overstimulation

overstimulation:【名】過剰刺激
 
不意にぞんざいな男の手が、彼女のおとがいを掴んだ。
あと思う間もなく、乱暴に唇が奪われる。
唇越しに歯と歯がぶつかり痛みを覚えるような口付けに、リザは一瞬呆気にとられ、そしてロイの手を振り払うとギッと強い瞳で彼を睨みつけた。
ロイは怒った顔のまま、弾みで切れた唇の端から血を滲ませ、
「君がそんな顔をするからだ」
と吐き捨てるように言い、彼女の視線を真っ正面から受け止める。
莫迦じゃないんですか? そんなことで絆されるとでもお思いでしたら大間違いです」
リザは先刻までロイを攻撃していたのと同じ口調で冷たい言葉を投げ返し、再び臨戦態勢に入る。
口論の真っ最中に落とされた口付けは彼らの間で宙ぶらりんになり、刺々しい言葉の狭間でフラフラと行き場をなくして揺れていた。
 
きっかけは、いつも些細なことなのだ。
同じ職場で同じ業務に携わる事が多ければ、必然的に同時に面倒な案件や嫌な業務にぶつかる可能性も高くなる。
そうなると互いが同時に不機嫌になり、帰宅後にくだらない事が喧嘩に発展することも珍しい事ではない。
今だって彼らは酷い顔をして互いに罵りあっているのだけれど、既にこの時点で、自分たちがなぜ喧嘩を始めたのかなんて事すら分からなくなってしまっている。
うっかり漏らしたリザのイヤミが彼の癇に障ったのか。
疲れたロイの横着が彼女の気に食わなかったのか。
体は綿のように疲れ果て、心は安息を求めているというのに、彼らはとるに足らない事柄のせいで仇敵と相対したかのように睨み合い、互いを傷つけあっている。
四六時中共にいることの弊害か、とリザは溜め息をつき、錐のように尖った彼の言葉に応戦するべく身構えていた。
ロイは唇を歪め、理路整然とリザの非を責め立てる。
ああ、こういう時、理詰めの思考回路を持つ男は本当に面倒だ。
そう思ったところで、リザは突然の殴るような勢いの口付けに襲われたのだった。
 
睨み合う視界の端に、じわじわと男の唇に滲む鮮血が映る。
ああ、痛そうだ。リザは思う。
あれに噛みついたらひょっとしたらこの鬱憤も晴れるだろうか、そう考えるリザの耳にロイの声が響いた。
「大体君はいつもそうなんだ。酷い憎まれ口をたたくクセに、自分の吐いた言葉に自分で傷ついたような顔をする」
「そんなことはありません」
「私が何年君の顔を見続けてきたと思っているのだね。君はポーカーフェイスのつもりでも、その裏に透ける感情くらい流石に分かるつもりだが」
そんな言葉でリザの逃げ道を塞ぐロイに腹が立ち、リザはさっきの空想を実行に移すことを決める。
リザはガッと両手を伸ばすと、男にしては丸みを帯びたロイの頬を挟み込み、自分の方へと乱雑に引き寄せた。
 
ガブリと噛みつくように下唇を食み、傷口を舌で抉れば、錆びた鉄の味と共に痛みに呻くロイの吐息が口腔に苦い味を残す。
わずかな罪悪感がチクリと胸を刺した刹那、彼の大きな手がリザの後頭部を捕まえた。
彼女の小さな頭蓋骨を易々とその片手に納め、ロイはもう片方の手で彼女の腰を捕らえる。
身動きできぬリザの上唇を噛みつかれた下唇と上の歯とで挟み込んだロイは、お返しのように彼女の唇に牙をたてる。
鈍い痛みと目の前で揺れる黒い瞳に挑発され、リザは唇を解いて捕らえられた肉体の自由を取り戻そうと、両手でロイの胸を突っ張った。
が、努力は空しく彼女の唇は捕らえたまま、歯の後ろに潜んでいた男の舌にベロリと舐めあげられる。
ビクともせぬ胸板に爪を立てれば、腰を掴んでいた彼の手が彼女の両手首を束縛する。
体格差に物を言わせるロイに腹が立ち、リザは己の口中に忍び込む男の舌に歯をたてた。
勿論、食いちぎらぬよう細心の注意を込めて威嚇の意志を見せれば、逆に唇を甘く舐られリザの牙は鈍った。
その隙を突いて狡猾な甘い生き物は、ぬるりとリザの内へと入り込む。
リザは思わず、瞳を閉じた。
 
ゆっくりと彼女の真珠の粒のような歯を一つずつ確かめながら奥まで侵入した舌先は、彼女の舌にまとわりつき、舌根を探る。
先端を尖らせ探るように、ダラリと平たく舐めるように。
口蓋をくまなく征服するかのように、ゆったりと粘膜を刺激するロイの動きは、まるでいつもの彼の指の動きのようだ。
大きく口を開かせられ男の唾液を注がれ、リザは咽せそうになりながら彼女を探るロイの動きに翻弄される自分に苛立つ。
口腔内を蹂躙するロイの身勝手さに対抗し、リザは己の舌で彼の舌を迎え討った。
なよやかに蠢く彼女を受け止め、ロイは自分の内へとリザを誘う。
ピチャリと滴る唾液を口角から溢れさせながら、男の粘膜にその舌先で触れたリザは、その熱に絡め取られる己を感じた。
僅かに血の味の残る口中は、リザの舌を優しく包み込み奥へ奥へと引き込んでいく。
やわやわと彼女の舌をロイの舌が撫で、ゆるゆる熱い粘膜が迫る。
舌と舌が絡み合うほどに、リザの内なる怒りは別の衝動に置き換わる。
いつしかロイの両手はその胸の中に彼女をかき抱き、艶めかしく動く男の舌はそれ自体が意志を持つかのように、彼女の歯列を割り緩やかに動く。
根本から痛いほどに吸い上げられる舌は彼女に捕食されるが如き錯覚を抱かせ、リザが思わず身を捩れば微かな銀糸の軌跡を引き、ようよう二人の唇は離れ彼らは荒い息をつく。
 
沈黙が場を満たし、二人は見つめあったまま立ち尽くす。
二人は相変わらずニコリともせず、やがてロイが口を開いた。
「さて……我々は何を理由にいがみ合っていたのだったかな」
「さぁ、申し訳ありませんが、思い出しかねます」
リザは、自分の顎を伝うどちらものとも知れぬ体液を掌で拭いながら答える。
再びの沈黙が落ちた。
ロイは少し考える素振りを見せた後、再び、しかし今度は柔らかに両手で彼女の頤を包み込むと、そっと触れるだけの口付けを落とした。
目を見開いたままロイの口付けを受けたリザに、彼は囁くように言う。
「争うより、この方がずっと良い気がするのだが」
ロイの言葉にリザはしばし黙り込んだ。
そして、おずおずと彼の頬に手を伸ばし、チロリと舌を出し彼の唇の端の傷を舐めた。
じっと彼女の行動を見つめるロイの視線を受け、リザは小さな声で言う。
「確かに、大佐の仰る通りかと」
 
戸惑うように互いの手が互いを求めて伸ばされた。
熱を持った二人の唇と唇が幾度となく重なり合う。
夜の静寂に響く甘い水音を立て、彼らは互いを貪るようにその甘い舌を絡めあった。
 
猫の爪のような細い月は未だ中天にあり、夜を最初からやり直す時間はまだ十分ある事を告げている。
 
Fin.
 
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【後書きのようなもの】
 最初から最後までずっとキスしてるSSが書いてみたかったのですが。。。玉砕したかも。こんなんなら、普通に別館書いてる方が楽です。ああ、自分で自分の首締めた気が。
 
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