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451.
猫じゃらしの花束を作っていた少女が、いつしか薔薇の花束の似合う女になっていた。それでも、紆余曲折を繰り返し、あの懐かしい日々から一歩も前に進めぬ我々には、薔薇よりもそちらの方が似合いなのかもしれないと私は笑う。揺れるふわふわの穂で彼女をじゃらしたら、私はまた叱られるだろうかね。

452.
簡潔な言葉を選ぶ。端的な行動をとる。明瞭な意思表示をする。常の私の行動形態。括弧。ただし、彼が作り出す一部事態への対処を除く。括弧閉じる。そんな但し書きが必要だなんて、カッコ悪い私。

453.
男は呑気だ。その呑気さで淡々と私を追い詰める。意図的なのか、無意識なのか。怒ることすら馬鹿馬鹿しくなっている時点で、私は彼の術中に落ちている。クッションを殴ったところでふわふわするだけなら、もたれた方が楽だなんて、私だって分かっている。それでも。

454.
目から水が出る事象だけを、『泣く』と定義して良いのだろうか。彼女はいつもポーカーフェイスのまま、握ったこぶしの中で泣いている。その手を握ることを、私に許してくれないまま。

455.
疲れきって眠る彼の頬に、無精髭が生えている。少しだらしない姿の方が愛しく感じるのは、小さな隙に私の入り込む余地があると思わせてくれるから。指先でなぞる小さな棘すら愛しい私は、今日もどうかしてる。

456.
「時々、何を考えておられるか、分からなくなります」「何でも分かられてしまったら、流石に困るからな。サボるにサボれなくなる」そう言って彼は、上官の顔で笑う。仕事上の事なら大抵分かるけれど、それ以外は何も分からなくて不安なのだとは、きっと私は死んでも言えない。

457.
静かな囁きのように耳元で落とされる声が、まるで暴風のように私を揺らす。瞬間最大風速61.1m/s。吹き抜ける嵐に立ち竦む私は、傘さえ持たぬくせにその風に抗う。敵わないと分かっていても、彼が差し出した手さえ取れぬ私には流されることは出来ぬのだから。

458.
どれほど真っ直ぐな道だろうと、消失点の向こうを見ることは叶わない。ましてや我々の紆余曲折の人生などは、歩いてみなければ一寸先さえ予測不能。それでも波瀾万丈な方が面白いと彼が笑ってみせるから、私もただ笑ってこの道を行く。

459.
昔、香水だけを纏って眠ると言った女優がいた。私は彼の右腕と安らぎを纏って眠る。束の間の夢は揮発性の香料よりも儚くて、それでも泥臭い武骨な熱は消えることなく私を包む。この腕をなくしたら、きっと私は眠れなくなるのだろうなと思いながら、闇に灯る焔にそっと私は手をかざす。

460.
「歳かな、徹夜がキツくなってきた」「そうかもしれませんね」「君ね、そこは嘘でも否定するのが、優しさってものじゃないかね?」「では、気のせいじゃないですか? 徹夜したの」「そっちを否定か!」

461.
この想いが、ありふれたものになることを願う。過去に縛られたり、未来に遠慮するものではなく、ただ当たり前に口に出せるものになる日が来ることを、私は願う。誰にも見せない、心の奥に仕舞い込んだありふれた女心の片隅で。

462.
「綺麗なものは儚い。だから手を伸ばせない」「私は綺麗でも儚くもないから、いいじゃないですか。その血塗れの手で触れてくれたら、きっと同じ色に染まって綺麗に見えるかもしれませんよ?」「綺麗になったら壊れてしまうだろう?」「二人で壊れるのなら、いいんじゃないですか? ほら、こんな風に」

463.
欲しい欲しいと切望しても それに向かって手を伸ばせない 彼も私もエゴイスト

464.
素っ気ない程に荷物の少ない彼女の部屋に、背負ったものが大きい分、身軽になるのかと考える。それは覚悟であり、それは想いであり、そんな彼女を背負うには、もっと身軽にならないといけないなぁと、私は借り物のコーヒーカップを弄ぶ。

465.
あまりに居眠りばかりする彼の髪に、腹立ち紛れに作る小さなポニーテール。そのまま会議に出ようとするから、私の方が焦ってしまう。ゴムを奪い返せば涼しい顔で「もう、お仕舞いか?」だなんて、この確信犯は私を腹立たせる天才。今度は猫髭でも描いてやろうかしら?

466.
「大佐、軍帽のつばがおでこに当たるのですが」「ああ、すまない」「大佐、帽子を脱がれると、髪がぺちゃんとして変な頭になっていて気持ち悪いのですが」「君は私にどうしろと言うのかね!」

467.
狂気に似たその美しさは私には無いもので、シネと言えば死んでしまいそうなその尖ったエッジの危うさは、何時も何時だって私を追い詰めるんだ。だから、いっそ。分かっているだろう?

468.
指先のささくれが気になって、後で痛いのが分かっていて剥いてしまうように、目の前にいる彼女が気になって、後で辛いのが分かっていて剥いてしまう。出血する傷痕を舐めながら、塩辛い気持ちになるのも同じ。莫迦な男だと笑うなら、何故君までそんな顔をする? 痛みまで分かつ事はないのだよ。

469.
移動時間の暇潰しに、何とはなしに向かいで彼が広げる新聞の裏面を読む。「読み終えたかね?」「はい」「捲るぞ」「どうぞ」平静を保ちつつ、少し気まずいコンパートメント。目的地まで後二時間。ああ!

470.
彼女のヒールの踵が折れた。跪き、膝にその足を乗せ、ヒールを取り上げる。「貴方の錬金術も、こんな時は雨でも役に立つのですね」地面に錬成陣を描く頭上から、照れ隠しの憎まれ口。「錬金術なんて、この程度の役に立つ位が丁度良いのだよ」そんな世界をただ夢に見て、錬成光に二人沈黙を重ねる。

471.
君の想いは何処にある? 言葉だけ独り歩きする気持ち悪さを疑問にすれば、突き付けられる書類と銃口と眼差し。ああ、それならば、と安堵し彼女に背中を向ける。窓の外は雨、今日も二人は心までずぶ濡れ。

472.
家族という言葉に思い当たる当てのない私は、隣に立つ人の横顔をそっと盗み見る。それは憧憬に似た過去への鎮魂歌。胸の疼きに目を逸らし、私はただひたすらに前だけを見つめる事を己に課す。

473.
「で? 後、私が仕上げて仕舞わねばならん仕事は?」書類を求めて差し出した掌に、置かれたのは予想外の熱源。「後は、忘れないように夕食を食べて下さい」書類の山を手に立ち去る後ろ姿と、手の中のたっぷりミルクの入った珈琲。そのどちらもが、私に笑みを浮かべさせる。

474.
だから、愛してるなんて唇と耳にだけ心地好い世迷い言は、やめておこう。ただでさえ、君のひたむきな視線は雄弁過ぎるのだから。瞳も唇も閉じて、夜に躓いたふりで、何も語らず全てを交わす。狡い大人に成りきって。

475.
「彼と一緒いると、自分がサボテンになった気分になるわ」「刺々しくなるってこと?」「サボテンって、話し掛けると成長が早くなったり、誉めると花咲かせたりするって言うじゃない」「あんたの惚気のバリエーション、ホント半端じゃないわね……」

476.
午後から雨が降りだすと、ラジオが喚く。それは私への警戒警報。サイレンの代わりに降水確率を聴きながら、私は予備のマガジンの数を一つ増やす。

477.
疑いが生じる程、我々の間に信頼関係はあるのだろうか? 上司と部下としてなら、鉄壁の絆を確信出来る。だが、男と女としては、絆を紡ぐ事すら出来ぬ不器用な指が右往左往するばかり。存在せぬものを疑うなど出来ぬ筈なのに、何故この胸に痛みが存在するのか。解けぬ方程式に、見上げる空はグレー。

478.
彼女の唇の上に、ビールの泡で出来た髭が生えている。指先で拭ってから舐め取って、羞恥に染まる頬を楽しむか。直接この舌で唇ごと頂いて、その反応を楽しむか。何とも悩ましい選択に、私は酔った頭を働かせる。「また、碌でもない事をお考えでしょう」その姿で凄まれても、可愛いだけなのだがね。

479.
少しだけ目を細め、獲物を狙う肉食獣の瞳。何か企んでいる時の彼は、少し野生の匂いがする。でも。「また、碌でもない事をお考えでしょう」そう言った私の言葉にニヤリと笑う口元に、ビールの泡のお髭が生えていては全て台無し。そのお顔で格好付けられても、可愛らしいだけですよ。

480.
優しくしてあげる。その疵を忘れたくないと貴方が願うなら、抱かれる度に爪を立て、その疵を暴いて、消えないようにしてあげる。例え私の心が一緒に血を流しても、貴方がそれを望むなら、私はそれを叶えてあげる。だって、私の背中は貴方専用の凶器。私は貴方だけの凶器。だから。優しくしてあげる。

481.
色の無い世界で、貴方の上にだけ色彩が見えた気がした。でも、貴方の髪は黒くて、貴方の瞳も黒くて、結局世界は無彩色のままで、私はモノクロの世界を壊す為に鉛の弾を撃つ。紅い血の花は何の気休めにもなりはしないけれど、貴方の焔と同じ色だから、私は少しだけこの世界を愛す。貴方のいるこの世界を。

482.
朝吐いた嘘を、夜には忘れる。そのくせ、七年前に違えた約束が、忘れられない。そんな人だから、離れられない。情けない目をした私の色男、今夜もベッドで待ち惚け。

483.
黒のコートがトレードマークの彼が、ベージュのトレンチコートに身を包んでいる。それだけで、彼がまるで見知らぬ誰かになってしまうような錯覚がして、私の心は騒ぎ出す。少し背中を丸めて、淋しげな後ろ姿に惑う私も、今夜は別人になってしまおうか。固いバレッタを外したら、夜はすぐそこ。

484.
あの日、あの喪服を彼の前で脱いだ日から、全てを置いてきたと思っていた。振り返れば、私の心はあの小さな黒い服を纏った子供のまま、ただ彼の背を追いかけていたのかもしれない。あの背中が大きく見えるうちはまだまだ追い付けないのだと、今日も私は彼の背を追い続ける。

485.
彼の為? 私の為? 口づけにすら理由が必要な臆病な私を彼は笑う。すぐに消える刹那の温もりなら、構わないだろう? 私の為に逃げ道を用意する彼もまた、滑稽だと気付いていないのかしら。小さな獣のように震えて抱き合う私達は、端から見れば二人ともきっと滑稽。滑稽過ぎて、涙が出るわ。嗚呼!

486.
結局のところ、何があっても生きるしかない我々は、血に染まったこの手でパンを千切り、命令を下すこの口で飯を食う。生き残った者は生きる義務を課せられたのだと、我々は今日も共に食卓で飯を食う。当たり前の日常を噛みしめるように、食物を噛みしめる。

487.
剃り残した髭がくすぐったいと彼女が笑う。こんな些細なものが彼女を笑わせることが出来るのに、翻ってこの私の無能さよ。その笑顔を見る為に、払う努力は如何ばかり。

488.
感情は呼び合うもの。悦びは悦びを呼び、哀しみは哀しみを呼ぶ。だから、そんなに眉間に皺を寄せるのは止めて、目を閉じて、小さな幸福を一つ分かち合わないか?

489.
「ねぇ、私は狂っているのかな?」「Sir,Yes,sir! おそらく残念ながら」「その根拠は?」「私をお傍に置いていらっしゃる時点で」「ああ、それなら狂うのも一興だ!」

490.
食べても食べても、吐いてしまうの。殺しても殺しても、前が見えないの。砂嵐の向こうの焔が開く真空が、私を飲み込むの。砂嵐よ、このスコープの向こうを見せて。青い軍服と黒い髪を。そうしたら、きっと私は吐き戻した胃液ごと自分を肯定出来るの。あれは、私の、光。

491.
その嘘を貴方は倦むのか。その嘘が過去の瑕を膿むのか。その嘘は私たちを熟むのか。その嘘が何を生むのか。見届けるのが私の義務。

492.
【1】荒れた大地に一縷の望み、一から立ち位置見つけ出し、一喜一憂著し。一念岩をも通すと笑い、一途な命が一路行く。何を今更、一蓮托生、共に歩めば千里も一里。

493.
【2】鈍い光が憎しみ照らし、濁った瞳がニヤリと笑う。忍耐捨てた人非人に落としてなるかと睨み付け、苦い思いも重い荷も担う覚悟で任務を果たす。滲む視界も濁る意識も、命の逃げる合図でも、憎まれ口を叩き付け、彼をこの世に引き戻す。それが私の責任と、握り拳を握りしめ。

494.
【3】サンドイッチを晩餐に、散弾銃を抱えての作戦参加の三日月の夜。散開前のひとときの、酸味の強い珈琲に、彼の傘下にいる幸福を噛みしめ惨事に背を正す。

495.
【4】硝煙の臭気にしかめ面。知らぬ顔で正面からキス。渋い顔しても知らぬ間に笑顔。四角四面の君を正体不明に酔わすキス。仕上げに痺れるような刺激。視界を塞いで仕掛ける。仕方ない人と言わせたら勝利。思考停止の深夜四時。

496.
【5】傲慢な彼の強引な誤魔化しに、護衛の筈の私は午睡の道連れ。後手後手の対応に、五連続の午前様では仕方ない。誤魔化されたふりで、午後の仕事を後日に回す。出来心、手心、不合理な言い訳。でも、本当は庇護されているのは私なのだと独り言。

497.
【6】六道輪廻の修羅の道、碌々眠れぬ十六夜に、六情交わして色狂い。白黒決めずに泥臭く、碌でなしには丁度いい。

498.
神の手は時に長過ぎて私を素通りし、時に短過ぎて私に届かない。神の手が私を捕まえる時、それは彼の手が私ではなく彼女を掴んだ時だろう。罪に見合う罰を、神は知っている。

499.
冷えた指先を拉致して、ポケットの中に監禁する。こんなささやかな代償行為にさえ不安げに泳ぐ視線に、偽悪的な微笑を作る。冬の夜、指先の小劇場で繰り広げられる無言劇。高まる胸の熱はコートの奥に隠したまま、ただ指先の熱だけを分かち合う。

500.
強い男の横顔が、私の溜め息一つで崩れる無様さから視線を逸らし、遠い夜明けを待つ。彼が弱さを見せる唯一のこの閉じた空間を消す朝陽を、祈るように待つ。ただの逃げ場に堕ちる私を殺す朝陽を、彼の下で啼きながら待ち続ける。私に出来るただ一つの、夜の過ごし方。
Twitterにて20110915〜20111109)