Twitterノベル04

151.
研究者の脳に切り替わった彼の思考回路は、常に私の理解の範疇を越える。「進化に於ける生存本能の…」そう呟きハムスターを前にナッツを頬張り続ける姿は、正気の沙汰とは思えない。まぁ、そんな光景に慣れ愛しさすら感じる私も、端から見れば正気とは思えないだろうが。「お茶、入りましたよ」
152
1ダースの果実を彼と分ける、7個と5個、彼の好物だから少し譲る。1ダースのチョコを彼と分ける、6個と6個、これは譲れない。1ダースの書類を彼と仕上げる、4通と8通、私の方がデスクワークは得意だから。1ダースの死体の山を彼と築く、12と12、我々の罪は等しい。
153.
食卓にカボチャのポタージュが登場した。軍服を着ているとなかなか気付かないが、そう言えば今朝は頬に当たる風が冷たかった気がする。日常に忙殺される私にささやかな季節を届けてくれる彼女の後ろ姿に、私は心からの感謝を込めて言う。「ご馳走様」
154.
走る。ストライドの大きい彼に置いていかれないように、全力で走る。私が必ずついてくると、当たり前のように信じスピードを落とすことなく走る彼の、その気遣いのない信頼が嬉しくて、私は軍靴の重みすら忘れ、走る。
155.
履いたヒールの高さに反比例して歩幅の小さくなる彼女に合わせ、少し歩くスピードを落とす。普段はストライドの小ささを感じさせる事など無い彼女のプライベートの証のような愛らしさに破顔し、私は後ろ手に組んだ掌を開き彼女を誘う。プライベートなんだから、エスコートしても構わないだろう?
156.
首筋に牙を立てる口付けが、私の抵抗を封じ込む。急所を押さえる動物的支配の有効性を最大限に利用し、彼はいつの間にか私の全てを支配する。捕食者の余裕が腹立たしくて、私は押し込まれた指に歯を立てる。いつまでも子猫だと思っていたら大間違いだって、思い知らせて差し上げましょうか。
157.
木枯らしの吹いた朝、寒さに身を竦める私の周囲だけ風が止む。本当に何気ない素振りで私の風上に立つ彼の広い背中の温もりは、かじかんだ指先を繋ぐ事すら出来ない我々を繋ぐ想いの形。だからこそ、私も彼を守りたいの。彼と並んで立ち風に逆らう自分が可愛くないのは百も承知。彼の苦笑が温かい。
158.
「まったく、無謀な挑戦は止めたまえ!」そんな言葉と共に大きな手に手首を掴まれ、私はたちまち彼の支配下におかれる。「私の能力にそんなに信頼がおけませんか」「そういう問題ではないだろう! センスの問題だ!」彼の少し鬱陶しくなった前髪を切り揃えようとしただけなのに、なんと言う言い種!
159.
見慣れたセーターが、今年もまた彼女のワードローブに登場する。10年近く大切に手入れを続ける慎ましさと、お気に入りが処分出来ない子供のような愛らしさが、私の口元を綻ばせる。セーター一枚で私に笑顔を作る彼女の力に、私は少しだけ寒さを忘れる。
160.
グゥ。静かな執務室に彼の腹時計が響く。彼のデスクを振り向こうとした瞬間。クゥ。私のお腹が連動した。「君のそういう付き合いの良いとこ、好きだよ」クゥ。笑いをかみ殺す彼の言葉に私のお腹がまた返事をし、彼は遂に肩を震わせ笑いだす。「食事でもどう?奢るよ」クゥ。ああ、もう!笑わないで!
161.
久し振りの散歩に喜んで跳ね回る子犬のリードに振り回され、それでも一緒に駆ける事を止めない彼の白いシャツが、雨上がりの太陽より眩しい。子供っぽい彼の笑顔につられ浮かぶ笑みを、私は青空に解き放つ。私達の笑顔を繋ぐ子犬は、知らぬ顔で泥遊び。叱るに叱れない私達は、顔を見合せてまた笑う。
162.
「いいんだ、奴等にとっちゃ俺達ゃただの数字だ。今日は何人死んだか。それだけだ」クールに言い放つ親友に私は尋ねる。「よく割り切れるな」「俺を数字としてじやなく、一個の“俺”として待っててくれる彼女がいるからな」その彼女が同じ数字となった私は、数字として生きるしかないのだろうか。
163.
「もう林檎の季節か」赤い果実の入った袋を抱える私の姿を見つけた彼は、そう呟くと私の手からそれを取りカリリと歯を立てた。「罪の果実は林檎だったと言う。君ならどうする?」「貴方が食べるなら、私も食べるだけです」私は彼の歯形に沿って、差し出された果実の甘酸っぱい断面に口付けて微笑んだ
164.
「そろそろ出ないと遅刻しますよ」「もう、そんな時間か」私達は出勤前の玄関で、キスを交わす。扉を開ければ部下の顔になる私のオンとオフのスイッチは彼の唇の上にある。帰宅してここでスイッチをオフにするまで、私達はただの上司と部下。今日も一日が始まる。
165.
発光する橙色の焔が大気を引き裂く。爆破の直前、青空に派手な警告色を描く彼の甘さ。青い不可視の焔で、全てを蒸散する事も出来る彼の躊躇い。橙色に含まれた彼の思いを見上げ、私は撃鉄を起こす。砂漠の太陽が全てを見下ろし、ささやかな私達の欺瞞を笑う。突き刺さる、その無色の無心の光の痛み。
166.
腕を失い生死の境をさ迷う少女の手当てを手伝いながらも、彼が無意識に右の脇腹を押さえる姿を目が追っている。優先順位をわきまえた脳と感情に正直な瞳の間で、私の耳は主君の名を呼ぶ少女の声を聞く。似た者同士の異国の少女の心に触れ、私は自身の器官を統合し直し彼女に向かい合う。死なないで。
167.
硝子越しに雨を見上げる私の隙をつき、彼は夕方の誰もいない階段で私の身体を引き寄せた。「自重して下さい、誰が見ているか!」「見られて困る事などあるか?」「困ります!」「何が?」貴方に触れられた瞬間、女の顔をさらけ出す己がいるから、等と言えない私は俯き、項に落とされるキスに震えた。
168.
夜の長さをもて余し、私は彼が我が家に築いた小さなテリトリーを眺める。青い軍服、替えのYシャツ、予備のコート。緊急避難所の備蓄品として、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たぬ最低限の品。強引な筈の彼が踏み込めぬ一歩の葛藤を見るようで、私は空のコートの袖口をぼんやりと摘まんでみる。
169.
爽やかな朝の散歩の途中、私の手がうっかりリードを離した瞬間、自由を許されたと思い込んだ仔犬は喜び勇んで弾丸の如く駆け出した。もしも、この目に見えぬ軛を彼が手放したとしても、私はきっと狼狽えて立ち竦むしかないのだろうなと考え、頬を切る冷たい風に私は諦念の笑みで向かい合う。
170.
面倒な会合を終えて表に出れば、さっさと退席していた彼は車にもたれて、一人暢気に焼き栗を食べている。「すまなかった、助かるよ」私が文句を言う前に、彼の手が綺麗に剥いた焼き栗を私の口に押し込むから、結局私は何も言えなくなる。こんな子供騙しが、いつでまも通じると思わないで下さいね!
171.
夜勤明け、私の呼び掛けにただ微笑むだけで、何も言わず歩いていく彼の背を追う私が辿り着いたのは、庁舎の屋上だった。夜と朝の狭間に昇る眩い朝日が照らし出す街は幻のように美しく、私も彼と並んで口をつぐむ。言葉が無用になる瞬間というものは、確かに存在する。そう、例えば、こんな早朝には。
172.
遅い帰り道、吐息が白く染まるのを見て、彼女は嬉しそうに言う。「吐く息が白くなる時は、気温が14℃以下なのだそうですよ」それは多分、彼女が子供の頃に私が教えた蘊蓄。そんな些細な事を覚えていてくれる彼女と共有する記憶が嬉しくて、私は感心したふりで彼女の誇らしげな笑顔に応えてみせる。
173.
悪意の矢面に立つ事も、嫌味をのらりくらりとかわす事も、出世の付録と割り切って、作り笑顔も上手くなった。知らぬ間にそっと背中に添えられる彼女の眼差しが、私を支えてくれるから、私は今日もへらへらと安い笑顔で魑魅魍魎の海を行く。
174.
「手紙を書くよ」彼に言われ、私は戸惑った。彼がこの家を出て父のお弟子さんでなくなったら、私と彼の絆は消えてしまうと思っていたのに。私がそう言うと、彼は「これから作れば良いじゃないか」と笑った。あの日から築き続けた絆の始まりが、あの時の彼の笑顔だったなんて、きっと死ぬまで言えない。
175.
冬はいい。「暑苦しいから、近寄らないで下さい!」と、彼女に抱擁を拒まれる事もない。例え暖をとるための湯タンポ代わりの扱いだとしても、拒絶よりは断然マシだ。ああ、冬はいい。
176.
真実なんて要らない。そもそも民族が変われば立場が変わり、英雄と人殺しが等号で結ばれる世界に、果たして真実が存在するのだろうか。ただ一つ、現実があれば。彼女がここで生きているという現実があれば、それが私の『   』。
177.
普段なら軍服の高い襟が防ぐ北風に首筋を撫でられ身を竦める私を、彼は笑って抱擁する。普段なら軍服の堅い生地が阻む温もりに包まれ慌てる私に、彼は笑って接吻する。私の普段を軽々と飛び越えて、彼は笑って意地っ張りな私の全てを受け止める。冬はいつも彼の独壇場。
178.
うっかり寝過ごした事に気付き、ガバと飛び起きた私をベッドに引き留める腕が二本。「寒いんです」いや、そりゃ私も君と温かい毛布には堪らない魅力を感じるが、今日は抜けられない会議が…「行かないで…」頼むから、頼むから、君が非番だからって、こんな時に限ってそんな寝惚け方、勘弁してくれ!
179.
「はい、頑張って下さい!」そんな一言で、私の尻を叩いて働かせる彼女がにくい。そんな一言で、頑張ってしまう単純な自分がもっとにくい。ああ、どうしてここまで彼女に弱いのか、私め!
180.
眠い目を擦る朝の台所、かじかんだ指先を温める珈琲は、わざと彼のカップを選んで淹れる。数少ない、彼が我が家に置くその痕跡を追いかける、後朝(きぬぎぬ)の朝。温もるのは指先だけ、私にはそのくらいでちょうど良い。
181.
人生の失ったものを天秤に掛けてみる。綺麗な背中。血に染まらぬ手。父の理想。一つ一つ積み上げて、それでもまだ天秤が傾かぬのは、もう一方に「彼と生きる人生」が載っているからだと私は安堵する。天秤が「彼」と「それ以外」になるまで積んでも良いとさえ思う私は、多分幸福で、多分狂っている。
182.
何やらこそばゆくて目覚めると、彼女の指が腹を這っていた。「どうしたね?」「腹筋だけは立派でいらっしゃると思って」「腹筋以外にも立派な所はあると思うがね」そう返したら、思いきりグーで殴られた。あのね、君、それ勘違い。仕事だとか人格だとか、色々あるだろう? 日頃の行い? ……酷いな。
183.
まるで敵の無線を傍受するかのような顔をラジオから上げ、彼女はにこりと微笑む。「本日は一日晴天だそうですよ」何とも無能感が増すようで、私は複雑な心境で「ありがとう」と力なく笑う。笑顔が怖い時の彼女が一番怖い。痛烈な第二撃が来る前に。「昨日は、すまなかった」ほら、違う笑顔が花開く。
184.
「手袋、どうしたね?」「片方落としてしまいまして。片手の手袋ばかり増えて、困ります」肩を竦める私に彼は苦笑する。「すまんが、理解不能だ。流石に手袋は無くした事がない」同じ名前の道具なのに、それが持つ意味のあまりの重みの違いに、私の冷えた手は更に冴々と凍り付く。彼の笑顔と同等に。
185.
うたた寝の彼の眉根が微かに寄っている。嫌な夢でも見ているのだろうか。この皺を伸ばしたら悩みも消えればいいのに。そう思いながら、そっと彼の眉間を撫でてみる。
186.
転た寝の彼の眉根が寄っている。この愁眉を開くことが出来ればいいのにと、何となく彼の眉間を撫でてみる。「どうしたね?」「いえ、あの、起こしてしまって、すみません」彼は少し笑って、私の手を彼の黒髪の上に載せた。「こっちが良い」子供の様に安心した顔をする彼の頭を撫で、私は幸福を覚える。
187.
彼の鼻歌を何となく聞いていたら、サビで微妙に音程がずれた。「しまった、間違えた」鼻歌くらい気楽に歌えば良いのに、わざわざ言い訳のように言う子供っぽさが可笑しくて笑ったら、間違えた事を笑われたと思い込んで拗ねている。ああ、もう、手のかかる人。でも、そんな所も本当は嫌いじゃない。
188.
まるで夜の中に置き去りにされたようなどしゃ降りの朝、ベッドの中であの人を想い、私は天井に手をかざす。傘がなくて困っていないだろうか。雨の日を狙われ、誰かに襲われていないだろうか。心配は私が彼に必要とされたいと言う、あさましい思いの裏返し。情けない私の代わりに、どしゃ降りの涙雨。
189.
さっき迄のどしゃ降りが嘘のような青空が、憂鬱を晴らすように明るくて、だから私は私の憂鬱を晴らす太陽の元へと急ぐ。心配性の彼女の曇った顔を晴らす為、というのは建前で、実は私が会いたいだけなのだけれどね。
190.
「どうしていらしたんですか?」「君の家が近かったから」「こんなずぶ濡れで!」「直帰しても良かったんだが、熱い珈琲が飲みたくなってね」「スタンドで買えば良いじゃないですか」「君の淹れた珈琲がいい」「…何の口実ですか?」「言わせたいのかね」「言われたら死にそうですから、止めて下さい」
191.
とろりと今にも眠ってしまいそうな黒い瞳に見つめられ、私は苦笑する。「お疲れなのは存じておりますから、どうぞお休み下さい」「嫌だ。久しぶりの君との週末なのに」駄々っ子のように尖らせた唇から漏れる言葉は寝言めいて、それでも彼は私を見つめる事を止めない。それだけで満ち足りる私の週末。
192.
「宝石を見た瞬間、まずその組成を考えてた男が、彼女に似合うか考えるようになったとは!お前、エラい進歩だな」悪友に揶揄され初めて気付く己の変化に、私は己の中に芽生えた感情に直面する。まさかと思う自分と納得する自分の間で、輝く紅い石が想いの天秤を傾ける。掌にはピアス、もう戻れない。
193.
昼間のベッドは昨夜の全てを忘れたかのように、雪原の如く清らかに全てを隠してしまう。今夜この雪原に倒れても、救いの来る当てがないのなら、冷たいシーツの間で凍えるよりは一杯のワインの方が余程マシだと、私は苦い笑いで昼間からグラスを傾け、凍えた心を抱えてシーツの雪原に行き倒れた。
194.
軽やかに水溜まりを飛び越す一歩の大きさと、行為の幼さの不整合に私は苦笑する。「スーツ、汚れますよ?」たしなめる私の言葉も聞かず、掴まれた指先にお遊びへの参加の強要。彼の手を支えに私はスカートの裾を翻し、真夜中の酔っ払いを言い訳に水溜まりと戯れる。莫迦な大人も、時々なら悪くない。
195.
例えば、玄関先に一輪の花が置かれている。メッセージも差出人の名も記されぬ、素っ気ないただ一輪の花が。潔く、寂しく、それでも私の為に在る花は、まるで彼の人そのものだと、私は熱に浮かされた瞳を閉じて、シャクリとその紅い花びらをかじってみる。触れた唇に冷たい接吻。ああ、彼がいる。
196.
この一枚の切符が、私を彼のいる場所へと連れて行く。故郷を離れる不安より希望が大きいのは、この線路の先に彼がいるから。そう胸を高鳴らせ踏み出した一歩の行く末を、あの頃の私が知ったなら、あの日の景色は変わっただろうか?春にいつも心を過る小さな疑問に、私は毎年答えを出せないでいる。
197.
「午後の査察の件ですが」そんな彼女の言葉に、甘いカカオの香りが絡んでいる。先刻の休憩でチョコレートでも摘まんで来たのだろう。今、ここで彼女を引き寄せて口づければ、空腹だとかストレスだとか様々なものが解消される気がするが、それ以上のリスクの恐怖が私にそれを空想に止めさせた。
198.
人殺しの悪夢で真夜中に目覚める。「こんな私にも生きている意味があるのでしょうか?」悔恨と恐怖に絡め取られた私を、彼は優しく抱き締めた。「少なくとも君の笑顔に喜びを感じる人間がここに一人いるのだが、それでは足りないかね?」心に灯る温もりが私に微かな笑顔を作る。これもまた、等価交換?
199.
彼に遅れてシーツの隙間に滑り込む。「冷たくないベッドって、冬はそれだけで幸せですね」「その程度の幸せで良ければ、いくらでも提供するがね」そう言って笑う彼の存在が、私には何よりの幸福。
200.
背中から捕まえて、この腕に抱き締める。表情は見ないで。言葉だっていらない。 ただこの腕の中のその存在が、温もりが、私の唯一の真実だと確認させてくれるだけで、私はまた歩き出せる。ささやかで大それた想いを乗せ、かけがえのない真実を私はすがる様にこの手に抱く。
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