chocolate

chocolate:【名】チョコレート【形】チョコレート色の、チョコレートでできた
 
       *
 
深夜の台所からガタガタと音がする。
リザは読みかけの本をパタリと閉じ、部屋着にカーディガンを羽織るとベッドから立ち上がった。
明日は学校がお休みなので、珍しく夜更かしして本を読んでいたのに邪魔をするなんて。
父はもう眠ってしまったはずだし、こんな本しかない貧乏な家に入るマヌケな泥棒もいる訳がない。
ならば、この音の主は。
 
リザは階段を降り、そっと台所の扉を細く開けた。
やっぱり。
リザの思った通り、父親の弟子である黒髪の青年が台所の机で何か描きつけている。
傍らには、ミルクとチョコレート。
いったい何をする気なのだろう?
 
描き上げた錬成陣の上にミルクを入れたコップを置いたマスタングは、そこに両手を置いて錬成光を発生させた。
料理なんて鍋と包丁があれば直ぐに出来るものなのに、何故あんな面倒な図形をいっぱい描くのかしら?
そう思いながら見ているリザの目の前で、錬成されたミルクは白いフワフワの物質と化し、ものすごい勢いでコップから溢れ出した。
 
あたふたするマスタングの前であっという間に小山と化した白いフワフワに、リザは頭を抱える。
牛乳が原料だから、しばらく臭いが取れないかもしれない。
全く夜食が欲しいなら声をかけてくれれば良いのに。
妙な遠慮をするマスタングに、リザは少し腹を立てる。
 
その時、フワフワだらけの机の前で途方に暮れていたマスタングが扉の方を振り向いた。
「ねぇ、リザ。そんな所で見ていないで手伝ってくれないかい?」
何時から気付いていたのだろう。
リザはちょっとバツの悪い表情で、台所に入る。
外からでは分からなかった甘い香りが部屋中に満ちていた。
 
「何をなさっていらしたのですか?」
「いや、生クリームを錬成したんだが、ホイップクリームに含有される空気の体積を計算し忘れてね」
なるほど。確かに泡立てれば、生クリームは何倍もの量に膨れ上がる。
「味は悪くないんだが」
そう言って生クリームの上の層を指ですくって舐めるマスタングは、真面目な顔でそう言った。
「私が言っているのはそうではなくて」
「夜中の台所で何をしているのか、だろう?」
言いかけたリザの言葉を途中で奪い、マスタングはニコリと笑った。
言いたいことを先に言われてしまい、リザは少し膨れっ面を作ってみせる。
いつもご飯やお洗濯の面倒をみてあげているのはリザの方なのに、彼は時々こうやって“リザの考えている事なんて、全てお見通しだ”というポーズをとるのだ。
 
むくれたリザの頭を、マスタングは笑って撫でる。
「見つかってしまったから、仕方がない。本当はびっくりさせようと思っていたんだ」
そう言って、マスタングはクリームの山の中からコップを引き上げた。
こんもりと山盛りの生クリームの入ったコップの底を拭いて傍らに置くと、マスタングは机に残った生クリームを錬成陣を描いた紙ごとダストボックスに放り込んだ。
 
「リザ、このチョコレートを刻んでくれるかな」
「チョコレートをですか?」
リザはよく分からないまま、言われた通りに細かくチョコレートを刻み出す。
コンロには細い火にかけられたミルクがフツフツと沸いている。
「ああ、良いタイミングだ」
マスタングはそう言うと、リザの刻んだチョコレートをミルクの中に溶かしいれた。
 
「リザの部屋の灯りが付いているのに気付いてね、いつもの夜食のお礼をしたいと思ったんだ」
チョコレートの入ったミルクを混ぜるマスタングの手元から、香ばしいカカオの香りが立ちのぼってくる。
マスタングはそこへカップからすくった生クリームをほんの少量投入する。
リザは食器棚から、マグカップを2つ持ってきた。

「さすが気が利くね、ありがとう」
マスタングは2つのカップに注意深く、鍋の中身を均等に注いだ。
まるで錬金術の実験みたいだ。
そう思ってリザはクスリと笑う。
 
もったりと湯気を上げる茶褐色の飲み物を、マスタングは芝居がかった動作で差し出した。
「さぁ、召し上がれ。火傷しないように」
リザは受け取ったカップに口をつける。
トロリとした濃厚なチョコレート本来のコクが口に溢れ、それなのに、細かな泡だちが軽くて、ふわっと溶けるように消えて口に残らない不思議な飲み物に、リザは瞠目する。
 
マスタングさん! これって、いったい!?」
驚きの声を上げるリザに、マスタングは満足そうに自分のカップを手の中に温めながら答える。
「ショコラ・ショー。平たく言えばチョコレートドリンクなんだけどね」
やさしい口当たりを楽しみながら、リザはゆっくりと二口三口とココアに似た、しかしそれよりも濃厚な香り高い飲み物を堪能する。
リザの様子を嬉しそうに見守るマスタングは、自分もカップに口をつけ満足そうに頷いた。
「気に入った?」
「はい、とても」
リザはニッコリ微笑んで、カップから顔を上げる。
口の周りにチョコレートでできたチョビ髭がついたリザを見て、マスタングはあまりの可愛らしさに危うくカップを取り落としそうになる。
 
「どうかされましたか?」
不審そうに聞くリザに、なんとか平静を取り戻したマスタングは大人ぶって笑ってみせた。
「リザ、可愛いおヒゲが生えてるよ」
そう言って、彼はリザのチョコのおヒゲを親指ですっと撫でると、指についたチョコレートを自分の口へと運ぶ。
一瞬ぽかんとしたリザは、事態を把握すると頭のてっぺんまで真っ赤になってしまう。
 
「ま、マスタングさん!!」
「師匠には内緒だよ」
マスタングはそう言ってウィンクすると、リザの手元のカップに鍋の中身を注ぎ足したのだった。
 
 
 Fin.
 
  *********************
【後書きのような物】
 あ〜、バレンタインに間に合いませんでしたが、バレンタイン企画。
 鋼の世界にバレンタインはないそうですから、チョコレートでいちゃいちゃをテーマに若ロイ仔リザです。たまには、激甘。夜中の台所&チョコのおヒゲが萌えポイントです。(笑)