overcommitment

overcommitment :【名】 積極的な介入、越権行為
 
         *
 
「何故ですか? 理由をお聞かせ下さい」
リザが私の副官になってから初めて、対テロリストの実戦命令が出た日。
本部で待機するようにという私の命令を聞いたリザは、不服そうな顔を隠そうともせず反論した。
 
「そんなに現場に出たいのかね」
「私は中佐の副官です。中佐の行かれる場所に同行させていただくのが道理かと思われます」
あくまでも私に同行すると食い下がるリザの鋭い眼光から、私は視線を逸らした。
勿論、彼女の実戦能力を疑っているわけではない。
むしろ、彼女の能力の高さは東方司令部の誰より知っていると、自負しているくらいだ。
 
ただ、初めての現場から荒事に連れて行く気にもなれなかった、と言うのが正直な所だった。
イシュヴァールを体験している彼女に今更なのだが、私の気持ちは未だ揺れていた。
彼女を副官にする時あれだけ厳しい事を行った割に、我ながら甘い事だと思う。
が、割り切れないのが人間と言うもの。
正直、血に塗れた人生を歩むのは私一人で十分だ、と今でも思っている。

「激しい戦闘になるぞ」
「一度、現場での私の働きを見ていただいておく必要もあると思うのですが」
昔と変わらず頑固な彼女は、一歩も譲らない。
こちらとて確たる理由があるわけではないのだから、説得力に欠ける。
長い押し問答の末、結局、現場に出ると言って聞かない彼女を私は渋々同行させたのだった。
  
結論から言えば、彼女の働きは私の予想以上のものだった。
武装集団を前に一歩も引かず、正確な射撃の腕で冷静に敵の数を減らしていく彼女の存在は、我が軍にとって大きな戦力となった。
俊敏な動きで敵を翻弄しながら、的確に急所に弾丸を叩き込む。
戦闘能力を失った敵の屍に眉一つ動かさず次のターゲットへと向かうその姿には、気負いが見え隠れするものの、心配することなど何もない。
イシュヴァールで彼女の長距離射撃の腕前は知っていたが、接近戦においても彼女の射撃の腕は目を見張るものがあった。
それに触発された我が軍の兵は驚くほどのスピードで、テロリストたちの主力をたいらげていく。
 
やがて、テロリストたちの本拠地を確保したという通信が私の元に入った。
戦闘開始から5時間、悪くない。
私は各隊に次の指令を伝え、己の直轄の隊には暫しの待機を命じる。
武装を解くような莫迦は流石にいないが、ほっとしたような空気が部隊に流れた。
 
私の命令から一拍置き、リザはゆっくりとグリップを握る手を開いた。
強張った手を解すように指を動かし、弾薬ケースに手を伸ばす姿には無駄な動きがなく、優美さすら感じさせる。
私はそれを横目に見ながら、発火布の手袋をはめたまま現場を見渡した。
街のあちこちから煙が上がり、時折どこかで乾いた銃声が聞こえてくる
が、テロリストの主力部隊を排斥した以上、抵抗が止むのは時間の問題だった。
次々に散会させた各隊からの報告がもたらされ、私は矢継ぎ早に次の指示を与えていく。
煤と砂埃にまみれてなお美しい私の副官は新たなマガジンを装填し終えた銃を手に、そんな私の後方に影のように付き従っていた。
つかず離れずの適度な距離感、射撃の腕前、的確な判断、どこから見ても全く非の打ち所のない副官だ。
私は溜め息をついた。
 
「少尉」
「何でしょうか」
振り返らず呼びかけると、答える声と共にリザの気配が近づいた。
「君はイシュヴァール戦以降、実戦に出るのは初めてかね」
「はい」
簡潔な愛想の欠片もない回答に私は一人笑い、そうして表情を厳しくしてからクルリとリザを振り向いた。
 
「今日は何人殺した?」
一瞬虚を突かれた感で僅かに顔を歪めたリザは、唇を噛むように答える。
「数えてはおりませんが、マガジンの消費量から十人は超えていると思われます」
「全く有能なことだ」
「何を仰りたいのですか?」
明らかにムッとした顔で、リザが問う。
予想通りの反応に私は少し笑った。
 
「君は考えたことがあるか?」
「何でしょう」
不機嫌な顔のまま、ぶっきらぼうにリザは返してくる。
こういう時に感情を隠せない辺りまだまだ青いな、と場違いな事を思いながら私は言葉を選んで彼女にぶつける。
「この血にまみれた日々を生涯繰り返して生きていく自分を」
 
リザは一瞬、目を見張る。
「……はい」
即答、とは言えない詰まった返事に、私は彼女の若さと弱さを見る。
彼女より何年か長く生き、長く人を殺して来た私は、そこに過去の自分を見、彼女を現在の自分と同じにしたくない思いが再び頭をもたげる。
佐官の副官には、現場には出ない文官も多くいる。
彼女にその道を歩ませる手もある。
これだけ敵の脅威にもなり容姿も目立つ彼女だ、命を狙われる危険も大きい。
彼女の実力を見てその危険性の高さに、私は更にその思いを強める。
今なら、まだ現場に出ない生き方を彼女に選ばせることも出来る。
 
「我々の前には、この果てしなき人殺しの道が広がっているのだ。血の河はますます深くなり、その重さは常に増すばかり。例え戦いの日々が止んでも重みは消えない」
「それは、イシュヴァールで、いえ、軍に入った時点で覚悟していることです!」
苛立った様にリザがいう。
彼女は彼女なりの覚悟を持って私の副官になったのだろうから、腹が立つのも分かる。
だが。
 
「避けられるものを、無理に背負わなくても良いんだぞ」
「しかし、中佐」
また、言い合いになるのか。
私は溜め息をついた。
そう、理論的でないのは百も承知なのだ。私は今、感情に任せて話しているのだから。
「血の海を渡るのは、私一人で十分だ。君にまでその道を歩ませたくはない」
苦笑まじりの一言に、反論する気でいたリザは毒気を抜かれた様に黙り込む。
 
「卑怯なのは分かっている。しかし、こうでも言わなければ理屈で勝たせてもらえないのは、今朝学習したばかりだからね」
完全に手の内を明かす事で、私はリザを追いつめようとする。
頑なリザには、案外こういう手が効くのだ。子供の頃から変わっていない。
私は内心そんな事を考えながら、新たな報告に耳を傾け、別部隊への指示を出す。
リザは黙り込んだままだ。
 
テロリストの残存兵が動いているようだ。
そろそろ我々の本隊も動かねばなるまい。
私は振り返り、直轄の隊へ移動の命令を下す。
隊長に別動隊との合流の指示を出し、リザにその補佐に当たるよう命じる。
 
隊長に続いてぞろりと動き出す隊を見ながら、私は当然のように隊の最後尾についた。
最も危険な場所には自分が立つ。
イシュヴァール以降、私が必ず自らに課していることだ。
 
発火布の状態を確認し、ふと振り向けば先頭につけたはずのリザが私の後ろに立っていた。
「少尉! 何をしている!」
リザを言い負かしたつもりでした私は、彼女の思いがけない行動に驚いた。
「君は先頭で隊長の指示に従ってだな」
「しかし、私は中佐の副官ですので」
しらっと言い切るリザに、私は怒りをあらわにする。
 
「命令違反だぞ!」
「背中を任せるとおっしゃったのは中佐です」
返事に詰まる私に、リザは硬い表情のまま言葉を継いだ。
 
「私は、私の背中に負った業を中佐に押し付けて、一人のうのうと安全な場所にいるわけには参りません」
「少尉……」
この頑固者め。
私は頭を抱えてみせる。
  
「それに、二人で負う方が」
「軽くなる様な荷ではないぞ」
「誰もそのような事は申しておりません。気が楽な事もあるかと、思う次第です」
「まったく、減らず口だな」
「正直なだけです。それに、一度に相手にする敵の数は二人で負う方が楽だとは思いますが」
そう言いながら、リザの目は右手の瓦礫の山へと動く。
どうやら、先程の報告にあった残存兵がこちらに気付いて近づいて来たようだ。
 
まったく口では敵わない。
お手上げだ。
私は遂に諦めた。
 
「後で後悔しても知らないからな」
「元より承知」
 
我々は互いに己の手元を確認し、背後から近づく足音に己の武器の矛先を向けた。
 
 
 
 
Fin.
 
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【後書きの様な物】
あ、今年は良い夫婦の日を逃してしまいました。