cigar brown

多分、気のせいではないだろう。
マスタングは、ここ暫く感じていた疑念を確信に変えた。
 
明らかに、自分はリザに避けられている。
 
認めたくないが、間違いない。
週末だけの居候としては、この家の“主婦”の機嫌を損ねるような事はしないようにしてきたつもりなのだが、何がいけなかったのだろう。
マスタングは自問する。
 
せっかくベッドメイクしてくれた寝床に見向きもせず、毎度デスクに突っ伏して寝ているからだろうか?
錬金術に夢中になって、食事の時間を守らないからか?
この前リザが風邪を引いた時に、首根っこをひっ掴んで無理やりベッドに連行したせいか?
それとも、アーモンドの花の頃に庭で追いかけっこをして、洗い立てのシーツに引っかかって洗濯物を台無しにしてしまったのが悪かったか?
寝過ごして朝食が遅くなって片付かないと、よく叱られているが、そのせいだろうか?
 
いろいろと原因を考えるうちに、マスタングは我ながらあまりの情けなさに、頭が痛くなってくる。
しかし、これからも世話になるであろうリザに嫌われては困ってしまう。
何だろう、他にどんな原因が考えられるだろう。
いや、有りすぎて困っているのだが。しかし、どれも今に始まった話ではない。
マスタングは首をひねる。
 
なんとなく避けられているように感じ始めたのは、先月末辺りからだ。
その頃に何があっただろう。
記憶の引き出しを漁りながら、マスタングは頭の中のカレンダーをめくる。
 
先月。
そう言えば、先月頭にヒューズと旅行に行った土産を渡した時に、羨ましがるリザに自分はこう言ったのだった。
「旅行は無理だけど、近くなら遊びに連れて行ってあげるよ」
そう約束して、ひと月半経った今でもその約束を実行出来ないでいる。
ひょっとして、そのせいか!?
いや、きっとそうに違いない!
時期も合うし、素直じゃないリザなら、言い出しかねて不機嫌になっていても不思議ではない。
 
そうと分かれば善は急げ、だ。
マスタングは急いで階段を駆け下りると、リザの元へと向かう。
案の定、リザはマスタングの予想通り台所で昼食の準備をしている。
 
「やぁ、リザ! 今日の午後は空いているかい?」
「はい、特に予定はありませんが……」
満面の笑顔で話しかけるマスタングに、露骨に厭な顔をしながらリザが答えた。
「随分経ってしまったが、先月の約束を果たそうかと思ってね」
めげずに話を続けるマスタングに、リザは怪訝そうな顔で聞き返す。
「約束、ですか? 一体何の話でしょう」
 
「え!?」
当ての外れたマスタングは拍子抜けして、リザの方へと近寄った。
「いや、どこかへ遊びに連れて行ってあげようと……」
「そのお話でしたら、結構です」
マスタングから逃げるように一歩後退し、リザは素気ない返事をする。
あまりのつれなさにショックを受けるマスタングに、リザは追い討ちをかける。
 
「申し訳ありませんが、それ以上近づかないでいただけますでしょうか」
「何だ、私がいったい何をしたと言うんだ!」
理不尽に思えるリザの仕打ちに逆切れのように叫ぶマスタングを、冷ややかな目で見つめリザはきっぱりと言い放つ。
 
「だって、マスタングさん、臭いんですもの!」
 
あまりと言えばあまりの言葉に、マスタングは真っ白になってしまう。
 
臭い。
臭いというのは、悪臭がするということか。
加齢臭にはまだ早すぎるはずだ、十代の加齢臭など聞いたことがない。
若年臭などというものは、更にあり得るはずがない。
わきがか、わきがなのか。
 
ぐるぐると訳の分からない言葉が頭を回っているマスタングを怒った様な顔で見つめ、リザは言葉を続けた。
「隠していらっしゃるおつもりかもしれませんが、分かっているんですよ」
「なにがだね」
情けない思いで聞き返すマスタングに、リザはぴしゃりと言ってのける。
「お煙草、吸ってらっしゃるでしょう」
「へ?」
 
間抜けな声を漏らすマスタングに向かって、腰に手を当てたリザは立て板に水の勢いで話しだす。
「先月から申し上げようかどうしようか迷っていたのですが、この際ですからハッキリ申し上げます。マスタングさんはまだ喫煙年齢に達していらっしゃらないはずですよね。それに、煙草の匂いって髪やお洋服に染み付いてとっても臭いんです。個人の自由とおっしゃられるかもしれませんが、一緒に過ごす者のことも考えてください!」
 
リザに言われて、マスタングはハタと思い至る。
そう言えばヒューズと旅行に行った時に興味本位で煙草を覚えたのだった。
そう頻繁に吸う訳ではないし、ホークアイ家では決して吸ったことはなかったが、バレていたのか。
吸わない人間は煙草の匂いに敏感だと言う。
コレがリザに避けられていた理由だったというわけか。
意外な結末に、マスタングは拍子抜けする。
 
元々たいして美味しいと思うわけでもなく、好奇心で吸ったもののせいで、リザに嫌われてしまってはたまったものではない。
原因が分かってスッキリしたマスタングは、晴れ晴れとした顔でリザに答えた。
「すまなかった。今後一切煙草は吸わない。だから、午後から何処かへ出かけないかい?お詫びにリザの好きな所へ連れて行ってあげるよ」
「……少し、考えさせてください」
素直なマスタングの謝罪に気を良くしたらしいリザは、それでも簡単に許してはくれないらしい。
マスタングはリザの喜びそうな外出先を考えて、脳細胞をフル回転させる。
 
お姫様のご機嫌を直すのは、なかなかに難しいことのようだ。
そう考えて、マスタングは苦笑を漏らしたのだった。
 
  
 
Fin.
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【後書きの様なもの】
萌え 噴・出(笑)
 
いやぁ、20巻参りました。
なんか妄想が色々と、たまんないです。
アニメ新作も嬉しいニュースですね!
 
とりあえず、「ガキの頃を思い出して一本……」より一作。
リザに嫌われるから煙草は吸わないんだ、な大佐妄想。
若ロイ仔リザネタになるとは思いませんでしたが、楽しいです。うふふ。
 
偶然ですが、煙草ネタが続きましたね。
次回はリクに戻りますので。