SSS集 3

  突然の



 査察先を出ると外は雨。どうやら、空は天気予報の言う通りにはなってくれなかったらしい。車を停めた場所までは、少し距離がある。二人はシトシトと降る雨を見上げ、傘を持たぬ自分たちを省みて苦笑する。
「さて、どうしたものかな」
「私がこちらまでお車を回しますので、大佐はここでお待ち下さい」
 落下する雨粒を眺めながら呟くロイに、リザは当然のことのように即答し雨の中へ一歩を踏み出した。
「雨に濡れてキミに風邪でも引かれたら、私が困る」
 憮然とそう言い放ったロイはさっとリザと並ぶと、肩に羽織った黒いコートの胸元の部分を片手で掴み、フワリと鳥の羽根のように広げるとリザの頭上にかざした。
「君一人くらいなら、私も傘の代わりになれるのだがね」
 ロイの脇の下で母鳥に守られる雛のようにちょこりと雨を避ける形になったリザは、怒った顔でロイをにらみつける。
「大佐が濡れてしまわれては、本末転倒です」
 そう言った瞬間、リザはロイに手首を捕まれた。
「じゃあ、これが一番公平だ」
 そう言って笑って雨の中を走り出したロイに手を引かれ、リザは結局苦笑して彼と共に走る事でその提案を無言の内に受け入れたのだった。
 
(以上未満な感じで。梅雨なので、無能ではない雨のお話)
 
  無理強い

「リザ、いい加減観念しなさい」
「いやです! マスタングさん!」
「ほら、おいで」
「嫌です、離して下さい!」
「ダメだ、離さない」
マスタングさんがそんなことなさるなんて」
「なんと言われようと、私は止めないよ」
「父に言いつけますよ?」
「師匠の合意は得ている」
「嘘? そんな……」
「だから、リザ大人しくしなさい」
「いやです、離して! いやっ!」
「大丈夫、痛くないから」
「嘘……イヤです……」
「泣いても無駄だよ、リザ」
「うっっ、ヒックヒック」
 
 
 
「ほら、行くよ。歯医者!」
「イヤ〜、歯医者、いや〜!!」
 
(一度はやりたい定番ネタ。歯医者さんは子供の天敵と思う(歯医者でバイト経験あり))
 
  逆転現象

「大佐、いい加減に為さって下さい」
「だから、イヤだと言っている」
「早くいらして下さい!」
「嫌だ。離せ、中尉!」
「申し訳ありませが、お聞き入れする事は出来ません」
「君は上官命令が聞けないというのかね」
「なんと言われようと、無駄です」
「君の解任権は私にあるのだぞ?」
「解任なさるのでしたら、いつでもどうぞ」
「じょ、冗談だよな? リザ……」
「私が冗談を言うように見えますでしょうか」
「いや、それはそうだが、、、でも、イヤなものはイヤなんだ」
「子供じゃないんですから」
「まだ、大丈夫だ、ほら」
「足掻いても無駄です、大佐」
「頼む!リザ!」
 
 
 
 
「ほら、行きますよ。歯医者!」
「イヤだ、私は行かんぞ!!だからイヤだと……銃を抜くな!中尉!」
 ドンッ!
「すみません、、、行きます。。。」
 
(頂いた拍手コメントより暴走妄想。K様ありがとうございました)
 
  確信犯

「寝食を忘れて錬金術に打ち込む、などと言いますと如何にも真面目そうに聞こえますが、そんなもの自己管理のできない莫迦のすることです!」
 書斎で半ば脱水症状を起こしてフラフラしているロイに向かって、情け容赦のないリザの怒声が浴びせられる。
「……」
「聞こえません! はっきり仰って下さい」
「干からびる前に、必ず君が来てくれると思って」
 ふにゃりと笑って言うロイに、リザはさらに怒りを露わにする。
「私が来なかったら、どうなさるおつもりだったのですか!」
「だって、君、今ここにいるじゃないか」
 そう言ってリザに相対する男の如何にも確信犯めいた笑顔はあまりにも幼いもので、リザは思わず少年の頃の男の姿を思い出し、それ以上の怒りの吐き出し口を見つけられなくなってしまう。
「とりあえず、これでも食べていらして下さい」
 わざと怒った顔のままリザが手に持ったデリの袋から洋梨を手渡せば、ロイはそれを宝物のように両手で持ち、嬉しそうにシャツにぽとぽとと果汁を滴らせながら甘い果実にむしゃぶりついた。
 時折この男が見せるこういった子供染みた仕草に、リザは思わず微笑みそうになる。しかし、ここで笑っては負けだと思い直し、彼女は口をへの字に曲げて腕まくりをすると、食事の用意をするために台所へと向かった。
 
(無意識にリザに甘えるロイと、何だかんだ言ってロイには甘いリザが好き)
 
  昼間の顔

 書類を片付けているはずの大佐の執務室に入ると、妙な静けさが立ちこめている。そっと近づけば、案の定、黒髪の上官は気持ち良さそうに船をこいでいた。天気の良い冬の午後、陽当たりの良い執務室の窓辺のこの席は昼寝にはもってこいの特等席なのだ。
 全く、仕方のない人。
 そう思いながら、私はそっと持ってきた書類を机の端に置いた。午前中、私が置いていった書類はまだ半分しか片付いてない。まぁ、逃げ出していないだけマシだと思うしかないだろう。
 私の近寄る気配にも気付かず、口を半分開けて間抜けな顔で眠る彼の顔は平和そのものだ。そこには悪夢にうなされ、深夜に飛び起きる彼の内なる闇を微塵も感じる事はない。昨夜だって、私は眠ったふりをしながら背中で彼の慟哭を聞いていたというのに、昼間の彼は決してそれを表に出す事はない。
 もう少し寝かせておいてあげたいと心は騒ぐが、私はそれを黙殺する。そう、ここは職場で、私は彼の副官なのだから。
 そう自分に言い聞かせ、私はホルスターから愛用のリボルバーを取り出した。
 
(ストイックなオンとオフの切り替え)