XXX Survivor

「ですから、あれほど現場はハボック少尉たちに任せて、本部を動かないでくださいと申し上げたではありませんか!」
「あの惨状を放置出来るわけがないだろう!」
「言い訳は結構です。それより本隊に連絡を取りませんと。指揮官まで行方不明だなんて、まったく前代未聞です」
リザが不毛な会話を一方的に打ち切ってよろめきながら立ち上がるのを見て、ロイは口を閉じると軍服の泥を払った。
 
泥まみれの二人は、深い森の中で完全に孤立していた。
山間部での模擬戦の最中に土砂崩れにあった部隊の救出の為、ハボックの部隊と共に出動した二人は、二次災害に巻き込まれてしまったのだ。
本部で待てと言うリザの言葉を聞かず、現場でスコップを振るう部下と共に錬金術で現場を復帰していたロイは、突然足元に口を開けた地割れに足を取られ、間一髪なんとかロイの腕を掴んだリザもろともに谷底に滑り落ちたのだった。
 
「怪我はないか?」
「はい、大佐は?」
「大丈夫だ、この程度では死なん」
呑気にそう答えて、ロイは真顔になる。
「無線はどうだ?」
「何とか生きているようです」
「ハボックに現場からの早急な撤収の指示とこちらが無事である旨を伝えてくれ。それから、我々の捜索は不要だともな」
「Yes,sir」
「それから、現時点での部隊の被害状況を報告させろ」
「I,sir」
 
テキパキとロイの指示通り無線に向かうリザを横目に、ロイは所持品を確認する。
突発的な状況で遭難したので、役に立つものが少ないのは心許なかったが、それは仕方のない事だった。
とにかく、水筒と地図、コンパスがあるだけ良しとするしかない。
コンパスと地形、落下点との位置関係から現在地を割り出せば、1日歩けば麓の街に降りられそうだった。
自分たちが置かれた状況は、それほど悲観的になる必要の無いものらしい。
 
ロイがそう考えている間に、リザは通信を終わらせていたらしい。
「退避については了解、と。救援の拒否については指示に従う、とのことです。納得はしてはいないようですね」
淡々とリザは無線機を片付けながら、報告をする。
「現時点で、一次災害の負傷者は全員回収。重傷者2、軽傷者5、行方不明者0。二次災害による負傷者0、行方不明者2。報告は以上です。ちなみに、行方不明者2は我々です」
しかめつらしい顔で、リザは余計な一言を付け加える。
ロイはそれを無視して地図を示すと、自分の推測をリザに説明し、リザの意見を確認する。
リザが同意見を示したので、二人は川を探してその流れに沿って森を出るコースを選択したのだった。
 
     *
 
道無き道を行くうちに見つけた獣道を歩き出してからは、道程は思った以上に楽なものになった。
後を付いてくるリザを気にかけながらも、ロイはハイペースで山を下って行く。
リザは何も言わず、たた黙々とロイの後を付いてくるだけだった。
 
やがてたどり着いた河辺を野営地に決めた二人は無線機で軍のオープン回線を拾うと、現状と下山予定の街の名を告げその街での12時間後の待ち合わせを決めた。
それさえ済ませてしまえば、さしあたってする事もない。
夜の帷(とばり)が森を包み始めた事に気付き、ロイは土の上に錬成陣を描くと倒木を薪に変え、パチンと指を鳴らして火を着けた。
珍しく草臥(くたび)れた様子で座り込むリザを置いて、ロイはテキパキと野営の準備を進めていく。
蔓草と倒木を錬成して小さな東屋を作り、小さな椅子まで作り付けると、軍服の金属の釦で釣り針を作り出す。
錬金術をフル活用してそこそこ快適な環境を作り出したロイが、鼻歌混じりに釣りに取り掛かるまで僅か10分もかかっていない。
流石の手際の良さに、リザが感嘆したように言葉を発した。
 
錬金術師の面目躍如、と言ったところですね」
「流石にこのくらいは、基礎の基礎だからな」
早速針に食い付いた川魚を釣り上げて、満足げにロイは再び針を投げる。
「楽しそうでいらっしゃいますね、大佐?」
「滅多にない休暇で君とキャンプに来たと思う事にした」
「呑気なことをおっしゃいますね。今日明日のスケジュールを、全て組み直さなければならなくなりましたのに」
そう言ってため息をつくリザを笑い、ロイは2匹目の魚を釣り上げる。
 
「何とかなるだろう」
「明日の2本の会議の日程は動かすのが難しくて、、」
「じゃぁ、私抜きで進めれば良い」
「そんな。。。」
リザが絶句する。
 
「良いじゃないか。遭難したという大義名分があれば、まさか文句を言うヤツもおるまい」
楽天的に過ぎます」
「何事にも前向きと言いって欲しいな。それに、だ」
ロイは針から魚を外して、空に目をやった。
「今にも星が降って来そうな空の下、聞こえるのは川のせせらぎだけ。こんな中に二人きりだと言うのに、君は仕事の話ばかりだ。そちらの方にこそ、私は文句を言いたいね」
悪戯な笑みを浮かべるロイの言葉に、リザはちょっと驚いた顔をしてロイの視線を追い口を噤んだ。
 
二人の視線の先には恐ろしい程の数の星が、静かに新月の夜を彩っていた。
風が梢を渡り木々がざわめく音と、清流のせせらぎだけが鼓膜を刺激する。
余計な音が何もない世界。
それは日々の業務に忙殺される二人の日常とは、あまりにもかけ離れたものだった。
 
どのくらい、黙って二人は夜を見上げていただろう。
リザはロイへと視線を向け、ポツリと言った。
「そうですね。こんな所でまで肩肘張っているのも、バカバカしい話ですね」
そうしてふわりと笑った柔らかな表情に、ロイは笑みを返して釣りを再開する。
「そういうわけだから、君も今日はゆっくりしていたまえ」
背後からの返事はなかったが、穏やかな空気にロイは満足する。
 
やがて、もう1匹、彼が新たな獲物を釣り上げようとしたその時、不意に背後からリザの声がした。
「大佐」
「なんだ?」
リザに背を向けたまま、ロイは返答する。
 
「あの時、土砂崩れの現場で私は大佐に『ハボック少尉たちに任せて、本部を動かないでください』と申し上げましたよね」
「ああ」
「それを振り切って、大佐は救出作業に必死になっていらっしゃいました」
「なんだ?また、お小言か?」
雲行きが変わりそうな雰囲気に、ロイは心の内で身構える。
「いえ、そうではなく」
「あん?じゃあ、何だ?」
糸をたぐり寄せながら、ロイは生返事をする。
目の前の魚に気をとられていたのだ。
 
「実はあの時、進言を聞き入れて頂けなくて、私は内心では安堵していたのですよ」
思いがけないリザの言葉に、ロイは思わず振り向いた。
手の中の魚がピチャリと跳ね上がって、逃げていく。
ロイの様子を見てクスリと笑い、リザは言葉を続ける。
「人として、人命を最優先して、その力を使って下さった事に感謝します。おかげで死者を出さずに済みました。ああいう事故では72時間以内の救出で生存率はグッと上がりますし、あの場でそれが出来たのは大佐の錬金術だけでした」
一息にそう言って、リザは目を伏せた。
「副官としましては、私はあの場では、ああ言わざるを得なかったものですから、、、」
 
ロイは肩の力を抜いて、微笑んだ。
「良いんじゃないか?お互いに当然の事をしたまでだ。それよりも、」
そう言って、リザの少し苦い想いを込めた科白を軽く流すと、獲物に逃げられた針を見せ大仰に両手を広げてみせる。
「君が肩肘張るのを止めたおかげで、せっかくの大物に逃げられてしまったじゃないか。どうしてくれる?」
ロイの心遣いに少し嬉しそうな表情を見せたリザは、彼の照れ隠しを受け流し、すました顔で答える。
 
「そうはおっしゃいますが、大佐。キャンプでの釣りは、“キャッチ&リリース”が相場と決まっております」
 
リザの鮮やかな切り返しにロイは一瞬面食らった顔をして、それから、これは一本取られたなと天を仰ぎ、 星々と共に笑った。 
 
Fin.
 
 
 
 **********
【後書きのようなもの】
お待たせしいたしました。
nono様のみ、お持ち帰りOKでございます。
 
いただきましたリクエストは「リザとロイが森の中で二人きりで遭難。丸一日位は見つからない。錬金術など駆使して、意外と充実したサバイバルライフ」。
サバイバルよりも、それ以外の部分にスポットが当たってしまいました。
サバイバルにしては呑気過ぎですが、まぁロイにはこのくらい鷹揚に構えていてもらいたいものです。
しかし、リザちゃん、うまいこと言ってるのは良いけれど、夕ご飯食いっぱぐれますよ(笑)
 
リクエスト、どうも有り難うございました。
少しでも楽しんでいただけましたなら、有り難く想います。