mignight blue 中編

「何の真似だ?」
不思議なものを見るような目つきで、ロイはリザを見る。
その視線にリザは衝動を抑えきれなかった己の未熟さを恥じたが、勢いづいた言葉は止まるタイミングを失っていた。
 
「冗談でも言って良いことと悪いことがあります!」
「ふむ、お気に召さなかったかね」
心外だとばかりにロイは自分の顎に指をかけ、考えるポーズをとる。
「君は焔の錬金術が戦場で使われぬ事を望んでいるとばかり思っていたが」
「中佐には焔の錬金術を継いだ責任を全うする義務がある筈です」
「義務、か。確かにそうだな」
事も無げにそう言うと撃鉄が起こされていることなど意に介さぬかのごとく、ロイはリザに近付いてくる。
我に返り暴発を恐れたリザは、慌てて銃をセーフティーな状態に戻した。
 
「なんだ、もう終わりか」
ロイはつまらなさそうに、眉間に突きつけられた銃からリザへと視線を落とす。
「くだらん。やるなら本気でやれ」
「本気で撃たれたかったのですか」
「まさか」
のらりくらりと掴みどころのないロイの言葉に苛々して、リザはロイに向けた銃口を下ろせず溜め息をつく。
それを合図にしたかのように、二人の間に沈黙が訪れた。
 
自分は何故上官に対して、銃口を向けているのだろう。
リザは沈黙の中、考える。
例えプライベートの時間だとは言え、処分を受けても仕方のない行動だ。
冷静さを奪う頭痛のせいか、得体の知れない夢のせいか、それともこの男の存在そのものが。
リザはそこまで考えた所で、急いでその考えを頭の中から追い払う。
 
その時、不意にロイが静寂を破った。
「実際のところ、君は私を殺したいのではないのかね」
自分の考えを読まれたのかと驚いたリザはよく考えもせず、ふるふると首を横に振る。
振動がこめかみに響き、痛みを伴った。
ロイは重ねてリザに問いかける。
「私を殺して自分も死にたいと考えているのだろう」
リザは構えたままの銃を取り落としそうになりながら、必死に頭を横に振る。
 
痛みと共に突きつけられた問いに、ズキズキとリザのこめかみに響く拍動が囁いた。
 
殺意、殺意、殺意。
 
その囁きは、彼女の先程思い出せなかった不愉快な暗い夢の断片を呼び起こす。
汗ばむ手のひらに重い銃、照準は黒髪の男の頭部、そこには明快な殺意と胸が張り裂けんばかりの哀しみがあった。
なんだろう、この既視感は。
私は今、夢の中と同じ光景を見ているのか。
 
愕然とするリザの答えを待たず、ロイは独り言のように話し続ける。
「いつでも背中を撃って良いと言ったはずだ。泣きながら夢で責められるよりは、いっそ撃たれた方がすっきりする」
淡々と話すロイの言葉は先程までの軽薄なものとは打って変わって、血を吐く様な痛みと自嘲を含んでいた。
リザは夢から己の願望を現実に零した自分に羞恥を感じ、ロイに突きつけていた銃口をのろのろと下ろす。
「……私は何を言ったのでしょうか?」
ロイはリザの問いには答えず、そっと彼女の頬に両の手を添えた。
 
「中佐?」
「思い出せないのなら、それでいいではないか」
穏やかな口調とは裏腹に至近に迫るロイの瞳は苦渋に満ちている。
「どちらにしろ、我々は赦されざる者なのだから」
自分は夢で何と言ったのだろう。
リザはロイの言葉を咀嚼しながら考える。
 
「我々は多くの人間の命を奪い、互いの苦しみを見ない振りをし、自分に言い訳をしながら生きている」
リザの瞳を覗き込みロイは言葉をつぐ。
「故に、死に魅かれるのも仕方のないことだろう」
自分は夢で何を言ったのだろう。
リザは頭痛と戦いながら、思い出した夢の欠片を反芻する。
 
汗ばむ掌

目の前の男の存在
殺意
茫漠とした哀しみ
 
しかし考えれば考えるほど、それらの輪郭は薄らぼやけてしまう。
リザは泣きたい気持ちで、目の前の男を呆けたように見つめるばかりだった。
「罪を償う為に、命を投げ出すことは一番簡単な方法だからな」
そんなリザをあやすように、ロイは語り続ける。
 
「例えば」
頬を包んでいたロイの両手は、いつの間にかリザの首筋にかかっていた。
「我々は互いの罪を裁く為に、こうやって殺しあうことも出来る」
緩く呼吸を圧迫する男の大きな掌に、リザは本能的な恐怖を感じて身をよじる。
しかし、その手は弛むどころか徐々にその輪を狭め、リザは遂に再び手の中の銃をロイに向けた。
構えた銃はロイの下顎から頭頂を打ち抜く位置に有り、抱き合うように二人は互いの命を掌中に収めあう。
徐々に酸素を失っていくリザの頭は不思議と冴え冴えとし、やがて恐怖はその影を潜め愛しさが満ちる。
 
それは奇妙な光景だった。
ほんの数時間前にベッドで睦みあっていた二人が、同じベッドの横で殺しあいを演じている。
互いに憎みあっているわけでもない、否、寧ろ愛し合っている二人が。
静かに、静かに、暗闇の中でひっそりと。
 
「中、佐」
リザの瞳からポツリと涙が落ちた。
「君が望んでいたことだ」
無慈悲なロイの言葉に、リザはただ頷く。
 
「泣いても何も変わらんぞ?」
「分かって、います」
途切れがちな呼吸で、リザは微笑む。
 
ああ、また既視感だ。
リザは朦朧とする意識で考える。
そう、リザは言ったのだ、夢の中で。
 
『      』 と。
 
夢の中でもこの男はあまりにも優し過ぎるから、リザの背を焼いた時と同じ青ざめた死人みたいな顔をしながらもリザの願いを叶えてくれようとした。今この瞬間と同じ方法で。
その表情が辛すぎて、リザは男の為に泣きながら夢の中でも撃鉄を起こしたのだ。
夢と現実の違いは、そこが黄昏の戦場か深夜のベッドルームかという点だけだった。
 
しかし、そんなことはもうどうでも良かった。
奇妙な多幸感に包まれて、リザは彼岸を垣間見る。
もっと早くこうしていれば良かった、そうすれば二人とも悩み苦しむことも無かったのだ。
そう考えて、リザはゆっくりと目を閉じた。
 
 
 
To be Continued...