17.国家錬金術師【02.Side Roy 〜想い〜】中編

【Caution!】
超未来捏造話です。苦手な方はお避け下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
冬の冷気をはらんだあの日の空は、恐ろしい程に澄み渡っていた。
 
あの日、私が一人で裁きを受ける話をした時、彼女は憤りを露わにして抗議し、そして、いつまでもいつまでも泣き続けた。
それはそれは静かに、人間がこれほど泣けるものかと驚くほどに。
私は彼女の強さを過大評価していたのだろうか?それとも、彼女の愛情を過小評価していたのだろうか?
泣かせてしまう事は覚悟していたが、これほどまでとは。
私は彼女が泣き止むまで、ただただ吸い込まれそうな空の青を眺めていた。
でないと彼女の想いの深さに、自分まで涙の渦に引き込まれてしまいそうだった。
 
彼女も私も譲れぬ互いの想いは、どちらも痛いほどに分かっていた。
そして最終的に、どちらが折れねばならないのかも。
私の我が儘を押し付けてしまうことは本当にすまないと思っていたが、彼女が泣こうが喚こうが私は全てを賭けてでも彼女を守る決意をしていた。
そして彼女には、それを諦めて受け入れるのではなく、納得して受け入れて欲しかった。
そのために私は、言葉を尽くして彼女に自分の想いを語るつもりでいた。
彼女との間にどんな形でも、未練を残したくはない。
 
本当は嘘を並べて愛想を尽かしてもらうとか、嫌われるように仕向けて未練を残させないようにするとか、彼女を苦しませないようにする方法は色々あるのだ。
女あしらいに慣れた私には、どれも手慣れた女への優しさの表現だったが、彼女にはそうはしたくなかった。
例え苦しめようが彼女に対してだけは、誠実でありたかった。
 
ようやく涙を止めた彼女は、少し落ち着きを取り戻したように見える。
私は彼女に頼み事をする形で、溢れそうになる想いを、ゆっくり噛み締めて言葉に変えた。
 
「まず一つ、私の後は追うな。生きて私の代わりに、この国の行く末を見届けて欲しい」
 
私がそう言った瞬間、再び彼女の両の瞳から涙が零れ落ちた。
後から後から流れ落ちる水滴がキラキラと空の青に染まり、まるで宝石のようだ。
こんな私の為に流されるなんて、勿体無いくらいに綺麗だ。
ああ、もう参ったな。君に泣かれると私は平静を保てなくなる。
 
私は彼女を抱き締めたくなる衝動を必死に押さえ、彼女の髪を撫でた。
「リザ、良いか?我々は別々の道を歩くわけではない。ただ同じ道を先に行くか、後を行くか、それだけのことだと考えればいい」
腑に落ちぬといった顔の彼女の頬を伝う涙を、私は指先ですくいとる。
「人は生き、必ず死ぬ。順当に寿命を全うしたとしても、君より先に生まれた分、私は君より先に死ぬ。そうだろう?」
聡明な瞳は、私の言わんとしている所を早くも理解したらしい。
少し怒った表情すら愛おしい、私は彼女の頬を撫でる。
 
私はなるべく気負わぬ風情で、彼女に向かって笑ってみせた。
「私が少々せっかちで、少しばかり早く歩き過ぎただけだ。君は後からゆっくり来てくれればいい。そのついでに、私がやり残した事をフォローしてきてくれると有り難い」
「そんなの、詭弁です」
涙声の抗議を、私は笑って受け流す。
「ああ、そうかもしれない。でも、一つ考え方として、あながち悪くないと思うのだがね」
 
それは、共に歩くことが出来なくても、彼女に私の“背中”を任せる方法。
空間軸での不可能を、時間軸に変換することで可能に変えてやれば良い。
「一緒にいきたいと思う気持ちは私も同じだ、リザ。私だって人間だ、死にたくはないさ」
ああ、参ったな。彼女の泣き顔を見ていると、言うまいと思っていた弱音がうっかり零れてしまう。
軌道修正しなくては。
私は何気ない風を装って、話を戻した。
「それでも、君が私の歩いた跡を見届けてきてくれるなら、私は安心して先に行ける。そう思ってくれないか」
 
リザは泣きすぎて腫れた目元を細い指先で押さえ、黙って私の言葉を飲み込んでいる。
彼女は必死に涙を止めようとしているらしい。
零れ落ちるままだった涙を拭い、力を込めた唇が震えているのが目に入ってくる。
 
「そこで2つ目の頼み事だ。先刻言ったように、私は天涯孤独の身だ。だから、私の最後の身元引受人になってもらえないだろうか?面倒なら国営の共同墓地に放り込んでくれて構わないし、君さえ嫌でなければ師匠の横に並べてもらってもいい」
出来れば君の隣に、とは流石に言えないか。
まぁ、言っているも同然なのだけれど。
私は泪を拭う彼女のタイミングを見計らい、真っ直ぐに彼女の瞳に視線を落とす。
「私は先にいって必ず君を待っている。だから、君には最後に私の帰る場所になって欲しい」
 
これは掛け値無しの、私の本音、彼女への想い。
1つ目の願いと重ねての保険、彼女が私の後を追わない為の枷であると同時に、私自身を鼓舞する麻薬。
死んだら彼女の元に戻れる、そう思えば幾ばくかの救いも得られるかもしれない。
こくりと、彼女の頭が頷いてくれた気がした。
「ただし、君が他に幸せを見つけたなら、この願いは反故にしてくれて構わない」
少し俯いたままの彼女の頭が、激しく左右に振られる。
 
そうして彼女はゆっくりと顔を上げた。
大きく目を見開いて、ゆっくりと息を吸い、彼女の唇が微かに動いた。
私は言葉を止め、彼女の言葉を待つ。
意志の力で涙を止めた彼女の唇から、掠れた声がそっと漏れる。
 
「取り乱してしまって、申し訳ありませんでした」
彼女はそう言って、微かに微かに笑ってみせた。
ああ、やっぱり弱音なんか欠片でも吐くんじゃなかった。
彼女はどんな小さな私の信号でも受け止めてしまう、優秀な優秀な副官だったのだった。
私の恐怖を受け止めて、私の決意を受け止めて、彼女は無理矢理に笑ってくれている。
 
本当に参ったな、困ったほどに優秀な君には。
困ったほどに良い女の君には。
 
さっきまであれほど泣いていたくせに、私の為に無理にでも笑ってくれる彼女の存在に私は救われる。
本当に良い女だ、私には勿体無いくらいの。
だから、私はここまで来られたのだ。
本当に今更、思い知らせてくれるな。
ああ、参ったな。
 
きっと私は少し取り乱している。
きっと、少し情けない表情を晒してしまっている。
すまない、もっと格好良くいきたかったのだけれどな。
 
そう思っているのもバレているだろうか、彼女ははっきりと笑ってみせた。
腫れ上がった真っ赤な目で、涙の後のいく筋も残る顔で。
そうしていつもの澄んだ声で言ってくれるのだ。
「承りました」
 
その笑顔にどれほど私が救われるのか、君は分かっているのだろうか。
ただ一度の微笑みに こんなに勇気を貰うとは。
私は3つ目の願いを口にするのも忘れ、ただ鮮やかな彼女の微笑みに見惚れてしまった。
 
 
  
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
すみません、構成上【02.Side Roy】は3つに分けるしかなくって。
 
ロイだって人間です。死ぬのが恐くない人間なんていません。
それでも彼は、自分が国家錬金術師であり大総統であったという生き方を選んだ時点で、あえて自分の運命を選んだ。
その意志の強さも、人間としての尊厳も、支えてくれる唯一人の存在があったからこそ、そう思いたいのです。
 
ロイの言葉「一緒にいきたい」は、「一緒に行きたい」であり「一緒に生きたい」であり「一緒に逝きたい」でもあるので、どうしても変換出来ませんでした。
皆様のお好きな言葉に変換してやって下さい。
 
心の糧です、よろしければ。

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