if【case 05】

「まったく、ひどい報告書だな」
 ロイはそう言うと乱雑なサインを書き散らすと、エドワード・エルリックが提出したリオールでの偽の賢者の石を使った新興宗教詐欺の報告書を机の上に放り投げた。
 リザはクリップで留められた数枚の紙の束を丁寧に拾い上げると、セントラルに提出する他の書類と共に傍らのボックスにそれを置いた。リザ自身も目を通したそれは、確かに子供らしい拙い表現が目に付くものの、錬金術の研究に勤しむ彼らしく鋭い考察と簡潔な文章でまとめ上げられていて、文句を付ける程のこともないと彼女には思われた。
「しかし、大佐。彼の年齢から鑑みれば、この報告書も十分用を成しているかと」
「“用を成している”か。君も相変わらずキツいな」
 ロイの揶揄に、リザはきまりの悪い思いで口を噤んだ。確かに彼の言うとおり、リザ自身もエドワードのフォローをしているような口振りでありながら、そのような微妙な表現を使うしかないという評価を下しているのだ。
 そんなリザの様子を見ながら、ロイはニヤリと笑うと彼女が片づけたエドワードの報告書をつまみ上げ、指先でパンと弾いて見せた。
「さて、中尉。鋼のは今幾つだったかな?」
「確か、十五歳になるかならないか、だった筈ですが」
 リザは過去に提出したエドワードの身元調査の書類内容を思い出しながら、突然のロイの問いかけに答える。彼は彼女の答えに頷くと、更に質問を続けた。
「君は十五の時、何をしていた?」
士官学校に在籍しておりました」
「では、士官学校の一年次の課題レポートにこれを提出したら、担当教官からどんな評価が下ると思うかね」
 リザは彼の言わんとするところを悟り、納得の溜め息をこぼすと己の思うままを正直に答えた。
「……良くてCマイナス、でしょうね」
 エドワードの報告書は確かに理路整然と綴られてはいるが、あまりにも彼の主観が多く混じり過ぎている。教団を見るならば、その組織全体を見ねばならぬのに、彼は教祖コーネロのみにしか目が行っていない。信者を被害者とするならば幾つかのサンプルを取らねばならぬが、彼は一人の少女の目線でのみ物事を語っている。これでは、不公正と言われても仕方がない。
 ロイは、彼女の返答に頷くと、再び手の中の書類を放り投げ、机の上で指を組んだ。
「そういうことだ」
 リザは再びその書類を拾い上げると、元のボックスの中に収めた。ロイはそんな彼女の律儀な仕草を見ながら、言葉を続けた。
「良くも悪くも、奴は主観と思い入れが強すぎる。我々軍人に必要なのは、私情を挟まず客観的に物事を見る目だ」
「しかし、エドワード君は軍属ではありますが、軍人ではありません」
 リザのもっともな意見に、ロイは鼻白んだ表情でコツンと机の上に拳を当てる。そして、椅子に座ったまま頬杖をついて彼女を見上げ、つまらなさそうな口調でこう言った。
国家錬金術師はその資格を得た時点で、いつ戦場に駆り出されるか分からない義務を負うのだぞ? 戦場で私情を交えればどうなるか、君も私も知っている筈ではなかったかね。それこそ、奴の報告書にある少女のように、宗教にはまってもおかしくない、そんな世界が待っているあの状況を」
 当たり前のことを語るようなロイの表情の中に秘められた哀しみに思い至り、リザは少しだけ胸が締め付けられる思いがする。なんだかんだ言いながら、この男は少年の心が傷つく事を心配しているのだ。自分たちが身をもって知った痛み。それが繰り返される事を、彼は恐れている。
 レポートには恋人を失った少女の絶望、宗教に縋る弱さが少年らしい真っ直ぐな表現で記されていた。それに共感し、彼女が再び歩き出す道を拓いてやる魂の明るさ。それが汚される事を、ロイは望まぬのだろう。汚された魂は、時に取り返しのつかぬ道に落ちていく事がある。そう、ロイの言う通り、報告書の中のリオールの少女のように胡散臭い宗教にはまってしまうのも、その一例だ。人は弱った時、うっかりその手に触れるものに縋ってしまう事もあるのだ。
 リザはそんな道に陥る事なく、軍人として真っ当な道を歩んでいる今の自分の状況に感謝する。おそらく、ロイが傍らにいてくれたからこそ、リザは真っ直ぐ前を見続ける事が出来たのだ。そう思いながら、リザはボックスに入れたペーパーを纏めると、用意した封筒の中に入れて封を施した。決してロイ自身には伝える事のない感謝を胸の奥に同時に封じ、リザはふと思いついたかのようにロイに尋ねた。
「確かに仰る通りかもしれません。では、大佐。もしも仮にですよ? あの内乱の後、私が今回のような宗教に縋るような事があったなら、大佐はどうなさいましたか?」
 きっと彼なら彼女を頭から怒鳴りつけた後、理路整然と宗教の矛盾と非科学的さを解き、彼女自身にその無意味さを悟らせるのではないだろうか。彼女の問いは、ロイのエドワードへの心配を逸らそうと戯れに口にしたものであったが、リザはついその答えを真剣に予測してしまう。まさか放っておくなどと言われたら、流石に銃を抜いて威嚇してしまいそうだが。
 そんなリザの思惑を知ってか知らずか、ロイは思いもかけぬ返答を彼女に返して寄越した。
「なに、そんな莫迦なことがあるものか。何と言っても、私以上に君の心の拠り所になる存在など、この世に有り得る訳がないのだからね」
 そう言って、ロイはニヤニヤと笑った。リザは赤面して呆然と彼の前に立ち尽くす。
 この自意識過剰のバカ男の思考回路は、時々リザの想像もつかぬ方向へと羽ばたいていく。これを諌めるべきなのか、己の思考を読まれた事を恥ずべきなのか分からぬまま、リザは逃げるように、愛おし過ぎて憎らしい男に背を向けた。

Fin.
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【後書きのようなもの】
 11月スパークのペーパーの再録です。製作期間ほぼ一日、モノクロコピーのレアものです。(笑)
 久々に平和な頃の上司部下以上恋人未満な東方司令部の二人です。原作補完って、探せば結構まだあるんですよね、ネタ。あ〜、本当に原作好き過ぎます。
お気に召しましたなら。

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