dawn purple 3 おまけ

新しい太陽が地平に姿を現すのを見届けた彼らは、名残惜しく美しい朝焼けに背を向けた。
忙しい彼らに、ゆっくりと夜明けの余韻を楽しむ時間はなかった。
本来なら今、ここでこうしている時間も、残業明けの貴重な睡眠時間に充てられるべき時間なのだ。
我が儘でリザを振り回しているように見えて、そこはロイもこの東部を統べる己の立場はきちんと弁えているらしい。
ゆったりとブレーキをかけながら、彼は上ってきたばかりの坂道を自転車で下っていく。

「で、今日の予定は?」
冬の太陽の柔らかな光に見送られながら、早速頭を切り替えたらしいロイは背中越しに彼女に問うた。
リザは頭の中のスケジュール帳を確認しながら、男に今日の予定を告げる。
「一〇〇〇と一三三〇に会議が二件。後は、一二〇〇に会食のご予定が」
「詰まり過ぎじゃないのかね」
「これでも、調整は致しました」
「明日は?」
「一一四五に会議が一件。一五〇〇に、イシュヴァール自治区ロタ地区代表と面談のアポイントメントが入っています」
「まったく。新年から休む暇なし、か」
うんざりとした口調とは裏腹に、リザを斜めに振り向いたロイは微かな笑みを浮かべている。
何となくロイの思いが分かるような気がして、リザは何も言わずにただ微笑み返してみせる。
ロイは再び前を向き直ると緩やかなカーブを曲がり、横から差す陽光に眩しげに目を細めた。

独り言のように、彼は言う。
「八方手詰まりでどうにもならなかった半年前が、嘘のようだな」
「そうですね」
リザは、静かにそう答えた。
風を切る自転車は、再び上り坂にさしかかる。
「ようやく、会合のために用意したテーブルが役に立ちそうだ」
「今までは、会ってさえ貰えませんでしたから」
そう、スカーやマイルズや、沢山の人間を介して、彼らは自分たちが殺した人間の家族との対面の場をようやく得るに至った。
それは、恐怖であり、進歩であり、痛みであり、喜びであった。
「まったくだ。微々たる進捗ではあるが、我々にとっては大きな一歩だ」
「イシュヴァールの民達にとっても、そうであれば良いのですが」
「そうなるように舵をとるのが、我々の務めだ」
「我々の」
「そう、我々の、だ。私一人では何も進まない」
「准将……」
「だから」
ロイは坂道に息を切らし、そこで口を噤んだ。
荒い息をつき、ロイは一息に坂を駆け上がっていく。
リザは振り落とされないように彼の腹にしっかりと腕を回し、その背に寄り添った。
髪を吹き流す風も、二人に差す穏やかな陽光も、彼が飲み込んだ言葉の続きも、全て受け止めて逃さないように、力を込めて。
二人の間に、何物にも代え難い時間と温もりが満ちた。
一年の行く先を誓うように、彼らは幾度も繰り返し見たこの光景に想いを託す。
共に歩む一年を。

坂道を上り終えたロイは僅かに息を切らし、ふっと笑う。
「このまま司令部まで行ってしまおうか?」
莫迦も休み休みにして下さい。SPが泣きますよ? せめて、少し仮眠をとって、それからお出かけ下さい」
ロイは最初の坂を下りながら、少し思案し彼女に答えた。
「また今年も、君の淹れる珈琲で一年を始めさせてくれるのなら」
「等価交換ですか?」
「ああ」
「でしたら、仕方ないですね」
ロイは彼女の返事を待たず、自転車の進路を己のアパートメントへと向けている。
リザは苦笑し、ぎゅっと力を込めてその背に頬を埋めた。

穏やかな太陽が、低い位置から自転車に乗る二人の後ろ姿を照らしている。

Fin.

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