overindulgence【おまけ】

overindulgence:【名】わがまま、甘やかし過ぎ、耽溺、放縦
 
     *
 
レベッカ
正門を出た所で名を呼ばれ、レベッカは振り向いた。彼女の目の前には、私服のリザが立っていた。
「リザ、どうして……」
 
あの無能大佐はリザが家を出るまでに間に合わなかったのかしら?
せっかく人が気をきかせてあげたのに。
胸の内でレベッカは悪態をつく。
しかし、その視線がリザの手元に注がれた時、彼女の表情はほどけた。
リザの手には赤いリードが握られていて、そのリードの先には、見慣れた子犬が千切れんばかりに尻尾を振っていたからだ。
 
リザがブラックハヤテ号を連れていると言うことは。
 
レベッカは漸く安心して頬を緩めると、しゃがみ込んで子犬の頭を撫でながら言った。
「ハヤテ号、お前も大変ね。莫迦みたいに意地っ張りな飼い主を二人も持って」
「あら、飼い主は私だけよ」
そう言いながら笑うリザをわざと無視して、レベッカは子犬に話し続ける。
「薄情なご主人様が帰ってきてくれるのは、私のお陰よ。感謝なさい、ハヤテ号」
「あら、ちゃんと感謝しているわ」
「まぁ、どのくらい?」
子犬の代わりに答える飼い主と目線を合わせ、レベッカは立ち上がった。
 
「そうね、ワイン二本にデザートを付けてもいいくらい」
「フルコースじゃないのね」
「そっちは大佐に言って頂戴」
済ました顔でそう言うリザを、レベッカはニヤニヤしながらからかう。
 
「元のさやに収まった途端、強気ね」
「最初が肝心、って誰かさんが教えてくれたからよ」
「良いわ、その調子」
二人は見つめあい、そして声をたてて笑った。
 
「ありがとう、レベッカ
「私は唆しただけよ」
そう言うレベッカに、リザは少し眉間に皺を寄せてみせて言葉を続けた。
「でも、よくもウチの上官をサボらせてくれたわね」
そんな事を言いながらも、内心は怒ってもいないことは口調から伝わってくる。
むしろ照れ隠しをしているのが、よく分かった。
 
「彼の中の優先順位についてまでは、私は知らないわ。良いじゃない、会議より貴女が大事だったって事でしょ?」
シラッと言い切るレベッカに、リザは苦笑する。
「そう言われちゃったら、怒るに怒れないじゃない」
「良いじゃない、素直に嬉しいって言えば」
「無理よ、私、あの人の副官なんだから」
リザの台詞に、今度はレベッカが苦笑する。
 
「相変わらず、堅いわねぇ」
「仕方ないわ、これが私なんだもの」
まぁ確かにその融通の利かなさも、貴女の魅力なんだけど。
レベッカは、そう考えながらリザの肩をトンと押した。
 
「で、こんな所で無駄話してないで早く帰ってあげたら? お待ちかねでしょ、貴女の上官」
「ん」
珍しく素直に頷いたリザは、改めてレベッカに向かって言った。
「ありがとう、レベッカ
リザが清々しい顔で微笑むのを見て、レベッカはまた子犬に話しかけた。
 
「いままでの我慢の分、今夜は御馳走食べさせてもらいなさいね、ハヤテ号」
「そうするわ、いま大佐が準備してくれているわ」
そう言って、リザは歩き出す。
 
その背中にレベッカは、ひらりと言葉を贈る。
「最初が肝心よ!」
 
彼女の返事は無かったが、代わりに愛犬が頼もしくワンと一声鳴いた。
ひらりと肩越しに振られる手。
 
ああ、これなら大丈夫。
レベッカは、ニコリと笑うと自分も家路へと足を踏み出した。 

 
  
  
 
 Fin.