シンデレラは自動小銃の夢を見るか【後編】

 リザ(シンデレラ)がお城到着する頃には、宴はすでに始まっていました。オーケストラが美しいワルツの楽曲を奏で、皆が大広間でくるくると楽しげに踊っています。こんなに沢山の人の中から王子様(たぶん、マスタング)を見つけだすのは至難の業じゃないかしら。リザ(シンデレラ)はそう思いながら、そっと大広間に忍び込みました。
 見渡す限りのきらびやかに着飾った人の海の中、リザ(シンデレラ)は王子様(たぶん、マスタング)を探してきょろきょろと辺りを見回します。と、遙か遠くで大きな声があがりました。
「リザ(シンデレラ)!」
 ぎょっとしてリザ(シンデレラ)が声の方を見ると、マスタングマスタングでも、マスタング(義姉その1)が彼女の方へ突進してくるではありませんか。
マスタング(義姉その1)さん、どうして!」
「私が君を見逃すはずがないだろう。それより、どうしてドレスじゃないんだ! 魔法使いは無能なのか!」
「無能はあなたです。私の正体がこんなに直ぐにバレては、お話に支障が出るじゃありませんか」
「はっ!」
「バカですか、あなた」
「リザ(シンデレラ)!」
「まぁ、マスタング(義母)さんに、マスタング(義姉その2)さんまで!」
「リザ(シンデレラ)! どうしてドレスじゃないんだ! 魔法使いは何をしている!」
「それしか言うことがないんですか! あなた方は!」
 ぎゃあぎゃあとマスタング×3と言い合いながら、リザ(シンデレラ)はふと気付きました。もしも、王子様(たぶん、マスタング)の正体がリザ(シンデレラ)の想像通りなら、彼女が動かずとも、きっと向こうが勝手に見つけてくれるに違いありません。リザ(シンデレラ)は、その事実に安心し、マスタング×3を追い散らすと喧噪を避け、バルコニーで様子をうかがうことにしました。ダメならまた探しに行けばいいだけの事です。
 
 バルコニーにもたれかかり、しばしの休息に身を任せるリザ(シンデレラ)の元に、ほどなく人影が現れます。リザ(シンデレラ)がよく見知った男は、彼女に向かって胡散臭い笑顔を向けました。
「私と踊っていただけますか? 美しい副官殿」
「それで、この茶番が終わるのでしたら」
 リザ(シンデレラ)は、黒の燕尾服を一分の隙もなく着こなした男の姿に見惚れそうになりながら、あえて素っ気ない返事を返します。そんな彼女の反応に、男は気障に肩をすくめてみせました。
「相変わらずきついね、君は」
「わがままな上官のお守りには、うんざりしておりますので」
 くつくつと喉の奥で笑い、リザ(シンデレラ)のイヤミをかわしたマスタング(王子)は強引に彼女のおとがいを掴むと、額がつくほどにリザ(シンデレラ)に顔を近づけ笑顔のままで言いました。
「君、私がマスタング(王子)だからと安心しているようだね。だが、一つ忠告しておいてあげよう。リザ(シンデレラ)」
 そう言ったマスタング(王子)は艶やかな微笑を崩すことなく、リザ(シンデレラ)の耳に蕩けるような甘い声でとんでもない事実を囁きました。
「青井(作者)の趣味により、私は黒タングなのだよ」
「え! そんな!」
 驚愕に頬をひきつらせるリザ(シンデレラ)の様子を面白そうに眺めたマスタング(王子)改め、黒タング(王子)は彼女の体を自分の方へと抱き寄せました。男の手は彼女をからかうようにゆるりとその背を這い、リザ(シンデレラ)は油断をした自分を呪いながら、自分を軍人から女に変える黒タング(王子)の吸い込まれそうな深い黒の瞳を見つめるばかりでした。
「私としては、ここから別館になだれ込んでもかまわないのだが、それではリクエストが成り立たない。今日のところは、ワルツで我慢しておいてあげよう」
「申し訳ありませんが、私、ダンスの心得は全くないのですが」
「かまわんよ、私に合わせて足を踏まぬようにだけしてくれれば良いさ」
 リザ(シンデレラ)のせめてもの抵抗を笑い飛ばし、黒タング(王子)は優雅に黒の燕尾服の裾を翻すと、彼女をエスコートして大広間に向かいました。リザ(シンデレラ)は促されるままに、彼に腕を引かれ歩いて行くしかありませんでした。
 
 大広間の真ん中にリザ(シンデレラ)を連れ出した黒タング(王子)は、優雅に膝を折り、彼女の手の甲に恭しく口付けます。微かに濡れた舌の存在を仄めかす唇に、リザ(シンデレラ)は危うく声をあげそうになってしまいます。そんなリザ(シンデレラ)を悪戯な瞳で見上げた黒タング(王子)は、一転、乱暴にも思える程に強い力で彼女を引き寄せ、ワルツのステップを踏み始めました。
 リザ(シンデレラ)は相手に主導権を奪われて、どうにもならぬまま黒タング(王子)に身を任せるしかありません。黒タング(王子)のエスコートは流れるように優雅でありながら、彼女に触れる手はどこか淫猥で、リザ(シンデレラ)はワルツを踊る足元も覚束なくなっていまいます。しかし、黒タング(王子)は、そんなリザ(シンデレラ)を上手にリードして踊り続けながら、彼女をからかうのです。
「全く、話の筋も考えず礼装で来るか。このじゃじゃ馬め」
「必要を感じませんでしたので」
「期待していたのだがね。美しい君の素肌の肩を抱いて踊れるのを」
「ご冗談を」
 そう強気に返しながらも、時に強引に時に繊細に彼女を扱う男に翻弄され、触れる手の熱に、囁かれる声の甘さにリザ(シンデレラ)は砕けそうになる腰を支えるのが精一杯になっていきます。身体を密着させ黒曜石の瞳で無言のうちに彼女を欲する黒タング(王子)のエロさは、凄まじいばかりの威力をもっているのです。このままでは相手の思うツボ、別館行きコースが待っているばかりです。
 リザ(シンデレラ)は何とか逃げ出す方法はないものかと思考を巡らせますが、慣れぬステップを踏みターンを繰り返しているうち、彼女は目が回ってしまいます。思わずよろめき、ふらりと男の腕の中に倒れ込んだリザ(シンデレラ)を黒タング(王子)は優しく受け止めました。
「君の方から積極的になってくれるとは、嬉しいね」
「だ、誰が!」
 赤面するリザ(シンデレラ)の目前に、黒タング(王子)の不敵な笑みが迫ります。
「別館は無理でも、キスくらいなら構わないだろう」
「駄目です! 貴方は存在自体が18禁です!」
「失礼だな、君は」
 そう言って笑う黒タング(王子)におとがいを掴まれ身動きも出来ぬリザ(シンデレラ)は、ついに観念して瞳を閉じました。彼女が己の全てを黒タング(王子)に委ねようとした、その時です。
 
 リーンゴーン。
 
 大きな澄んだ鐘の音が、大広間に響きわたりました。その瞬間、リザ(シンデレラ)を束縛する腕が解かれました。なにが起こったか一瞬理解できず立ち尽くすリザ(シンデレラ)に向かい、黒タング(王子)は両手を広げてお手上げのポーズを取ってみせると、少しだけ寂しい笑顔を作りました。
「夢見る時間はオシマイだ。行きたまえ、リザ(シンデレラ)」
「黒タング(王子)様!」
 思わず黒タング(王子)に縋ろうとするリザ(シンデレラ)の手を、黒タング(王子)は優しく、しかしきっぱりと拒絶しました。
「リザ(シンデレラ)、12時を迎えたシンデレラの使命は何だ?」
「……ガラスの靴を残して、王子の前から姿を消すこと、です」
 リーンゴーン。リザ(シンデレラ)の声をかき消すように、2つ目の鐘が鳴ります。
「行きたまえ。必ず見つけだしてやるから、ガラスの靴を置いていくのを忘れるな」
 リザは言葉も出ぬまま、黒タング(王子)を見つめます。そんな彼女を、黒タング(王子)は一喝しました。
「行け、リザ(シンデレラ)! 君の任務を果たしたまえ!」
 いつのまにか黒タング(王子)の声は、一切の甘さを切り捨て厳しい上官のそれに変わっていました。リザ(シンデレラ)は、周囲を見回します。黒タング(王子)だけでなく、マスタング(義母)も、マスタング(義姉その1)も、マスタング(義姉その2)も、黙って静かに彼女を見守っています。リザ(シンデレラ)はハッとして、カツリとヒールの踵を合わせると彼らに敬礼しました。
「イエス、サー!」
 リーンゴーン。3つ目の鐘が鳴ると同時に、リザ(シンデレラ)は振り向きもせずに駆け出しました。ガラスの靴を脱いで両手に抱え持ち、スカートの裾を翻し、飛ぶように階段を駆け降りる彼女の後ろ姿を、4対の黒い瞳が満足げに見送ります。
 リーンゴーン。4つ目の鐘が鳴りました。リザ(シンデレラ)はガラスの靴を片方投げ捨て、ひたすらに長い階段を駆け続けます。裸足で走る足に痛みが走っても、構わずリザ(シンデレラ)は走り続けます。
 リーンゴーン。5つ目の鐘が鳴る頃に、リザ(シンデレラ)はようやくお城の外にたどり着きました。主人の危急を勘づいたのか、どこからともなくブラックハヤテ号(馬)が走り出てきます。
 リーンゴーン。6つ目の鐘を聞きながらブラックハヤテ号(馬)に飛び乗ったリザ(シンデレラ)は、一散に駈け出しました。
 リーンゴーン。7つ目の鐘が、8つ目の鐘が、9つ目の鐘が、疾風の如く走るリザ(シンデレラ)の背を追いかけてきます。リザ(シンデレラ)は懸命にハヤテ号(馬)を操り続けます。そして、とうとう12番目の鐘が鳴りました。
 リーンゴーン。
「きゃ!」
 リザ(シンデレラ)は、突如草原に投げ出されました。反射的に受け身を取った彼女の傍らにブラックハヤテ号(犬)が、ピスピスと鼻を鳴らして心配そうに寄添ってきます。普段の軍服に戻った自分を確認したリザ(シンデレラ)は、手の中に残された硝子の靴を見つめ、その場に座り込みました。
 あんな黒やらヘタレやら面倒な属性を沢山持っているくせに、ああいった局面ではきちんと上官の顔を崩さぬあの男を思い、リザ(シンデレラ)はそっと硝子の靴を抱きしめました。だから、私はあの人の副官を続けていけるのだわ。そう考えたリザ(シンデレラ)は、折角なのだから、こんな時くらいドレスを着てあげれば良かったかしらと柄にもない事を考えて、一人クスリと笑うとブラックハヤテ号(犬)を連れて、マスタング家へと帰っていったのでした。
 
 翌朝、夜も明け切らぬうちからマスタング家のドアがノックされました。リザ(シンデレラ)が扉を開けると、そこには黒タング(王子)が立っていました。
「あまりに、展開が早すぎませんでしょうか?」
「いや、何。すでに前編より千字ばかり文字数が超過しているらしくてね、バカな青井(作者)の都合で巻きが入っているのだよ」
「バカですか、あれは」
「まぁ、君の言うところの“何を今更”という奴だよ」
 そう言った黒タング(王子)は、リザ(シンデレラ)の背後で臨戦態勢をとっている3人のマスタング(義母+義姉×2)に向かって言いました。
「そう言うわけだ。ここはおとぎ話の筋に乗っ取って、リザ(シンデレラ)を連れて行かせてもらうよ。悪いな、私」
「いや、そうはいかない」
「何?」
「ここはパラレル、バカな青井(作者)の脳内だ。如何ようにも結末は変えることは出来る」
「そう、これはナンセンス・コメディ。要は面白ければ良いのだよ」
「それに、黒タングよりは我らヘタレ・無能・サボリ魔トリオの方がこのBlogでは希少価値が高いのだ。たまには美味しい目を見ても罰は当たるまい」
「え! なんですかそれ? って言うか、この最後の最後でそんな属性明かしてどうするんですか! 巻き入ってるのに!」
「いや、黒タングも別館は更新少ないから稀少種ではあるのだぞ」
「そう言う問題ですか!」
 どうにも収拾のつかない事態に、リザ(シンデレラ)は頭を抱えます。マスタングたちはそんなリザ(シンデレラ)に気づかず、一歩も引かずに言い争っています。リザ(シンデレラ)は、思わず呟きました。
「もう、誰でもいいから何とかして。流石に4人まとめて面倒見るのは無理!」
 その時です。ぱっと辺りが明るくなりました。ハッとして皆が振り向くと、そこには可愛らしいお星様のついた魔法の杖を持ったマスタング(魔法使い)が立っていたのでした。黒タング、ヘタレタング、無能タング、サボリタングの動きがぴたりと止まります。リザ(シンデレラ)は、マスタング(魔法使い)に駆け寄りました。
「助けてくださるんですか?」
「仕方ないだろ。あたしの監督責任だからね」
 そう言って細い紙巻き煙草をくゆらせたマスタング(魔法使い)こと、クリス・マスタング(魔法使い)は、じろりと4人のマスタングを睨み付けました。そして、竦みあがる彼らを一喝しました。
「何、エリザベスちゃん(シンデレラ)を困らせてるんだい、アンタ達!」
 返す言葉もないマスタング達を後目に、クリス・マスタング(魔法使い)はリザ(シンデレラ)に尋ねました。
「で、アンタはどうしたいんだい? エリザベス(シンデレラ)。アンタの望む結末を、どうやらバカ(青井)は用意してくれるらしいよ。どのマスタングを選ぶのも、アンタの自由だ」
 クリス・マスタング(魔法使い)の言葉にリザ(シンデレラ)は、4人のマスタングを見つめます。いくら面倒とはいえ、どれも彼女のよく知る上官の一面なのです。選ぶことなど出来るわけがありませんでした。
「選べないんです」
 正直に困った顔でそう言うリザ(シンデレラ)に、クリス・マスタング(魔法使い)は参ったねと考える素振りを見せていましたが、何か思いついたらしくポンと手を打ちました。
「よし、まとめちまおう!」
「え?」
「黒タングは有能、腹黒、エロ要素持ちだ。これにヘタレ・無能・サボリ魔を足せば、おおむね過不足なくロイ・マスタングが出来上がる。ストイック要素が少々足りないが、そこはそれ、バカ(青井)の筆が滑ればどうとでもなる」
「えーっ! そんな強引な!」
 その場にいる皆の声も聞かず、クリス・マスタング(魔法使い)は可愛らしいお星様のついた魔法の杖をエイとばかりに振りました。するとどうでしょう、4人のマスタングの姿は消え、そこには普通のロイ・マスタングが立っているではありませんか。ロイとリザの二人が目を白黒させている間に、クリス・マスタング(魔法使い)は自分の仕事は終わったとばかりに、姿を消してしまいました。
 
 あまりに強引な展開に、二人は呆然と見つめあいました。やがて、ロイが口を開きます。
「統合されて、私は( )の付く役付から解放されたわけだが、これからどうすればいいものかね。王子として城に帰るべきか、マスタングとしてこの家にいるべきか」
 リザ(シンデレラ)はそんなロイの言葉にニコリと微笑むと、自分も(シンデレラ)という称号を外し、ただのリザ・ホークアイとしてロイの隣に立つと言いました。
「簡単なことです、大佐。我々は我々のあるべき場所に戻ればいいだけのことです」
 いつの間にか二人の前には、見慣れた東方司令部の執務室の扉が現れていました。ロイは懐かしげに目を細めると、ドアのノブに手をかけます。そして、リザの方を振り向き、穏やかな笑みを浮かべ言いました。
「では、行こうか。中尉」
「はい、大佐」
 こうして通常のロイアイに戻った二人は仲良く執務室の扉をくぐり、東方司令部へと帰っていったのでした。
 めでたし、めでたし。
 
Fin.
 
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【後書きのようなもの】
 どうもお待たせいたしました。深雪様よりのリクエストで「パラレルで“シンデレラ”」のはずだったのですが。えーっと、内輪ネタ・ナンセンス・コメディになってしまいました。こんなんでよろしかったでしょうか?
 リクいただいたときは弱気発言でぐにゃぐにゃしてましたが、考えに考えて煮詰まって謝り倒してリク変えていただこうかしらと思った頃に、こんなネタが降ってきました。後はもうノリノリで筆が止まらず、この長さになりました。うぉぉ、快・感。
 というわけで、楽しんでいただけましたなら、難産の甲斐もあったというものです。リクエスト、ありがとうございました!
 お気に召しましたなら。

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