overtalk

overtalk :【名】 話し過ぎ、しゃべり過ぎ、饒舌
 
     *
 
「お父さん、お久しぶりです」
リザは墓前に跪き小さな花束を供えると、そっと手を合わせ墓石に語りかける。
「命日にも来られなくて、ごめんなさい」
答える声はなく、代わりに風がびょおと鳴った。
 
リザは抱えてきた袋の中から、ウィスキーのボトルを取り出す。
「これは不肖の弟子殿から」
そう言って、花束の横にボトルを供える。
「笑っちゃうでしょ? お父さんがお酒飲めないの知ってるクセにね」
軽く苦笑いの表情を作って見せ、それからふっと頬を緩めると、彼女は掌で墓石を撫でた。
もちろん、リザとて本気でそう思っている訳ではない。
供えた物は後で管理人に、引き取ってもらう事になっている。
初老の管理人への気遣いとして、大佐がいつもそういった品を墓参りに行くリザに託すのを、リザは寧ろ有り難く思っているくらいだった。
 
「元気でやっているわ。彼も、私も」
2人とも父の望まぬ軍人になってしまった現実を、あの世で父はどう思っているだろうか。
大佐が軍に入ったことは父も知っていたが、まさかリザまでその後を追おうとは、夢にも思わなかっただろう。
「相変わらず、バカみたいに忙しいけれどね」
そう言ってリザは笑う。
そして、話を切り出しかねるかのように少しの間、目を伏せ瞬きを繰り返した。
風が促す様に、彼女の背を押す。
 
「辞令は、まだなんだけれど」
歯切れ悪く、リザは言葉を切った。
また風が鳴り、リザの後れ毛がきつく吹き流される。
 
「近々、セントラルに行くことになりそうなの」
 
言葉にしてしまうと気が楽になったらしく、リザは言葉を続けた。
「今日はその報告に来たの。今までより、もっと来られなくなりそう。ごめんなさい」
我ながら親不孝な娘だ、でも。
「行って、きちんと自分がして来たことの片を付けてくるわ」
そう、大佐とともに。
一息にそう言うと、リザはキッと表情を引き締めた。
 
「軍に入って、お父さんの言っていた事の意味がよく解ったわ。自分の弟子を国家錬金術師にしたくなかったわけも」
イシュヴァールで、若いリザの理想は粉々に砕け散った。
信頼し秘伝を渡した男はその力で民を焼き、希望に燃え訓練で培った技術でリザは人を殺した。
人に幸せをもたらすべき錬金術が、何故人を殺し傷つける為に使われているのか。
自分が信じて、見守って来た父の力が。
若かったリザは錬金術の在り方に、疑問を持った。
 
「でも、お父さんのように力を封じて隠遁してしまうことが、正しかったとも思えないの」
大きな力は諸刃の剣だ。
それはつまり負の面があるならば、必ず正の面があるとリザは信じたかった。
隠してしまえば、力は存在しないと同じになってしまう。
折角の父の力を埋もれさせてしまう事を、惜しいと思う気持ちもリザにはあった。
 
「今でも何が正しいかなんて、私には分からないわ。ねぇ、お父さんはどう思う?」
問いかけに答えを待っている訳ではない。
ただ、自分の心を確かめたいだけ。
 
それでも、「もしも」があり得るとしたならば。
リザは父が生きていたら、なんと答えたか知りたかった。
幼い頃に他界した父と、こんな深い話をした事は無かった。
出来る事なら、もう少し生きていて欲しかった。
怯えずに父と話を出来る日が来る時まで。
 
しかし、人生に「もしも」は存在しない。
あるのは、大佐とともに歩むと自分で決めた「今」だけだ。
だからこそ。
 
「その答えの為にも、私、行ってくるわ。お父さんの力がきちんとこの国の人々の為に役立つ事を、見届けて来ます」
そう、私は信じたのだ、父の力を。
そして、大佐を。
何を今更、悩む事があろうか。
 
何かを振り切る様に、リザはふるりと頭を振った。
「今日は珍しく喋り過ぎてしまったわね」
そう言って立ち上がると、リザは眩しそうな顔で笑った。
 
「お父さん、聞いてくれて有り難う。いってきます」
リザの背を押す様に、風がびょうと鳴った。
それを合図に、リザは歩き出す。
大佐とともに、自分の明日を紡ぎだす為に。
 
 
  
Fin.
 
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【後書きの様なもの】
お彼岸ですので、お墓参り。