Twitterノベル06

251.
「こんな時間にいらっしゃるなんて、非常識ではありませんか?」そんな言葉と共に差し出された熱い紅茶を口にすれば、体から外気の寒さが抜けていく。言葉と裏腹の気遣いに甘え、私は彼女をこの手に抱き締める。私を芯から温めてくれるのは、君だけ。
252.
引き金を引く時、銃の反動を逃がすことを学んだ。引き金を引くたび、自分の心から目を逸らすことを覚えた。引き金を引くこと、その意味を変える為に彼と再会した。引き金を引く理由、それは彼と共に叶える未来の為。だから私は今日もこの手で、引き金を引く。
253.
有能な副官の陰で、無能な上官のふりをする。サボり好き、女好き、出世の妨げにならぬ程度に嫉妬を逸らす悪評。侮らせ喉元に刃を立てる準備。馬鹿を踊らせるのも悪くないな。そう思うだろう? ねぇ、私の大事な共犯者殿?
254.
有能な副官の顔を、時にはサボタージュ。ぼんやりと窓辺から、査察に出かける彼の背中を見送る。あの角を曲がってその後ろ姿が見えなくなるまで、私が私に許す五分間のサボタージュ
255.
一本の傘を分けあう彼の反対側の肩が、ひどく濡れている。過剰に私の側に傾いた傘の角度を修正しようとすると、ひょいと手袋の手が逃げる。下からねめつければ、知らぬ顔であさっての方向に視線を逸らされた。人が見ていないからって、甘やかさないで下さい!
256.
俯いた視線の先に、彼の靴の爪先が映る。辛抱強くこの沈黙に付き合ってくれる彼の優しさと残酷さに、私はますます顔が上げられなくなる。何か言ってくれたら、きっと何かが変わる筈なのに。それが良い方向でも、悪い方向でも構わない。私を解放して下さい。
257.
衝動的に落とした口づけの答えは、閉ざされた扉だった。「何故、鍵をかける?」「考える時間を頂きたいのです」無理やりに鍵を開ける手段を持たない訳ではない。行為を仕掛けておきながら、それ以上踏み込む勇気が己にないだけ。曖昧なままの均衡に甘えているのは、私も彼女も同じなのだから。
258.
電球、卵、石鹸、剃刀の替刃、ドッグフード。他愛ない買い物の覚え書きが、そこに我々が共に暮らす日常が存在する事を証明する。剃刀の替刃を覚えていてくれるくせに、君、クレンジングオイルを切らしているのを忘れているぞ? 少し緩む頬で書き足す覚え書きは、小さな幸福の覚え書き。
259.
長年共にいても、未だに私の知らない彼女の一面を驚きと共に発見する事がある。幼少期の思い出だとか、小さな癖だとか、秘めた想いだとか。知り尽くしたと思ってもスルリと手の内から逃げ出す幻影が、いつまでも私を捕らえて逃さない。それもまた、彼女の魅力。
260.
彼女が運転席に座る時、私は後部座席に座る。これ即ち、上司と部下の配置。私が運転席に座る時、彼女は助手席に座る。これ即ち、プライベートの配置。こんなことにまでルールのある面倒な我々が可笑しくて、私は彼女に車のキィを放りながら笑う。「ご機嫌ですね」「そう見えるかね?」
261.
時々、訳もなく彼に触れたくなる事がある。書類を渡す瞬間だとか、肩の埃をはらうふりだとか、言い訳のチャンスは多々あるくせに、どうにも臆病な私の指は空をさ迷い、偶然を待ちぼうけ。彼の温もりの残るデスクをそっと撫で、溜め息を一つ。それが私の精一杯。
262.
珈琲はブラックで、紅茶はストレート、バーボンはロックでツーフィンガー。言われなくても手が覚えている、彼の好み。珈琲にはミルク、紅茶はストレート、ジンをロングカクテルで。聞かれなくても差し出される、私の嗜好。こんなところまで、等価交換な私達が可笑しい。
263.
中庭に繋がれた彼女の子犬が、何やら悪さをしたらしく、彼女に叱られている。小さくなってプルプル震えている様がどうにも他人事に思えず、私は苦笑して後から子犬にミルクを持って行ってやろうと考える。これも、男同士の連帯感だろうかね?
264.
たまには豪奢な花束でも送ろうかと考え、彼女の部屋で無造作にコップにさされた野の花を見て、考えを改める。そういう女(ひと)だったと微笑し、私は花瓶のない部屋で小さな春の兆しを眺める。
265.
私の書いたメモの覚え書きに、彼女が書き足した補足情報が並ぶ。少しクセのある読み易い字が、いつの間にか私をフォローする。まるで彼女そのものだと、指先で文字をなぞる朝。
266.
ざりざりと砂を踏む。己が葬った土地の砂を。屍と化した大地の手を取り蘇生する為に、此処に来た。我々が共に殺し、共に生きる道を決めた土地に。偽善でも欺瞞でも構わない。彼女の存在を背に、我々は我々の人生を埋めるべく此処に立つ。
267.
約束、とは少し違うのかもしれない。誓い、と言うと大袈裟に過ぎる。たがえてはならぬ言葉、だろうか。彼女の想いを、己の人生を、裏切らぬ為の。遠い日を思い蒼天を見上げ、師の墓前で風に吹かれる。
268.
彼が肌身離さず携帯している筈の大切な研究ノートが、無造作に我が家のリビングの机上に放置されている。無防備にソファで眠る彼の信頼に、私は浮かぶ笑みを隠せず、その枕元に腰掛けて柔らかな黒髪をもてあそぶ。
269.
目覚ましが鳴っても眠っていられる神経が信じられないと、彼女が腕の中で憤る。もっと効果的な起こし方を知っているだろう? とうるさい唇を塞げば、訪れる静寂。目覚めのキスがもたらす静けさに便乗し、このまま二度寝も乙かな。
270.
彼の手が私のバレッタを外す瞬間を待っている。彼の手が私の頭を撫で、髪をもてあそぶ時間を待っている。不器用な私を無言で甘やかす彼の手が与えてくれる、幸福感を待っている。
271.
眠り込んでしまった彼女の姿に、スリットとはつくづく罪な存在だと天井を仰ぐ。紳士の顔も楽じゃない。
272.
言葉にした瞬間、私の中だけで完結していた想いは、現実に影響を与え、彼に反応を要求し、危うい均衡で保たれた二人の世界を改変してしまうから。私が無口な事に理由が必要なら、答えはきっとそんな戯言。
273.
ラジオの天気予報に耳をそばだて、今日の装備を決める。雨ならカートリッジを一つ余分に携帯しておこう。信頼していない訳ではないけれど、雨でも彼の無鉄砲は変わらないから、これは私の為のお守り。ところで今日の天気は、……え? 雪!?
274.
インカムから溜め息混じりの彼女の声が響く。「無防備過ぎです。私が敵の狙撃手でしたら、貴方七回は死んでますよ?」「君が味方で助かるよ」私は彼女のいるビルを仰ぎ見て苦笑する。彼女に向ける私の背は、何時だって無防備。彼女がそう判断する日が来た時に、何度でも彼女に殺される為に。
275.
軍服の青が空の青に融けてしまいそうで、思わず彼の背に向かって手を伸ばす、冬の朝。(サヨナラノツバサの歌詞より連想)
276.
「博学な貴方に、是非お伺いしたい事があるのですが」「何だね?」「手っ取り早く痩せるには、どうすれば良いでしょう」「それは難問だな。私も三十年近く生きているが、その重要な真理の欠片にも手が届かないでいる」「そうですか……そうですよね……」「こら! 人の頬を見ながら納得しない!」
277.
手荒く思えるほど邪険に扱われても、我が家の仔犬が彼にじゃれつく事を止めないのは、最終的には構ってくれる彼の根本的な優しさを、その動物的な勘で知っているから。私は苦笑して、彼の読書の邪魔をする仔犬を抱き上げ囁く。「こら。“おあずけ”を食らっているのは、お前だけじゃないのよ?」
278.
昨日と同じ明日が来ない日があることを、あの日、私達は知ってしまった。それでも、今もこうして二人、歩く道がある。だから、今は泣かないで歩く。この二本の足が動く限り、歩く。
279.
「No」と言う唇が紅く濡れてわななく。拒絶の体をとった、彼女のオールグリーンのサイン。侵攻する指先が彼女の吐息を生めば、白旗の代わりに真珠の歯が覗く。侵略の地を焼いた苦い傷痕にも、焔は止まらない。作戦完了の褒賞に増えるラインは、階級章ではなく背中の爪痕。痛みすら甘く蕩けて闇。
280.
同じ空の下、遠い所にいる彼に手紙を書く。届かないかもしれないけれど、その存在に心癒された私がいる事を伝えたくて。届かなくても、生きていてくれれば。彼が我が家に残していったペンで綴る、言葉に出来ない私の心。届かなくても。届かなくても。
281.
胸に抱えた袋から、熟れた苺の香りが漂う。春の徴(しるし)を二人で摘まむ夜を思い、少しだけ私の歩く速度が早くなる。日常の証を彼と分かち合える夜を前に、少しだけ私の表情が緩む。平時の幸福を噛みしめながら、私はひとり、夜を歩く。
282.
過去を共有する為に、言葉を交わす。今を確認する為に、ハグを交わす。明日を生きる為に、キスを交わす。こうして互いの存在をこの身に刻み、我々の人生が交差する。
283.
眠れない夜に、愛犬を抱いて寝る彼女を知っている。温もりが安らぎになることを知っていて尚、甘えることを知らない女の哀しさに、私は仔犬ごと彼女をこの胸に抱き締める。せめて伝える体温が、夜の隙間を埋めることを祈って。
284.
この世に神がいるのなら、どうか。私の心を殺さないで下さい。悲しい時に悲しいと、怖い時に怖いと、愛しい時に愛しいと、感じる心を麻痺させないで下さい。こんな戦場のような場所でも、私を人でいさせて下さい。そう、彼にもう一度会うまでは。
285.
月が綺麗だという理由だけで、歩いてはいけませんか? 貴方に会いたいという理由だけで、出かけてはいけませんか? 衝動に理由が必要な大人になってしまった女が、鏡の中で私を見て笑う。コート片手に躊躇う私を見て笑う。
286.
彼は風に向かい凛と立つと顔を上げ、自信に満ちた不敵な笑顔を作る。それは上に立つものの務め。我々を安堵させ、奮い立たせる為の彼の仕事。己の心中を見せず、彼は立つ。だから私はついて行く。その笑顔を守る為。その命を守る為。
287.
もしも彼女が望んだとしても、叶えられない事もある。私がこの職務にある限り、叶えられない事がある。それでも共に生きる事は出来る。だから、ただ進む。前へ。前へ。
288.
生きる事に理由が必要なら、私が貴方を必要としているから。それだけではいけませんか?
289.
平静な態度。平常な反応。冷静な判断。私の熱くなる頭を冷やす彼女の存在。まるでアクセルとブレーキだと笑う余裕を取り戻し、私は走る。背後に響く彼女の足音を信じ、共に走る。
290.
その笑顔が私に力を与える。守りたいと思う心が私を強くする。その存在が、全てが、私の想いを作る。だから傍に、だから共に。言えなくても、言わなくても。
291.
言葉なんかじゃ、お腹はふくれないの。それでも、人間の中には言葉で満たされる器官だってあるの。だから私は彼の一言一句を、この身に、この耳に、刻みつける。生きる為に。生き続ける為に。
292.
乾いた身体に水が染み込むように、他者の体温が私の皮膚を侵食する。人とはこれ程温かな存在だったのだと、暴力的なまでに思い知らせてくれる圧倒的な存在。それが私にとっての彼女。この関係に陳腐な名を与えるくらいならと、私は笑って何者でもない二人を選ぶ。我々が何物にも縛られず生きる為に。
293.
辛い時でも「辛い」と言わない彼女だから、せめて私は彼女の為に「辛い」と言える場所を用意しておく。言えないなら、言わなくても構わない。ただ、いつでも君の為にこの胸が開かれている事を、忘れないでいてくれれば。
294.
世間から不幸な女だと言われる。確かに私は天涯孤独の身で、結婚もしていないし、満身創痍で背中の開いた服なんて絶対に着られない女。でも、形はどうあれ愛する男が傍にいて、生涯かけた仕事があって、彼と同じ目的に向かい私は生きる事が出来ているの。ねぇ、不幸の定義って何?
295.
「大丈夫だ」という彼の言葉に、心が安心する。誰に言われるよりも、私の隠した弱さまで知っている彼がくれる言葉だから、きっと。言葉の力を胸に進む、大丈夫、私はまだ生きている。
296.
いつも早起きな彼女が、こんな時間まで寝ているなんて珍しい。起こす、怒る、襲う。選択肢が幾つか浮かんだが、結局寝かせておく事にする。眠れる時は眠っておけばいい。己に必要なものは、体が一番知っているのだから。
297.
ぼんやりとしている私が気付かずにやり過ごした春の風を、彼女が教えてくれる。どんな時でも春は来て、どんな時でも花は咲く。そんな当たり前の事に気付くのは、それを見つけた彼女の笑顔。春はすぐそこ、きっと、きっと。
298.
寝付けない夜、腕枕を強要する子供みたいな可愛さが愛しい。不安だとか寂しいとか言わないくせに、グイグイ腕を引っ張って温もりを求める子供っぽさが愛しい。抱きしめると突き放されるから、左腕だけを彼女に貸す。そのぐらいの距離が、我々の甘えの境界。
299.
「泣いても良いですか?」感情の発露に許可申請は不要だと、何度言ったら彼女は分かってくれるのだろう。それで楽になるのなら、思うままに泣けばいい。その為に私はここにいるのだから。
300.
二人して泣き方を忘れてしまった。大人になるとは、こういう事なのだろうか。素直な涙、それは遠くて。それでも手を伸ばしたくて。
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