シーソーゲーム

「おい、増田〜。今日も図書室寄ってくのかよ?一歩間違ったらストーカーだぞ?」
「うるさい。黙れ、日渦」
放課後の廊下を悪友にからかわれながらも、増田は足早に図書室を目指して歩いていた。
 
「一途だよなぁ、お前」
「放っておけ。てか、なんでお前がついて来んだよ!」
「野次馬に決まってんだろ、ば〜か」
そう言われ、ムッとした増田は廊下をダッシュして日渦を置いていこうとする。
走っていく増田の後ろ姿を、日渦は可哀相なものを見る目で見送り、肩をすくめた。
「逃げたって目的地、バレてんのに。。。重症だな〜」
やっぱり面白いから見に行こう。
日渦は口笛を吹きながら、のんびり廊下を歩いて行った。
 
     *
 
放課後の図書室は、人も疎らで閑散としている。
増田のお目当ての人物は、書架の間で返却された本の整理をしていた。
後ろからそっと近付くと、振り向きもせず彼女は小声でポソリと言う。
「何しに来たんですか?先輩」
図書室の静けさに遠慮して、増田も声を落とす。
「君に会いに」
「予備校は、、」
「5時からだよ」
ふぅ、と溜め息をついて、ショートカットの頭が振り向いた。
 
「部活を引退して暇だからって」
「邪魔しに来たわけじゃあないよ」
膨れっ面の梨紗のほっぺたを、ぷにぷにとつついて増田は笑った。
「引退したら、なかなか君に会えないからね。ほら、仕事続けて」
「だからといって、図書室まで来なくても」
増田に背中を向け作業を再開した梨紗は、書架に向かってぶつぶつと文句を言う。
 
弓道部の主将だった増田と後輩の梨紗は、部内では有名なバカップル(主に増田が)だった。
練習の時は、たいてい一緒に弓を引いている。(主に増田が)
練習のない日に図書委員の貸し出し当番で図書室に梨紗がいると、必ず増田は図書室に顔を出す。
毎日1度は顔を見ないと気が済まないらしい。(主に増田が)
 
「もう、先輩のせいでバカップルとか言われるんですよ!」
「良いじゃないか、言いたいヤツには言わせておけば。じゃあ、梨紗は俺と会いたくないの?」
意地の悪い増田の質問に、背中を向けた梨紗の首筋が赤く染まる。
「そんなことは、言ってない、、ですけどっ」
 
ムキになって反応する姿も可愛い、と思いながら、増田は梨紗の手の中の本に目を留めた。
「あ、これ」
そう言いながら、増田は梨紗の手からその本を取り上げた。
「もうっ!やっぱり邪魔するんだから」
「違うよ、読みたかったんだよ。これ」
 
怒る梨紗の頭を撫でながら、増田は片手で器用に本のページをめくる。
梨紗は、増田の持つ本の背表紙を確認する。
「『女王国の城』?」
「ああ、去年の『このミス』で3位になったミステリーなんだ」
「『このミス』って何ですか?」
「『このミステリーがすごい!』って、ミステリーガイドが毎年出てるんだ。その年の年間ランキングなんか参考になるよ。梨紗は推理ものはあんまり読まないんだっけ」
こくりと頷く梨紗に増田は笑っていう。
「一度読んでみたら?学生アリスは読み易いと思うから。恋愛要素も入ってるし」
 
パタリと手の中の本を閉じ、増田は梨紗の頭から手をどけた。
そして、辺りを見回し人気がないのを確認して、増田は手に持った本に隠れて梨紗に軽くキスをした。
「まっ、、、増田先輩!!」
頬を染める梨紗を可愛くて仕方ないと言う顔で見て、再び増田は梨紗の頭を撫でる。
「これ、借りてくるよ」
そう言って、増田は貸し出しカウンターに向かった。
その後ろ姿を見送った梨紗は、突然のキスに波立つ鼓動を何とかおさめようとする。
胸に手を当て深呼吸。そして、何かを考える素振りを見せた後、彼女は再び本の整理を始める。
本を乗せた台車を移動し、隣の書架に梨紗は本を詰め込んでいく。
 
やがて、本を分類していた梨紗の手が、ぱたりと止まった。
書架にもたれるように貸し出しカウンターの方をぼんやり見つめる梨紗の背が、不意にぽんと叩かれた。
驚いて振り向く梨紗の目の前には、よく知った顔がニコニコ笑いながら立っていた。
「日渦先輩!」
「よ!久しぶり、鷹目。相変わらず増田のお守り、ご苦労だな」
「そんなこと」
「いや〜、あの一途な莫迦を受け止められる奴はそうそういないって」
人なつこい笑顔で日渦は言い、梨紗の視線の先を追う。
「お、珍しいな。今日は豪腕もいるのか。賑やかだな」
そんな日渦に、珍しく憂い顔で梨紗は言う。
 
「ね、日渦先輩」
「なんだい?鷹目」
「豪腕先輩と喋ってる時の増田先輩って。ホントに楽しそうなんですよね。ミステリ仲間だって」
「何だ、焼きもちか?」
カウンターでは、増田と同じクラスの豪腕(姉)が何やら話し込んでいる。
どうやら増田が借りた本の話題で盛り上がっているようだ。
 
「そんなんじゃないんですけど、ただ、、、ちょっと不安になるんです」
「なに、こんなに愛されて、まだ足りないってのか?」
「茶化さないで下さい、日渦先輩」
梨紗は視線を再び貸し出しカウンターの方へと向ける。
笑いあう増田と豪腕(姉)を見ながら、梨紗は言う。
 
「私でいいのかなって」
「何が」
梨紗は遠くを見つめる目付きで、眩しそうに増田を見た。
妙に大人びた横顔に、日渦はおや?と思う。
こんな顔をする子だったろうか。
 
「何もかもが違いすぎるんです。例えば、読む本はミステリと純文学。進路は理系と文系、音楽はブリティッシュ・ロックとクラッシック、映画は、、、」
「ストップ、鷹目」
日渦はポンと梨紗の頭の上に手を乗せて、彼女の目を覗き込んだ。
 
「な〜にを勘違いしてんだ?鷹目。趣味が合うから好きになるわけじゃないだろうが」
「でも、、、」
「確かに共通の話題があれば、更に楽しいだろう。でもな」
「でも?」
「あいつ、ホントにお前さんのこと大事にしてるぜ。どれくらいかって言うとな、、、」
そう言いながら、日渦の顔がどんどん梨紗に近づいてくる。
いつの間にか頭の上にあったはずの日渦の手が、梨紗の頬に添えられている。
ちょっと近過ぎるんじゃないかと、梨紗が思ったその時。
増田の大きな怒鳴り声が耳に響いた。
 
「日渦!勝手に俺の梨紗に触るな!!」
 
静かな図書室に響き渡る大声に、皆が振り返る。
衆人の好奇の視線をものともせず、増田が凄まじい形相で梨紗の所へ突進してくる。
図書室中の注目を一身に集めてしまい真っ赤になる梨紗を日渦から引きはがし、増田は日渦を威嚇する。
 
ゲラゲラ笑いながら日渦は、さっと身を引いた。
「増田、お前よくも図書室でそんな恥ずかしい事が出来るな」
「うるさい!梨紗に触るな!」
「俺にまで焼きもちとは、相当だぜ」
頭に血が上った増田は聞く耳を持たない。
「黙れ!」
「おお、怖。さっさと俺は退散するよ」
 
2人から遠ざかりながら、日渦は梨紗にそっと言う。
「お前さん、このくらい大事にされてんだ。分かったか?」
日渦は梨紗に向かってヘタなウィンクをしてみせる。
そうして、とっとと図書室から出て行ってしまった。
 
謀られた、と思った時には、時すでに遅し。
日渦は去り、2人はぽつんと書架の間に立ち尽くしていた。
図書室にいる全ての人間の、笑いを含んだ視線が、梨紗と増田に痛いほど突き刺さる。
 
「クソっ、日渦め〜」
「っていうか、増田先輩どうしてくれるんですか!もう恥ずかしくて図書室来られないじゃないですか!」
真っ赤になった顔を手で覆って首を振る梨紗に、増田は困りきる。
貸し出しカウンターからそんな2人を見て、豪腕(姉)は腹を抱えて笑っている。
「すまん、、つい、、、」
「もう、信じられない!」
「あ"〜〜〜」 
増田は唸り声をあげて天を仰ぎ、悪戯の過ぎる日渦と単純な自分とを心から呪った。
 
 
 
翌日から彼らが、『弓道部内では有名なバカップル』から『学内一有名なバカップル』に昇格したのは言うまでもない。
 
 
 
Fin.
 
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【後書きのようなもの】
ゆづき様のみ、お持ち帰り可です。
 
いただいたリクエストは『高校生で、ロイが先輩リザ後輩で、ロイが同学年のリザ友人にやきもちを焼く話。甘めな感じ』。
甘めを心がけました。このくらいで大丈夫でしょうか?甘くないですか?Invierno Azul的にはゲロ甘なんですが。。。やっぱり、学園ものなので『図書室の書架の影で隠れてキス』は外せませんでした。ふふふ。
一応、登場人物は分かるとは思いますが、増田英雄=ロイ、鷹目梨紗=リザ、日渦=ヒューズ、豪腕(姉)=オリヴィエ様です。リザ友人ではなく、リザ先輩になってしまいましたね、すみません。
リクエスト、ありがとうございました!楽しんでいただければ、光栄です。
 
テーマ曲は、Mr.Childrenの「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」で。
高校生くらいの恋愛って、こんながむしゃらさが似合う気がします。