if【case 02】

if【case 02】:もしも、リザの寝起きが非常に悪かったならば
 
     *
 
「中尉、朝だ。起きたまえ」
ロイは寝室のカーテンを勢いよく開ける。
低く差し込む朝の太陽が眩しく部屋の中を照らし、白いシーツを眩くきらめかせる。
名を呼ばれた主は目映い光を避け、もそもそとシーツと毛布の間に潜り込んでいる。
 
ロイは少し困った様な、しかし弛んだ表情でワイシャツの袖のカフスを留めながら、つかつかとベッドに歩み寄った。
ギシ
片手をベッドについたロイは、もう片方の手を丸く盛り上がったシーツの塊に添えて軽く揺さぶる。
「中尉、遅刻するぞ」
「ン……あと五分……」
ロイの手を逃れるように、ころりとリザは転がってベッドの端へと逃げて行く。
 
私の部屋に泊まらない時、彼女はどうやって一人で起きているのだろう?
これだけ寝起きが悪いくせに無遅刻無欠勤を誇るリザを不思議に思いながら、ロイはベッドをぐるりと一周して逆サイドに回り込む。
彼女がこの部屋に泊まるようになってから買ったこのキングサイズのベッドは、ロイの部屋の唯一の大きな、そして最も贅沢な家具だった。
さすがに大き過ぎたかと思いつつ、ロイは今度はベッドの上に腰掛けて、シーツごとリザの身体を片手で抱え込むように捉まえて、彼女を逃げ場のないように封じ込める。
 
「リザ、いい加減に起きないとだな」
「……起きないと……なんですか?」
不機嫌そうな声が毛布の下からぼそぼそと返事をする。
「遅刻する、と先刻から言っているだろう」
「まだ、大丈夫です……あと十分……」
何だ? さっきより時間が増えているぞ。
ロイは苦笑して、リザの頭と思しき場所に顔を寄せてふざけて囁く。
 
「起きないと襲うぞ?」
「……朝からお元気でいらっしゃいますね、大佐」
寝惚けたリザの的外れな返事に、ロイは小さく吹き出した。
まぁ、流石に三十路になったとはいえそのくらいの甲斐性はあるし、襲ってくれと言われれば喜んでそうさせてもらうが、流石に自分とリザが揃って遅刻する訳にはいくまい。
それに、はっきり目を覚ました時の彼女に蜂の巣にされるであろう事は、火を見るよりも明らかだ。
ロイだってまだ命は惜しい。
 
そんな莫迦なことを考えながら、ロイは少し甘い声を作って言った。
「キスするぞ?」
「……起きてもなさるでしょう?」
「それもそうだ」
意外にまともな返事だな。
ロイは腹を抱えてクツクツと笑う。
 
覚醒と睡眠の狭間にいる時のリザは、ロイの言葉に夢現に寝言の様な返事をしてくる。
しかも、本人は自分が寝ぼけて言った事をあまり覚えていないらしい。
リザと同衾するようになった最初の頃は、実はリザは起きていてからかわれているものと思ったものだった。
少しムッとして毛布を剥ぐと、何とも愛らしい寝顔を見せる彼女がいて驚いたものである。
ふと、子供の頃からリザは朝は弱かった記憶が、朧気ながら甦った。
 
今度は上官モードでいってみるか。
緩んで仕方ない頬を無理やり引き締め、ロイは硬い声音で言ってみる。
「中尉、君が起きてくれないと私の今日の仕事はどうなるのかね」
「脅迫、ですか?」
いや、そんな強い言葉を使わなくてもだな……
それに昨日のうちに君が段取りしておいてくれているから、多少遅刻されてもさほどは困らないのだが……
ロイは笑いながら足を組み替え、更に深くリザの上にかがみ込む。
 
「起きないとサボるぞ」
「却下、します」
 
「くすぐってやろうか」
「……ヤ! です」
 
「朝食を取る時間がなくなるぞ?」
「……軍人たるもの、一食くらい抜いても死にません」
 
「あんなコトやこんなコト、しても良いのか?」
「抽象的に過ぎます、具体例をお願い致します」
 
ああ、本当に可愛いなぁ。
ロイはクルクルと毛布に包まったリザの塊を見ながら思う。
このまま寝かせておいてやりたいのは山々だが、流石にそういう訳にもいくまい。
ロイはズボンのポケットから銀時計を取り出して、時間を確認した。
 
そろそろ本気で起こすとするか。
コホンと小さく咳払いをしてロイは声の調子を整える。
そして、ふわりとリザの毛布を剥ぐと彼女の耳元に直にピタリと唇を付け、極上の甘い声を注ぎ込んだ。
 
「私の可愛い子猫ちゃん、いい加減起きてくれないかね。でないと、私は腹が減って朝食の代わりに君を食べてしまいそうだ」
 
歯が浮きそうな台詞と共に、耳にフゥッと熱い吐息を送り込んでやれば、リザは真っ赤な顔をして激しい勢いで飛び起きた。
「ひゃっ!」
あまりに分かりやすい反応にゲラゲラ笑いながら、ロイはリザを抱き寄せる。
 
「おはよう、中尉。漸くお目覚めかね」
そう言って目覚めのキスを交わせば、リザは赤くなった頬を押さえながらロイにクレームをつける。
「どうして普通に起こして下さらないのですか!」
「起こしたさ」
リザ自身、自分の寝起きの悪さには自覚があるらしく、ロイの言葉に黙り込み、ぼそりと言った。
「……心臓に悪いです」
「遅刻するより良いだろう?」
恨めしそうなリザの頬を指でつつき、ロイはベッドから立ち上がった。
 
うんと伸びをしてベッドの上に起き上がったリザに、ロイは先刻留め損なったもう片方の袖のカフスを留めながら言う。
「珈琲は淹れておいた。今朝はフレンチが良いな」
「フレンチ・トーストですか」
フレンチ・キスでも構わんが」
気障にウィンクをしながらふざけるロイに、リザは頬を脹らませ、黙って手元の枕を投げてくる。
ロイは器用にヒョイとそれを片手で受け止め、『寝ぼけた時の彼女に同じことを言ったなら、どんな返事が返ってくるだろう?』と一人考え、笑ってリザに枕を投げ返した。
 
 
Fin.
 
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【後書きの様なもの】
 良い夫婦の日SS、ですがっ! 甘い! 甘すぎる!(苦笑)
 鋼の世界に「フレンチ」という言葉はない筈ですが、その辺は目を瞑ってやって下さい。リザさんが寝起きが悪いのは、ロイの傍だと安心して熟睡してしまうから、ということで。嗚呼、やっぱり甘いな。
 あ、言うまでもありませんが、大川ボイスで読んで下さいませ。(笑)
 こんな甘くて眠い話ばっかり書いてしまうのは、私が眠くて疲れて糖分を欲しているせいでしょう。年末は忙しいですね、私は仕事と今月のネタバレを避けるのとで色々大変です。(笑)皆様体調にはお気をつけて下さいね!
 
 お気に召しましたなら、お願い致します。元気の素です!

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