少し言い過ぎたかも

まさか現状がこれほどまでに酷いとは。
報告の打電と現実のあまりの解離に、リザは愕然とした。
砂漠に一晩放置されていたらしき負傷兵のうめき声は、五〇〇メートル離れた位置にいても聞こえてくる。
「総員待機!」
スコープを覗くリザの頭上で、ロイの鋭い小さな声が響いた。
 
『南部国境戦線での負傷兵を安全地帯まで移送した。彼らの身柄を警護し、イーストシティでの救護を依頼する』
イシュヴァールに近い地域まで戦線の延びた南部国境戦線で戦闘中の南方軍から、そんな内容の打電が東方司令部に入ったのは昨夜二四五九の事だった。
グラマン准将から全権を委任されたロイが急拵えの部隊を編成し彼らが東方司令部を出たのが、本日早朝〇三三一。
それほどの迅速な行動をもってしても、南方軍の指定ランデブーポイントへの到着は〇五〇〇を過ぎていた。
ポイントには確かにアメストリス軍の部隊がいた。
ただし規律を持って行動する部隊としてではなく、散乱した死体の山と負傷者の一団として。
「これは……」
「どう見ても、囮ですね」
「同感だ」
如何にも助けに行けと言わんばかりに、遮蔽物のないポイントに放置された負傷兵たち。
護衛部隊を皆殺しにした連中が、彼らに生存を許す理由は生きている彼らに利用価値があるからに他ならない。
これは負傷兵をピックアップするためにやってくるアメストリス軍を、更に全滅させるための罠なのだ。
ざらしの場に無防備に出ていけば、おそらくどこかに潜んだスナイパーに確実に狙い撃ちにされるであろう。
 
リザはモノキュラーを覗き、相手方の狙撃手の潜伏位置をチェックし続ける。
「国境金網の破壊された向こうの藪に狙撃手二名を確認」
「他は」
「光量が足りませんので、これ以上の距離は何とも。太陽が上がればはっきりするのですが」
「そんな時間まで待っていられるか!」
ロイ配下の部隊は、死にかけた自軍の救助のゴーサインが何時出るかと目を血走らせている。
それに夜明けまで、きっと負傷兵達の体力は持たない。
ロイはハボックを呼びつける。
「出るぞ、援護しろ。中尉、君はとりあえず手前の二人を倒せ。銃撃戦になれば火線で相手の位置は確認出来る。向こうも遮蔽物が少ないのは同じ条件だ。一個小隊以上の人数は隠れられまい」
ロイの言葉に二人の部下は、同時に小さな叫びをあげる。
「大佐、ちょ、無茶ッス!」
莫迦ですか、あなたは!」
余りにストレートなリザの物言いに、さすがにギョッとした顔をするハボックを無視して、彼女はロイに詰め寄った。
「指令官が先頭切って囮にはまるような無茶をなさってどうするんですか! あなたが倒れたら代わりは居ないんですよ! 指令官が指令責任を放棄する事態を招くかもしれない事をなさるとは。まったく、莫迦にも程があります!」
さすがに少し言い過ぎかと思いながら、リザはまくし立てる。
いつもいつも自分の身の危険も省みず、最前線に飛び出していく上官にはハラハラさせられているのだが、今回のこれはあまりにもヒドすぎる。
だがロイは、彼女の言葉などどこ吹く風の涼しい表情で、ニヤリと笑う。
「自国民の命を見捨てるような非人道的な人間になるよりは、そっちの方が余程マシだな」
流石に反論の言葉をなくすリザと諦め顔のハボックを、ロイは手招く。
「勝算はある。耳を貸したまえ」
低い声で提案されたロイの奇想天外な作戦に、ハボックとリザは目を剥いた。
「大佐、確かにそれはイケルかもしれませんが、ちっとリスクが高過ぎやしませんかね」
そう言いながらも、ハボックはすでに乗り気になっている。
リザは即座に反論する。
「大佐、それはあまりに奇策に過ぎます」
「この場合、他に策はあるまい」
「ですが、大佐。その作戦は……」
「そう、君がいないと始まらない」
事も無げにそう言うロイの全幅の信頼に、リザは言葉に詰まる。
 
確かにロイの提案した作戦は、一刻の猶予もない現時点でもっともベターなものであることはリザも認める。
ロイがリザに割り振った役割は、難しいながらも狙撃手として一流の腕を持つ彼女なら確かに完遂出来るとリザ自身確信する。
だが、ロイの身を守ることが、リザの中の第一義である限り承伏しかねる面が多々ある作戦でもある。
躊躇うリザの耳に、くっと真面目な表情に戻り負傷兵の一団に視線をやったロイの遠い声が聞こえる。
「救える命を見ない振りで見捨てる役目は、私は二度とごめんこうむりたいのだ。頼む」
リザはしばらく黙って上官の横顔を黙って見つめていたが、やがて小さく溜め息をついた。
「分かりました。ただし、大佐が最前線に立つリスクはなるべく軽減されるよう、作戦の若干の修正をお願いします」
「善処する。ハボック、さっきの指示に従って部隊を動かせ」
「I,sir!」
ハボックに命令を下し話題を逸らそうとするロイに、リザは食い下がる。
「善処ではなく、確約を」
「あー。分かった、分かった」
放っておけば暴走しかねない上官に釘を刺すリザと、神妙な振りでそれに答えるロイを見て、ショットガンの装填確認をしながら、ハボックが妙に真面目な顔でしみじみと言う。
「しっかし、大佐と中尉ってホント、アクセルとブレーキみたいっすよね」
ハボックの言葉に、ロイは当たり前だと鼻を鳴らす。
「強力なブレーキがいるから、私は暴走できるんだ」
「やっぱり貴方、莫迦です。大佐」
莫迦で結構。出るぞ! 総員続け!」
ロイの命令に、一瞬で場の空気は変わる。
一対の機関のように部下に扱われた二人は、その瞬間に一対の攻守の要として隊の二つの中心と化す。
走り出す上官の頼もしい後ろ姿を見送りながらリザは、莫迦はやっぱり言い過ぎだっただろうかと一瞬だけ考え、その背を守るため心を無にして引き金を引いた。
 
Fin.
 
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