SSS集 8

  One...



  二つ先の交差点の信号が青に変わったが、車の列はぴくりとも動かない。リザはサイドブレーキに手をかけ、小さく溜め息をついた。後部座席でロイが、のんびりと言う。
「進まないな、渋滞か」
「申し訳ありません」
「君のせいでもないのに、謝ることはない」
 穏やかな笑みを浮かべながら、車窓から暮れていく街並みを眺め、ロイは独り言のように言葉を続けた。
「しかし、年の瀬は妙に気が急きたてられるものだな」
「一年の締めくくりに何かやり残したことがあるような、そんな気になるからでしょうか」
 そんなリザの答えに、ロイは唇の端でふっと笑った。
「一日、一ヶ月、一年、人は何にでも区切りをつけたがる」
「その方が進捗状況が判断しやすいからでしょう」
「そんな判断をせずとも、一生をかけて成し遂げれば良いだけのことではないか」
 当たり前のようにポツリと言うロイに、リザは一瞬瞠目し、直ぐにあまりにも彼らしい言葉に微笑を誘われる。そう、彼らの一生をかけた願いは、たった一つなのだ。彼女は微笑みを浮かべたまま、動き出した前の車を追ってギアをロウへと入れ替えた。
 
(年の瀬のご挨拶でした)
  満ちて欠ける月

「どうかされました?」
 ベッドから起き上がり足音も立てず窓辺に立つ男の背を見つめ、リザは眠い眼をこすりながらベッドに半身を起こす。深夜の寝室は冴え冴えとした空気に満たされていたが、彼の筋肉質の背中はそんな空気すら感じさせない程に凛とした力強さを称えている。
「満月なんだ」
「満月、ですか?」
「そう、そして月食なんだ」
 振り向いたロイの笑顔に誘われ、リザは毛布をクルリと身体に巻き付け自らも窓辺へと立つ。窓の外にはうっすらと左下の一部を欠けさせた真っ白な月が、眩しい程に夜空に浮かんでいる。
「年越しの夜に満月が重なり、しかも月食が重なるのは数百年振りらしい」
「神秘的ですね、何かの予兆でしょうか?」
 リザの言葉にロイは苦笑すると、彼女が身体に巻き付けた毛布ごと彼女を腕の中に抱きしめた。
「天体の運行に己が行く末を委ねるなどとは、君も意外にロマンチストだな」
「ですが、昔から吉兆を占うのに天文学は利用されて来ております」
「そんなものに運命を決められてたまるか」
 そう言った男の表情はリザの方からは伺う事は出来なかったが、それでも彼女にはロイがどんな顔をしているか手に取るように分かる気がした。
「ああ、そう言えば日付が変わっていたな。新年おめでとう、中尉。今年もよろしく頼む」
 リザは自分を抱く彼の手にそっと手を重ね了承の意を示し、小さくおめでとうございますと言葉を返したのだった。
 
(年始のご挨拶でした。2010年の元旦が月食で満月だったのは、本当です)
  軋む

 手を伸ばして触れた時に出来る隙間が恐くて。そう言って眉をしかめる君が哀しい。軍服で身を鎧い心を覆いその髪で目隠しをし風で唇を塞ぎ。それでもぎこちなくも凛と立つ君が哀しい。その背中その銃その言葉全てが凶器。そう見える自分が哀しい。この焔でこの抱擁でこの命令で君を傷つける。そんな莫迦な自分が哀しい。愛してる愛してる愛してる。それでも言い続ける二人が哀しい。愛してる愛してる愛してる。それでも言い続けるしかない二人が哀しい。
 
(SSSというよりは、散文)
  繋ぐ手

 ※子ロイチビリザ
 
 小さなマスタングが扉を開けると、気の早い冬の陽は山の端にその姿を隠そうとしていた。前夜振った雪が白く輝く地面を覆ったままなのは、今夜も冷える証拠なのだろう。
 紅葉の掌をこすり合わせ家路につこうとした彼は、不意に家の横にしゃがみ込む少女に気づき、小さく飛び上がった。この家の娘リザは、いつだって思いもかけない所に居て、いつもマスタングを吃驚させる。
 昼間マスタングと一緒に作った雪だるまの傍に、小さな団子のように丸まったリザは一心不乱に何かを作っている。
「何してるの? リザ」
 マスタングの言葉に振り向いたリザは、にぱっと嬉しそうに笑うと地面を指差す。
「ゆきだるま!」
 寒さに真っ赤に染まった指のさす先には、小さな雪だるまが幾つも並んでいる。
「いっぱい作ったんだね」
 そう言ったマスタングの横に、ちたちたと歩み寄ったリザはもう一度ニパッと笑った。
「ゆきだるまも、ひとりだとさみしいから」
 マスタングは、今出て来たばかりのホークアイ家の師匠の書斎の窓を見て、またリザを見て、もう一度雪だるまを見た。
「うん、そうだね」
 そう言ってマスタングは、ずっと雪だるまを作り続けて氷のように冷たいリザの手を握ると、その手が自分の手と同じ温度を取り戻すまで、じっと鮮やかに広がる夕焼け空の下、リザと二人で雪だるまを眺めていたのだった。
 
(何か出た)
 
 Coution!:ハボ→アイ→ロイですよ〜 
   ↓
   ↓
   ↓
   ↓
   ↓
  似た者同士

気づいていても、あの人は決して言わない。
「またサボりかしら、仕方がないわね」
あの男の行き先なんて、大概が女の所と決まっている。
「書類が片付かないと、困るのよね」
本当は、そんなことで困っているんじゃいないくせに、何でもない顔であの人はそんな風に言って苦笑する。
「私まで残業のとばっちりだわ」
帰りに一杯どうッスか? 俺の誘いをかわすあの人の手の中の書類が全部片付いている事を俺は知っている。
知っているけれど、俺には何も出来ない。
あの手を開く事が出来る男は、街の何処かで他の女と朝までしっぽり、だ。
 
「誘ってくれて、ありがとう」
そう言って笑ったあの人の喉が、溜め息にヒュウと鳴る。
俺はあの音を知っている。
戦場で喉を切り裂かれた人間の唇が、奏でる断末魔の音色。
 
煙草の煙を吐き出す俺の喉が、紫煙にヒュウと鳴る。
目の前の女の視線を得る事すら出来ない、情けない男の断末魔。
 
あの人も俺も、切り裂かれたのは喉笛じゃなくて、この心。
切り裂いたのは、一番大事な人。
妙なとこ似た者同士なんスよ、俺ら。知ってましたか? 
なんて言えるわけねーよな。
 
(何か出た)