手を繋いで

「リザ、珈琲豆が切れてしまったようなんだが、、、」
休日の午後、そう言いながら寝室のドアを開けたロイは、クローゼットを整理をしているリザの手元に目を留めた。
ベッドに座った彼女の青いスカートの膝の上には、可愛らしい白のサンダルが載っている。
 
「あれ?君、そんな靴持ってたっけ?」
珍しく白いシャツをラフに着崩してローライズジーンズをはいたロイは、顎に手をかけ考える素振りを見せる。
「はい、もっともあまり履いた事はないのですが。。。」
そう言ってサンダルを箱に戻しながらリザはロイの質問に答え、更に彼の初期目的にも答えを返す。
「ところで珈琲ですが、キッチンの右のストック棚にありませんでした?」
「見た。ない」
簡潔過ぎるロイの返答に、リザは笑った。
 
「じゃあ、買いに行かないと無いですね」
「そうか。なら、天気も良いことだし、散歩がてら一緒に買いに行かないか?」
ロイの提案に、リザは小首を傾げる。
「珈琲豆くらい少しお待ちいただければ、直ぐに買って参りますよ?」
ロイは笑って首を横に振る。
「休みの日くらい、一緒に買い物というのも良いじゃないか。そうだ。せっかく出したのだから、そのサンダルを履いて行けばいい」
「え?」
「似合うだろうから、履いている所が見てみたい」
戸口に背をもたせかけ、腕を組んでニコニコとリザを見つめるロイを暫く見上げ、リザは小さな溜め息を隠して履いていた靴を脱ぎ、再び箱から出したサンダルに足を通したのだった。
 
     *
 
目当ての珈琲屋までは小さな公園を突っ切るコースが近道で、二人は初夏の日差しに光る木立の下をゆっくり歩いていく。
二人の白いシャツの上に、木漏れ日がお揃いの模様を刻む。
勇んで跳ね回るブラックハヤテ号のリードを引きながら、ロイは日射しを楽しみ後ろを歩くリザを振り向いた。
微笑んでロイの視線に答えるリザは、いつもより離れて歩いているようだ。
遅れがちになるリザの歩調に合わせようとロイは歩くペースを落とすが、リザの歩調はますます遅くなっていくばかり。
訝しんだロイは歩みを止めて、リザに問うた。
 
「どうした?リザ。慣れない靴で靴擦れでも出来たのか?」
リザの履いているサンダルは細い皮を編み上げた華奢なデザインのもので、確かに速く歩くには不向きなものだった。
「いえ、そうではないのですが、、、」
歯切れの悪いリザの科白を不信に思い、ロイは彼女に歩み寄り、微妙な違和感を感じる。
見慣れた景色に微量の異分子が入り込んだようなしっくり来ない感覚に、ロイは首を傾げてリザを見る。
少し緊張した表情のリザをしばらく見つめて、ロイはようよう違和感の原因に思い当たる。
 
「ああ、そう言うことか」
「、、、そう言うことです」
まじまじとリザを見るロイの視線に困った顔で答える彼女の存外な可愛らしさに、彼は表情を緩ませる。
「私は気にしないが」
「私が気にします」
「何か問題が?」
「、、、可愛げがありません」
「君の口からそんな言葉が出るとはな」
本気で驚いたようなロイの言い様に、リザは心外だとばかりに僅かに語気を強める。
「これでも色々気にしているのですよ!?」
 
君が驚くほど細かい事まで気にかけているのは、十分に知ってるつもりだけれどね。そう考えて、いつもは少しだけ見下ろすリザの瞳を正面に見ながら、ロイは微笑んだ。
彼の感じた違和感の原因、リザが並んで歩きたがらなかった理由、それはリザの履いたサンダルの高いヒールが作り出した彼女の身長だった。
「構わないじゃないか、身長差なんかなくたって」
「でも」
8cmはあるだろうか。自分と彼女の身長差を埋めたリザのサンダルの踵に目をやり、もう一度正面にある彼女の顔を見て、暫く考えたロイは彼女の手をとった。
「おいで」
引っ張られて慣れない靴につんのめるリザを支え、ハヤテ号のリードを引いてロイは公園の一角へと足を向けた。
 
     *
 
小さなベンチに座らせたリザから強引にサンダルを奪い、ロイはその辺りに落ちていた棒で地面に錬成陣を描き始める。
彼の意図を悟ったリザは、大人しくベンチの上で膝を抱えて座り込み、その様子を眺めていた。
「こうなるのが分かっていて、何故買った?君にしては珍しい」
長いフレアスカートの裾を所在無げにいじりながら、リザは言葉を選ぶようにポツポツと答える。
「昨年のセールでレベッカと一緒に見つけたものですから、、、その、何と申しますか、勢いで」
「彼女に後押しされたのか?」
「お揃いで買いましょうよ、と」
「女性というのは、お揃いだとか色違いだとか言うのが好きらしいからな」
楽しげに言うロイに、少し躊躇ってリザは言葉を続ける。
 
「それに、これだけ自分の好みにあったデザインには滅多にお目にかかれないので、所有しているだけでも嬉しいかと思いまして」
ロイは錬成陣を描く手を止め、ちょこんと抱えた膝の上に顎を乗せるリザをまじまじと見つめた。
自分との身長差を気にしてお気に入りの靴を黙って封印する彼女のいじらしさに、自然にニヤケる顔を抑えられずロイは顔中を笑顔にするが、ロイの笑いを別な意味に取ったらしいリザは頬を膨らませる。
 
「子供じみているとお思いかもしれませんが、」
描き上げた錬成陣に手をかざし、ロイはムキになるリザの言葉を遮った。
「そんなことはない。ただ、愛おしいと思っただけさ」
そんな言葉と共に錬成光が輝き、ヒールの高さを半分程に減らしたリザのサンダルが現れる。
突然の発光に驚いて吠える子犬を宥め、ロイはサンダルを手に取ると頬を染めるリザの足元に差し出した。
 
「他にも踵の高い靴をクローゼットに隠しているんじゃないだろうね」
冗談めかした言葉に返事が無いところをみると、もう2〜3足は似たような靴を隠し持っているに違いない。
帰ったら、全部錬成だな。
そう考えてから、ロイは笑ってリザに手を差し伸べる。
 
「さぁ、早く靴を履いて買い物に行くぞ。せっかくの良い天気なのだから、散歩ついでに町外れのドッグランまで足を伸ばしてもいい」
ロイの言葉を理解したのか、ブラックハヤテ号が尻尾を振ってワンと鳴いた。
サンダルを履いて立ち上がるリザの手を引き、ロイは手に持った棒で足元の錬成陣をかき消した。
そして、そのままリザの手を握り締め、棒を投げ出し歩き出す。
 
穏やかな空の下、木立が風に揺れ、光が揺らめいた。
隣で舞い上がる金の髪と木漏れ日のあまりの眩しさにロイは目を細め、繋いだ手にギュッと力を込める。
いつも通り、少しだけロイを見上げるリザの視線を頬に感じながら。
 
 
Fin.
 
 
 
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【後書きのようなもの】
お待たせしいたしました。
藤丸様のみ、お持ち帰りOKでございます。
 
いただきましたリクエストは「天気の良い日のお散歩ロイアイ」です。
うちには珍しい乙女リザちゃんでございます。
藤丸様のサイトの、温かい二人の関係を目指して書いてみました。
 
公式見る限り二人の身長差はあんまり無さそうなので、身長差ネタは以前から書きたく思っておりまして、こうやって形にする機会を頂き感謝しています。
 
リクエスト、どうも有り難うございました。
少しでも楽しんでいただけましたなら、光栄です。