異動辞令

元々内定していた上官の中央司令部への異動が正式な文書として通達されたのは、水曜の午後のことだった。
ちょうど射撃訓練の真っ最中だったリザが教官に呼び出され執務室に行くと、そこには既にいつものメンバーが勢揃いしていた。
ジャン・ハボック少尉。
ハイマンス・ブレダ少尉。
ヴァトー・ファルマン准尉。
ケイン・フュリー曹長
呼び出された男たちは、今回のロイの異動に伴いセントラルに共に異動になる白羽の矢を立てられたのだ。
居並ぶ個性派揃いの男たちの背中を見て、リザは人には分からぬほどに小さく表情を緩めた。
ああ、このメンバーなら安心だ。
ロイの人選の確かさに、セントラルという縁もゆかりもない土地に乗り込む彼の覚悟と意気込みが見て取れた。
 
彼の親友が殺された土地、セントラル。
そこでは軍は、自分たちの属する集団の母体でありながら、得体の知れぬ薄暗い闇を隠し持っている可能性を持ってしまった。
ただでさえ、出世の早い生意気な若造は目を付けられ、通常の意味でも敵が多いというのに、それ以上の何かにまで目を光らさなければならないとなると、今回の異動はリザにとっても荷が重いものだった。
だから、気心の知れたメンバーが共にいることは、彼女にとっても心強い事であった。
「文句は言わせん! ついて来い!」
ロイのその一言に、ただ揃って敬礼をする男たちの頼もしさに、リザは無表情のまま同様の敬礼をロイに送る。
そして、ハボックを原因とする一悶着に心から同情しながらも、やはり表情を変えず、その肩を叩いてやるにとどめた。
 
呼び出された全員がそれぞれの想いを抱えて執務室を退室する中、リザは上官に手招きで呼び止められた。
「何でしょうか? 大佐」
「ああ、そんなに堅苦しく構えないでくれ」
先ほどまでの堅苦しい雰囲気とは裏腹に、ほっと表情を緩めた男は、ぎしりと己の椅子に深く腰掛け直した。
「今回の人選、君はどう思う?」
「バランスの取れた懸命なご判断かと」
「君と同時期に私の下に入ったものばかり、手塩にかけた部下だからな」
「やはり、あのメンバーより対象者を広げるのは無理があります」
「同感だ」
リザの言葉に答えた男は、深い溜め息をついた。
「万一、断られたらどうしようかと冷や冷やした。誰か一人が欠けても痛いからな」
自信家の顔をしながらも現実主義の彼は、様々な事態を一応は考慮していたのだろう。
無事に全員が自分と共にセントラルまで行く覚悟を持ってくれている事実に、ようやく安心して肩の力が抜けたと言ったところらしい。
その割に、さっきの有無を言わせぬ強引なやり方で自分をリーダーと見せつける演出力は、流石だとリザも感心する。
まぁ、これだけ個性派ぞろいの面々を従えて行くのだから、そのくらいでなくては勤まるまい。
リザは少しだけ、彼を労ってやる気になった。
 
「言ってみれば、アウェイに乗り込んで行くようなものですからね。少しでも気心の知れた仲間がいてくれるのは、心強い事ですので助かります」
リザのそんな言葉に、ロイは苦笑した。
「アウェイか。まぁ、確かに敵地ではないが、それに近しいものはあるか」
「敵地、というよりは孤立無援状態、くらいにしておいた方が良いでしょうか?」
リザの堅苦しい言葉に、ロイは愉快そうに笑った。
「言葉だけ飾った所で、何を今更、だ」
ロイの指摘に少々バツの悪い思いをするリザに、ロイは屈託なく付け足した。
「まぁ、あんな理想を掲げて大総統を目指している時点で、ここイーストシティにいた所で軍の中では孤立無援のようなものだ。それこそ、何を今更だな」
「大佐、不穏当な発言はお控え下さい」
やや声の高くなったロイを窘める彼女に、彼はしみじみと言った。
 
「まぁ、そんなことを言うならば、私の人生自体が常にアウェイにいるようなものだからな。養母に育てられ、師匠の家に居候し、この軍だって仮住まいだ」
言った本人は相当呑気な様子であったが、流石にリザは絶句する。
両親を亡くし養母に育てられたと言う彼の生い立ちは、リザも知っている。
師匠の家で過ごしたと言う日々は、リザの実家の話だ。
ずっと他人の中で生きてきた彼の孤独を思うと、リザは胃の底が冷たくなる思いがする。
それでもこうして真っ直ぐ生きてきた彼に、リザは敬意を表し無表情を貫く。
だが、ロイはそんな彼女の様子には構わず、言葉を続けた。
「ずっと自分はアウェイにいると言う感覚は、付きまとっている。だが、今は少し違うかな。何処まで行っても付いてきてくれる仲間がいるというのは、そこがホームなのだということなんだと思う」
改まったようにそう言ったロイは、リザにだけ感知出来る少し照れた顔をのぞかせる。
ああ、良かった。
リザが心からそう思い頷いた時、ロイは思わぬ爆弾を落とした。
「で、まぁ、その筆頭が君な訳で。彼奴らの誰が脱落しても、多分、君は最後まで付いてきてくれると思えるのは、きっと君が私のホームなのだろうな」
 
ロイの最後の言葉に、リザは一瞬で頬に血が上る。
あの呑気すぎる彼の様子を見るに、今の言葉に他意は全くないのだろう。
だがしかし、だからこそタチが悪過ぎる。
リザは反論しようとして、結局反論の余地がない事に気付き、やっぱり無表情のまま困り果てると
「そうですか」
と一言だけ返事をすると、荷造りがありますので失礼しますと急いで執務室を逃げ出したのだった。
 
Fin.

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