何と言う

「欲しいもの、、、か」
リザの質問に、ロイは僅かに首を傾げ虚空に視線を泳がせた。
「君が選んでくれたものなら、何でも嬉しいのだが」
“誕生日に何が欲しいか”と本人に単刀直入に聞くリザの飾らなさに、ロイは苦笑しながらも、答えにならない答えを返す。
 
事実、過去にリザに貰ったものは、ロイの趣味を踏まえたセンスの良いものがほとんどだった。
現に今、身に着けている銀のカフス・ボタンも、数年前にリザから貰って愛用している品の一つだ。
元々、身の回りの物には無頓着な方だし、誕生日に錬金術の本が欲しいなどと無粋な事を言う気もない。
となると、自然にそういう答えになってしまうのだ。
 
自分の答えにリザが不服そうな顔をしているのに気付き、ロイは我ながら能のない答えだったと笑って付け加える。
「いや、、、そうだな。こうして君とゆっくり過ごせれば、それだけでいい」
そう言うと、ロイはぬるくなってしまった紅茶を一息に飲み干した。
 
ロイの返事に拍子抜けしたらしいリザは、副官の顔をして言った。
「しばらく同じ日に休みは取れませんよ?大佐」
プライベートでも大佐呼ばわりの上、そのスケジュールを読み上げるような口調は止めて欲しいのだが。
いつもの事ながらそう思い、ロイは穏やかに答える。
「そんなことは知っている。別に今日のように君を非番にして、私が早めに仕事を切り上げてくれば良いではないか」
「それでは普段と変わりません」
リザは不満げにそう言うと、ロイのカップを取るとキッチンへと姿を消した。
 
リザが熱い紅茶を持って戻ってくるのを待って、ロイは更に言う。
「それにだな。もういい加減、誕生日が来たからと言ってめでたい歳でもあるまい」
「まぁ、四捨五入すれば三十路でいらっしゃいますからね」
カップを受け取りながら可愛げのない科白をロイが付け加えると、リザは更に可愛くない返事を返してくる。
 
流石にロイがショックを受けた顔をするのを見て、リザはくすりと笑って反論した。
「でもそう仰って、私の誕生日にはいつも贈り物を下さるじゃないですか」
「君はまだ四捨五入しても、三十路ではないからな」
そう拗ねてみせて、ロイは形勢を立て直す。
「私が贈りたいから、贈るんだ。好きにさせておけ。まぁ、贈ったところで使ってもらえないのだがね」
ニヤリと笑うロイに、リザは更に反論してくる。
「お気持ちは有り難いのですが、大佐の下さるものは余りに華美に過ぎます」
 
確かにリザの言い分はもっともだった。
これだけの美人に地味な格好をさせておくのは勿体無いと常々考えているロイは、リザに似合いそうな、きらびやかな衣装やアクセサリーや様々なものを贈っているのだ。
身に付けては貰えないのは分かっている。それらがリザの趣味とはかけ離れている事は、百も承知なのだから。
だから、それらと共に仕事中も付けられるシンプルなピアスを贈ってバランスを取っている。
言わば、全くのロイの自己満足なのだ。
 
その時、ロイの悪戯心がふと頭をもたげる。
「では、こうしよう。君がいつも一蹴する私のリクエストを何か一つでも良いから、叶えて貰おうか」
リザは露骨に嫌そうな顔をした。
 
「何でも構わない。ミニスカートを履いてくれても良いし、サボリを1日見逃してくれても良い」
「公私混同は、お止め下さい」
「去年贈ったベビードールを着てくれても構わないぞ?」
「変態ですか」
タルトタタンのホール食いはどうだ」
「成人病になりたいのでしたら」
 
呆れ顔のリザは、わざとらしく溜め息をついてみせる。
「大佐にお伺いした私が莫迦でした。忘れて下さい」
「ははは、期待しているよ」
リザの返事を無視して、ロイは機嫌良く笑って2杯目の紅茶を飲み干したのだった。
 
       *
 
結局、ロイの誕生日は、当初のささやかな希望すら叶えられなかった。
当日の午後、銀行強盗の立て籠もりが発生したのだ。
事件は膠着し、終業時刻を大幅に過ぎて、漸く解決した。
 
「全く、とんだ誕生日だ」
ブツブツとボヤきながらロイは、夜道を急ぐ。
そう言えば、去年の誕生日は出張だったし、その前は二人とも普通に残業が終わらなかった。
何かしら邪魔が入るものだと自嘲して、ロイはリザの部屋の扉をノックした。
 
待ちかねたように直ぐ開けられた扉から、リザの顔がのぞく。
「無事に解決されたようですね」
おそらく、事件のことはニュースででも聞いていたのだろう。
ぶっきらぼうに問うリザに、ロイは苦笑で答えた。
「意外に時間がかかってしまった。待たせてしまって、すまなかった」
 
早速部屋の中へ入ろうと、ロイは扉を引く。
と、そこで思わぬリザの抵抗にあった。何故かがっしりと扉をつかんで離さないでいる。
「入れてくれないのかね?」
「そういうわけではありませんが、、」
歯切れの悪いリザの様子を不審に思い、ロイは強引に扉を開けた。
 
特に変わった様子もない普段通りのリザが、怒った様な顔をして立っている。
遅くなった事を怒っているのだろうか?
確かに連絡一つ入れなかったのは悪かったと思うが、現場が緊迫しては私用電話など出来ない事はリザも分かっているはずだ。
そう考えるのは、自分の甘えなのだろうか?
考え込むロイを置いて、リザはなにも言わず踵を返すと部屋の奥へとずんずん歩いていく。
 
私はいったい、いつ彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
訳の分からぬまま、ロイはリザの後を追って部屋に入っていく。
「リザ」
そう呼びかければ、強ばった顔のまま彼女はダイニングテーブルの前で振り向いた。
机の上には冷め切った料理が並んでいる。
中央にはホールで焼かれた特大のタルトタタンが置いてあり、ロイの胸がちくりと痛む。
 
「すまなかった、リザ」 
物言わぬ彼女を抱き寄せると、意外にも抵抗はなかった。
「何がですか?」
「連絡もなく遅くなってしまって」
「そんなこと。お仕事なのですから仕方ありません」
無表情なまま事も無げにリザにそう言われては、ロイはお手上げである。
 
「リザ、何を怒っている」
「怒ってなど居ません」
木で鼻をくくった様な返答に、流石にロイも鼻白む。
全く何なんだ、ロイがそう思った時、意を決したようにリザがキッと顔を上げた。
あまりの剣幕にロイが思わず彼女を抱く手を解いた時、リザの唇が小さく動いた。
 
「お誕生日おめでとうございます」
「は?」
ポカンと口をあいたロイに構わず、リザは大きく息を吸い込むと、聞きとれない程の早口で言う。
「今日まで生き抜いて下さったことに感謝します。ロイ」
 
ロイは、自分の耳を疑った。
 
“ロイ”だって?
大佐でも、マスタングさんでもなく、“ロイ”?
自分でも驚くほどに、ロイの鼓動は早くなった。
愛するものが己の名を口にすると言う行為は、何と甘美な弾丸なのだろう。
それに打ち抜かれたロイは、思わず前髪をかき上げる振りをして天を仰ぐ。
プレイボーイの名を恣(ほしいまま)にし、女の扱いになれた自分がこんなことで照れている姿は信じられないものだった。
 
心が舞い上がり、どぎまぎしながらロイはリザの顔を覗き込む。
「え〜っと、、、リザ?」
ロイの目の前で一瞬で真っ赤になってしまったリザは、ぷいと横を向き言い訳のように早口で捲し立てる。 
「ですから、大佐が『いつも言っているリクエストを一つでも叶えて欲しい』と仰いましたから」
つんのめる様な勢いのリザの言葉に、ロイは先日の会話を思い出す。
 
「ですからっ、いつも『大佐ではなく名前で読んで欲しい』と仰っていましたからっ」
ぜいぜい息を切らせながら、必死に言うリザを見るロイの表情がみるみる弛んでいく。
リザの先刻までのあの硬い表情は怒っていたのではなく、初めてロイのファーストネームを呼ぶ事に緊張していた為だったのだ。
あまりのリザのいじらしさに、ロイは顔中を笑顔にして力いっぱい彼女を抱きしめる。
 
「痛いです、大佐」
「リザ、もう一度呼んでもらえないかね」
「無理です」
「じゃぁ、離さない」
「大佐!」
「だから、大佐じゃなくて!」
か細く消えてしまいそうな声が、再びロイの名を呼ぶ。
「、、、離して下さい、、、、、、ロイ」
「いやだ」
俯いてしまったリザを一層強く抱き、ロイは溢れる愛おしさを止める事が出来なかった。
 
ロイはリザを抱いた手を離さず、その俯いた耳元で囁く。
「ねぇ、ベッドでも名前で呼んでくれたなら、今夜の火力はちょっとスゴいことになりそうなんだが」
「バカですか!調子に乗り過ぎです!」
そんな科白とともに力の加減を忘れた余裕のない肘鉄が、照れ隠しの代わりにロイの腹にめり込んだ。
ゴボゴボと咳き込みながらも、ロイは幸せな誕生日プレゼントに莫迦のように酔いしれたのだった。
 
 
 
 
Fin.

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【後書きの様なもの】
朔夜様のみ、お持ち帰りOKです。
 
いただきましたリクエストは、『リザさんの言動に思いっきり慌てさせられるロイ』。
やはり、ツンデレは良いなぁと思うのですが、いかがなものでしょうか?
ちゃんと、リクエストを満たしているか不安なのですが、、、
好きな人に名前を呼ばれるのって、ドキドキしますよね〜。ちょっと乙女です、ふふ。
楽しんでいただけましたなら、大変嬉しく思います。リクエスト有り難うございました!
 
テーマ曲は、奥田民生の「何と言う」で。
莫迦で可愛くてしょうがないこのカップルに。