眠り姫の行方

昔々、ある国に美しいお姫様がおられました。
お姫様は皆に愛され何不自由なく成長していましたが、お姫様の両親は大変な心配ごとを抱えていました。
なんと、お姫様はお生まれになった時に、悪い妖精に恐ろしい呪いをかけられていたのです。
 
「お姫様は20歳になるまでに錘で指を突いて、100年の永きに渡り眠り続ける」
 
良い妖精のおかげで死の呪いからは免れましたが、ご両親は心配して国中の紡ぎ車を燃やしてしまいました。
合理的なお姫様は呪いなど信じていませんでしたが、ご両親を安心させたくて射撃の訓練を始められました。
「お姫様、どうして射撃なのですか?」
お付きの者がお尋ねすると、お姫様は微笑んでこうお答えになりました。
「目に見えない物は相手に出来ないけれど、せめて、それ以外の物くらいは自分で何とかしなくてはね」
お姫様は射撃のセンスがおありになったようで、遂には国でも一二を争う射撃の名手になられました。
特に遠的を得意とされたお姫様は“鷹の目の姫”とお呼ばれになり、その名声は近隣にまで響き渡りました。
 
しかし、お姫様がどれほど努力されても、残酷な運命はその道筋を変えてはくれませんでした。
19歳のある日、一人でお城の中を散歩していたお姫様は、お城の塔の一室で糸を紡いでいる老婆に出逢われ、その紡ぎ車の錘で指を刺してしまわれたのでした。
たちまちお姫様は眠りに落ち、嘆き悲しんだ王様とお妃様はお姫様の枕元に愛用の銃を置いて、お城を去ってしまいました。
やがて呪いは城中に波及し、城にいる全ての者が眠りに誘われます。
全ての者が眠りに落ちると、城は生い茂る茨に飲み込まれていきました。
茨の城はドラゴンに守られ、姫の眠りの呪いは解けることなく、月日は過ぎ去っていきました。
 
やがて、100年が経ちました。
この100年の間、眠れる姫の噂を聞いた幾人もの王子や勇者たちが、何度も姫を救い出そうと茨の城に立ち向かいましたが、努力むなしく茨に行く手を阻まれ、火を吐くドラゴンに敗れ去りました。
それでも挑戦者は後を絶たず、その日は青い軍服を着た一人の男が茨の城の前に佇んでいました。
男の名は、ロイ・マスタング
国軍大佐であり、錬金術師でもある男でした。
マスタング大佐は、鉄条網のように絡まる茨をものともせず、パチンと指を鳴らすと行く手を阻む茨をあっという間に燃やしてしまいました。
悠々と城内を進むマスタング大佐の目の前に、次は火を吐くドラゴンが現れます。
パチンパチンと指を鳴らす大佐と大きなドラゴンとの間で、焔と焔の闘いが始まりました。
が、なにしろドラゴンは今まで剣や銃を使う人間しか相手にした事がありませんでしたので、自分と同じように焔を操る人間に吃驚して少し火傷を負うと、直ぐに逃げていってしまいました。
マスタング大佐は、意気揚々とお姫様の眠る部屋へと向かいます。
パタリと目的の部屋の扉を開ければ、天蓋のついたベッドに金の髪のお姫様が眠っていました。
枕元には100年前のものとは思えぬ手入れされた銃が並び、大佐はお姫様の二つ名を思い出します。
 
さて、眠れるお姫様を起こすには、どうすれば良いでしょう?
答えは簡単です。
古今東西、お姫様は王子様のキスで目覚めるものと相場が決まっています。
大佐は王子様ではありませんが、言ってみればお姫様を助けにきた勇者のようなものです。きっとお姫様も許してくれるに違いありません。
大佐はそう考えて、胸を高鳴らせてお姫様に唇を近づけていきました。
美しいお姫様の顔が目の前に迫り、マスタング大佐が目を閉じて口付けをしようとした、その時。
ゴツリ。
不穏な気配と共に、大佐のこめかみに冷たい銃口が突きつけられました。
マスタング大佐が恐る恐る目を開けてみると、お姫様がパッチリと目を開けて怖い顔で大佐に銃を突きつけていました。
「100年が経ちましたので、呪いは解けました。もう口付けは不要です」
冷静なお姫様の言葉に、大佐は茫然としてしまいました。
確かにお姫様の呪いは期間限定でしたが、これでは大佐は偶々タイミング良くお城にやって来ただけの間抜けな男ではありませんか。
意気消沈してすごすごとお姫様の傍から離れるマスタング大佐に銃口を向けたまま、お姫様は撃鉄を起こし、いきなり銃を撃ちました。
確かに役に立ってはいないが、何故助けに来て撃たれなければならないのだろう?
理不尽な思いを胸に、一歩も動けない大佐の後ろでズシンと地響きがします。
驚いてマスタング大佐が振り向くと、後ろに逃げ出したはずのドラゴンが眉間を撃ち抜かれて倒れていたのです。
いつの間にか戻って来ていたドラゴンが、本分を思い出し侵入者に襲いかかってきていたのでした。
お姫様に夢中で後ろが疎かになっていたマスタング大佐を呆れたように眺め、お姫様は言いました。
 
「あなたは見たところ軍人のようですが、どうやら詰めが甘過ぎるようですね」
初対面のお姫様にそう言われ、マスタング大佐はますますヘコんでしまいます。
しかし、そんな大佐にお姫様は意外な事を言いました。
「ちょうど目覚める時ではありましたが、ここまでたどり着かれたのはあなただけのようです。御礼に、私はあなたの副官になって差し上げましょう」
マスタング大佐は、思いもかけない展開に吃驚して立ち尽くします。
 
「こういう場合、君は私と結婚するのがおとぎ話のセオリーではないのかね」
マスタング大佐にそう言われ、お姫様は笑いました。
「初対面の名も知らぬ方と結婚するなど現実的ではありません。特に呪いを解いていただいたわけでもありませんから、この位でちょうど良いのではないでしょうか」
なるほど、等価交換というわけか。
合理的で冷静なお姫様の言葉に苦笑しながらも、マスタング大佐は初めてお姫様が見せた輝くような笑顔に魅せられて、それでも良いかと考えました。
「では、よろしく頼む。私はロイ・マスタング。国軍大佐で国家錬金術師だ」
「私はリザ・ホークアイと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうしてロイ・マスタングの副官となったお姫様は、リザ・ホークアイ中尉として、今日も手の掛かる上官の世話を焼いているのでありました。
 
めでたしめでたし。
 
     *
 
「ヒューズ!なんだこれは!?」
電話口に向かって大声で怒鳴るロイを横目でチラリと見て、リザは執務机の上に置かれた手作りの絵本を見て苦笑した。
ちょうど開かれたページには、青い軍服を着た黒髪の男がヒラヒラのドレスを着た金髪のお姫様に横抱きにされている絵が描かれている。
今朝方セントラルから届いた郵便の中に混ざっていたそれは、ヒューズ家スペシャル版童話『眠り姫』らしい。
ロイとリザの出会いを聞いてきたエリシア嬢に、酔っ払ったヒューズが適当に話した作り話が膨らんで出来上がった親子合作の力作だとか。
いつものヒューズ中佐の親バカ+悪ふざけだが、よくもまぁ、これだけ的確に自分と大佐の性格を掴んでいるものだとリザはそれを読んで感心したものだった。
 
「普通、逆だろうが!中尉にお姫様抱っこされた日には私の威信はどうなると思っているのだ!」
怒るところはそこなのか、と疑問に思わないでもないが、まぁ確かに実際にそんなことをすれば伊達男のプライドはズタズタになるだろう。
それにリザがロイを持ち上げるくらい、頑張れば出来ない話でもないのだ。
だから、リザは涼しい顔で己が上官に言ってやる。
 
「大佐くらいの体型でしたら、可能かと思いますが」
無駄話でデスクワークを遅らせる上官へのイヤミを込めたリザの言葉に、とてつもなく情けない顔になるロイと、リザの言葉が聞こえたらしい電話の向こうのヒューズの爆笑を聞きながら、彼女は澄ました顔で抱えた書類を机の上に置いた。
書類の山に更に情けない顔を一瞬見せたロイは、なんとか体勢を立て直し、ヒューズへの抗議を続ける。
「まぁ、確かにイシュヴァールの話を子供にする訳にはいかないのは分かるが、捏造にも程が、、、バカ!面白ければ良いとは何だ!」
電話の向こうの親友に向かってムキになるロイを見て、リザは過去へと想いを馳せる。
 
客観的に見れば自分たちの過去は、意外にドラマティックなものであるらしい。
この関係を他者に言葉で説明すれば、それはそれは陳腐なメロドラマになりかねない。
そんなことは自分も彼も望まない。人に説明する必要などないし、自分たちが分かっていれば良いことなのだから。
それならいっそ、おとぎ話にでもしてしまう方がよほど無害なのかもしれない。
そんなことを考えながら、リザは愛用の銃を取り出した。
 
「よろしければ、眠り姫の役もお譲りいたしましょうか?長電話だけでは飽き足らず、居眠りでも仕事を遅らせるのは得意でいらっしゃいますでしょうから」
そう言ってリザは上官の長電話を終わらせるべく、威嚇のためガチャンと派手な音をたてて撃鉄を起こしたのだった。
 
Fin.
 
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【後書きのようなもの】
お待たせしいたしました。千秋様のみ、お持ち帰りOKでございます。
 
いただきましたリクエストは「童話(シンデレラや白雪姫など)をロイアイでアレンジしたお話」。
いやはや〜、おとぎ話舐めてました。大難産です。(苦笑)
おとぎ話って、本当にシンプルに組み立てられているので、弄るのが難しいのですね。
ちょっとおまけをつけさせていただきましたが、このような形でよろしかったでしょうか?どきどき
 
リクエストいただき、どうも有り難うございました。
気に入っていただけましたなら、頑張った甲斐もあるというものです。