Feast Opera

「あ〜。疲れた、疲れた」
「まったくだ」
「ホントに超過勤務手当、出ますかね?」
「ま、大佐の事ですから、言った事はやって下さるでしょう」
早々に控え室を退散した男達は、口々に好き勝手を喋りながら劇場の廊下を歩いて行く。
元々緩めていた襟元のタイを引き抜いたブレダが、呆れた口調で言った。
「しかし懲りねーなぁ、あの人らも」
「まったくです。毎回アテられるこっちの身にもなって欲しい」
返すファルマンの言葉に皆が苦笑する。
 
かたや“イシュヴァールの英雄”と呼ばれ、出世街道をひた走る切れ者国家錬金術師
かたやクールビューティーでありながら、“鷹の目”の異名を誇る凄腕のスナイパー。
二人揃えば泣く子も黙る東部殲滅戦の功労者たちが、しばしばバカバカしいにも程がある子供じみた喧嘩を繰り広げている事を世間は知らない。
自分たちの前でだけ時折見せる彼らの素の表情はどうにも微笑ましくありながらも、何時とばっちりが来るか分からない危険性を伴い、彼らはいつの間にか絶妙のタイミングでそれをかわす術を身につけていた。
 
「しかし、少尉。さっきのあれは素晴らしい判断でした」
「全くです、あそこで中尉が上衣を脱がれていらっしゃったら、ねぇ」
ブルリと身震いしてみせるフュリーに、ファルマンが肩を竦めて同意を示す。
「俺だって命は惜しいからな。中尉って、ホント自覚ねぇから怖いよな〜」
「あんなスレンダーなドレスが似合われるのに、あの大胆さですからね。目のやり場に困ります」
「まったく困ったもんだ。きっと階段駆け上がりながら“スカート邪魔!”つってビリビリやったに違いないぜ」
あまりに容易く想像出来るそのシーンに、彼らは笑って足早に階段を降りる。
 
「ハイヒールも“機動性に乏しい”なんて脱いでらっしゃるかと思ったのですが、意外でした」
ファルマンの疑問に、フュリーが笑いながら答える。
「あれは中尉にとっては武器らしいですよ。さっきの大捕り物、見物だったんですから」
「なんだよ、それ? 曹長、ちょ詳しく話せよ」
食いつきの良いハボックにB扉前でのリザの捕り物をフュリーが掻い摘んで話すと、全員が爆笑した。
「すげー! 中尉。女王様みてーだ!」
ゲラゲラ笑うブレダに、いかにも真面目な顔を作ったフュリーがしみじみと言う。
「いや〜、ヒールを履かれた中尉には絶対近寄らないでおこうと思いましたね」
「でも、ちょっと踏まれてみたいかもな〜」
「止めて下さいよ、少尉。折角窮地を脱したのに、大佐の焔の嵐を呼ぶ気ですか」
ふざけるハボックへのファルマンのもっともなツッコミに、周囲から賛同の声が上がる。
「全くだ、大佐がま〜た発火布片手にぶっ飛んで来て、お前ケシズミ確定だ」
「確かに」
レダに力任せに小突かれて、よろめいたハボックは悪びれずにゲラゲラと笑った。
「それは遠慮しときてぇな」
「でまぁ、そうなったらなったで、また大佐の行動の理由が分からない中尉が怒り出すだろうし」
「くわばら、くわばら」
上官達の行動パターンを読んで、彼らは溜め息混じりの苦笑を漏らす。
「何とかなんネェかな、あの人ら」
「ならんだろ」
「少なくとも今の状況では、ね」
悟った様なファルマンの言葉に、薄い沈黙が彼らの上に訪れる。
 
上官たちの過去に何があったかを、彼らは知らない。
しかし普段から傍で見ていれば、莫迦でもない限り自ずと伝わるものはある。
そして、残念ながらチーム・マスタングの面々は莫迦でないどころか、妙な所で優秀に過ぎるのだ。
少なくとも、彼らが男と女の顔を晒す場面を見ないフリをしてやる程度には。
 
「あーあ、たまんねぇな。この国の行く末と上官二人の将来が俺らの双肩にかかっているとはな」
重苦しい雰囲気を払い除けるべく、冗談めかして伸びをしたブレダは外したネクタイを振り回し、貸衣裳屋の扉に手をかける。
「超過勤務手当をアテに飲みにでも行きますか」
「こんな時間から開いてる店ありますかね?」
「なきゃ探せば良いだけさ。今日は乾杯で打ち上げにゃ」
次々とドアの中に消えていく彼らのしんがりを務めるハボックが軽い口調で答える。
 
「何に乾杯する?」
「勿論、優秀な俺たちに」
「それから、作戦の成功に」
「ついでに、手のかかる上官殿に」
「よし、じゃあ行くか」
そんな言葉と共に、パタリと貸衣裳屋のドアは閉じられた。
後に残ったのは遠ざかる談笑の声と足音の響き、そして控え室に残る二人の囁き交わす声だった。
 
     *
 
弾丸歌劇は終幕す、夜の帳が下りると共に。
そして宴の幕が開く、4人の男と2人の男女それぞれの夜の幕が開く。
 
Fin.
 
 ********************
【後書きの様なもの】
最後までタイトルに韻を踏み続けてみるシリーズでした。満足。
 
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