば、あの凛とした瞳が私を見ているわけで、私はやっぱり泰然と立っているしかないわけで。見栄とはまったく面倒で、大事なものだと私は苦笑で独り言ちる。

587.
だって、そんな甘い言葉を囁いたら、君は泣いてしまうだろう? 女を泣かせるのは、趣味じゃない。いつも通りの他人行儀な命令に命すら託すから、笑って全てを受けたまえ。

588.
ソファの背に何気なく置かれた彼の手が、私の肩の上に滑り落ちてくるタイミングをはかっているのを感じる。私は素知らぬふりで珈琲を置き、お行儀良く肩の上に舞い降りる熱量を待つ。大人って面倒だと、見上げる仔犬が不思議顔。

589.
「眠いな」「夜更かしなさるからです」「君も一緒に夜更かしした筈だが?」「日頃から、鍛練しておりますから」「まぁ、鍛えてやっているのは、私だがね」「……殴りますよ?」

590.
「仔犬の肉球というものは、気持ちの良いものだな」「駄目ですよ、せっかく眠ったところなのに」「……では、もっと気持ちの良いものでも触るとするか」「ちょっと、何処触ってるんですか! ハウス!」

591.
「ハウス」と言われたので、大人しくハウス。ちょうど良かったよ。獲物は巣に持ち帰って、ゆっくり戴く主義だからね。

592.
珍しく階段で躓く彼女の姿を、遠くから見つける。相当脛を強打したであろうに何もなかった顔で歩き出す姿は、転んでも口をへの字に結んで涙を堪えていた少女を思い出させ、変わらぬ彼女に私はひとり微笑する。「何を笑っておいでですか?」「いや、何も?」ああ、ポーカーフェイスは上手くなったな。

593.
赦されるだとか、赦されないだとかではなく、為さねばならぬこと。目的を履き違えない為に、揃いの青い服に袖を通した互いを見る。それが人殺しの衣装であることを、私たちは忘れない。

594.
「裸ネクタイって、何と申しますか、こう、間抜けですよね?」「……そうしたのは、君だが?」「あら」「あらじゃない! この酔っ払いめ!」

595.
「では、この文書の提出を頼む」そう言って振り向いて、視界に入る金髪頭を見上げるか見下ろすかで態度が変わる俺の上司。面倒臭ぇ。「お前も人のことは言えんだろうが」「え?」「駄々漏れだぞ、お前」「げ!」

596.
「あの人、バリバリのキャリアだよな?」「ああ」「あの人も、バリバリの超エリートだよな?」「ああ」「だったら何で、あんなに面倒臭いんだ?」「男と女だからだろ」「ああ!」「見てたら分かるだろ、そんなもん」「わかんねーよ!」「だからお前、女運悪いんだよ!」「うわー、傷付くゥ」

597.
「寝込みを襲う、とはどうすればいいのでしょう? 寝首を掻くのなら分かるのですが」「……うん、まぁ、ね。君の好きにすればいいと思うよ」

598.
寝込みを襲われる。敵は腕枕を確保の上、ベッドの3/4を占拠。あどけない寝顔という最強の武器を持って、私を陥落にかかる。白いシーツを白旗に大人しく完全降伏。和平交渉の余地があるのなら、ベッドを半分使わせてはくれないかね?

599.
父の残した遺産と言えば、ただ本の山ばかり。全てを彼に譲り、私は無一物で生きていくのだと思っていた。だが、それは私の思い違いだったらしい。父の最初で最後のお弟子さんが、良きにつけ悪しきにつけ、父が私に残した唯一の遺産だったのかもしれない。今、あの背を見て、ふとそう考える。

600.
暇を持てあまし、彼のネクタイを結んでみる。彼を真似、左右対称に作るウィンザーノット。帰ってこない色男を待ち侘びて、くるくると綺麗な色の布切れで私は私自身を束縛する。

Twitterにて20120101〜20120207)