Blue

私が洋服を選ぶ基準は、 非常に単純だ。
『首の秘伝の紋様が隠れるか』
その一点に、尽きる。
後はまぁ、動き易いかとか、銃を内蔵し易いかなど、およそ色気のない理由ばかりだ。フリルだとか、レースだとか、花柄だとか、そんなものが必要な理由が全く分からない。
大佐にはよく叱られるが、私はそれで良いと思っている。
 
だいたい、私がこの秘伝を隠さなければ、困るのは大佐の方なのだ。
まったく、首筋の下三分の一が隠れる洋服を探す方が大変なのに、この努力は評価の対象とならないらしい。
私はショップの陳列棚を見ながら、無意識に黒のタートルネックのカットソーを手に取った。
これなら、仕事の時に着るのにちょうど良さそうだ。
 
軍服でいる時は、何も考えなくて良いからとても楽だ。
夏でも冬でも大抵の場合、黒いタートルネックで済ますことが出来る。
だいたいのところ、軍人などというものは着るものに頓着しない人種だ。
洒落者の大佐ですら白いワイシャツ一辺倒だし、フュリー曹長も大佐と同じ、ブレダ少尉は白のTシャツ。
ハボック少尉に至っては、洗濯の頻度すら怪しい黒いTシャツばかり着ている。
だから、私が毎日似たような襟の詰まった服を着ていても、誰も何も言わない。
くだらないことだが、こういう時軍人で良かったとしみじみ思う。
 
そんな事を考えていると、店員が私に声をかけてきた。
「ご試着いただけますので、お声かけて下さいね」
私は店員に微笑んで了承の意志を示し、この夏の新作のコーナーへと移動した。
オフショルダーのワンピースや、スクエアネックのTシャツが華やかに並んでいる。
夏は露出の多い服ばかりで、着られるものが少なくて本当に困る。
結局、私は無難なスタンドカラーのストライプのシャツを選び出す。
ノースリーブの少しカジュアルなデザインが、目にとまったのだ。
肩甲骨の外側まできちんと隠れる服であることを確認しながら、私は胸の内でそっと呟いた。
 
お父さん。
今更こんな愚痴を言うのも何ですが、秘伝はもう少し下に彫ってもらえれば、有り難かったのだけれど。
 
記憶の中の父は、気難しい顔で首を傾げている。
あの父に娘が着るものの事を考えろというのが、どだい無理というものだ。
そんな暇があったら、新しい構築式のひとつもひねり出して喜んでいる事だろう。
そういえば、父自身、着るものに全く頓着しない人だった。
これはもう、仕方がないとしか言いようがないのかもしれない。
 
私は一人で笑って肩をすくめると、レジへと向かったのだった。
 
      *
 
翌日、私は新しく買ったシャツを着て、大佐に会いに行った。
マメな大佐は見た事のないシャツに気付いて、おそらく誉めてくれるだろう。そして、きっとこう付け足すのだ。
「もう少し露出が多いと、嬉しいのだがね」
ああ、その時の口調まで浮かぶようだ。
そう考えながら歩いていたら、大佐がこちらに向かって小さく手を振っているのが目に入った。
私は歩調を早め、大佐に近付いていった。
 
「夏らしくて良いじゃないか。よく似合っている」
珍しくお褒めの言葉だけで終わったので、少し面食らったが悪い気はしない。
なるべく表情が緩まないよう注意して、私は大佐の横を歩く。
「そういった服は好きかね」
「そうですね。動き易いですし、少しデザインの効いている所が」
「そうか。それは良かった」
彼の笑顔が大きくなる。
 

何が良かったのだろう?
何だかイヤな予感がする。
 
にこにこしている大佐に疑わし気な視線を向け、私は彼を詰問する。
「何か企んでいらっしゃいませんか?大佐」
「人聞きが悪いな、全く。このあいだ君に贈ると約束したドレスの襟元が、それと似たようなデザインなのだよ」
ああ。
大佐の返事に、私はホッとする。
 
私にドレスを贈ると言って聞かない大佐に、仕方なく『背中の秘伝が完全に隠れて、大人しいデザインのものを』と妥協案を出したのはひと月前。
どうやら、その要望を入れたものを用意してもらえたらしい。
 
「スタンドカラーでノースリーブで、空色な所まで同じだ」
確かに、このシャツは細かいブルーのストライプなので、離れて見ると淡い水色に見える。
「ちょうど先日、届いた所だ。取りに来るかね?」
上機嫌な大佐につられ、私は微笑んで彼の申し出を受け入れ、彼のアパートへと向かった。
何にせよ、新しい服と言うのは心が浮き立つ。
そんなこんなで、私は自分の“イヤな予感”の事をすっかり忘れてしまったのだ。
 
が。
 
「大佐! 一体なんですか、この服は!」
大佐に促されるまま、彼の部屋で贈られたドレスに着替えた私は、鏡を見て呆然とした。
そこに映っていたのは、信じられない姿の自分だった。
「気にいってくれたかね?」
ニヤニヤ笑う大佐の鼻の下は、完全に伸びている。
「華美でなくシンプル、花柄もフリルもレースも一切付いていない。もちろん、背中の秘伝は完全に隠れる。君の要望は全て叶えたはずだがね」
「しかし!」
「それに、さっき君が着ていたブラウスに似ているだろう?」
確かにその通りなのだが……。それにしても……。
 
「この常軌を逸したスリットは、いったい何なんですか!」
 
ほとんど叫ぶような私の疑問に、更にニヤニヤ笑いを濃くしながら大佐はしらっと言い抜ける。
「知らないのかね。シンの国の民族衣装だよ。やあ、思った通りだ。よく似合っている」
私は拳を握り締め、唇を噛む。
この男の言う事を、真に受けた私が莫迦だったのだ。
今、私が着ているドレスは、確かにスタンドカラーにノースリーブ、シンプルな青一色のシルク製のロングドレスだ。
ここまでは良い。
問題は、そのデザインだ。
 
高襟で胸に飾り釦のついや細身のドレスは、ぴったりと身体のラインが浮き出てしまい、やたら胸が強調されている。
しかも、踝まで長さのあるスカート部分は、腿の付け根まで両サイドにスリットが入っていて、もう何を隠しているのだか訳が分からない。
 
満足げに近寄ってくる大佐に回し蹴りでも食らわせてやろうかと思ったが、そんな事をすれば更に彼を喜ばせるだけだと思い直し、私は仏頂面で対応する。
「やぁ、リザ。艶っぽくてたまらないね。着てもらって直ぐになんだが、脱がせてしまいたいくらいだ」
このエロバカ大佐が!
我が上官ながら、こういう時は本当に頭が痛くなる。
私の腰に手を回す男のニヤけた顔を見ながら、私は胸の内で呟いた。
 
お父さん。
今更こんな愚痴を言うのも何ですが、弟子はもう少し選んで採ってもらえれば、有り難かったのだけれど。
 
記憶の中の父は、やはり気難しい顔で首を傾げているだけで。
そんな事を考えているうちに、大佐の手がスリットの間から忍び込む。
私は憂うつな思いで溜め息をつき、大佐の手の甲をつねりあげたのだった。
 
 
  
Fin.
 
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【後書きのような物】
原作ラフ画集のロス少尉のチャイナ服姿より。(古)
まぁ、太腿フェチ増田なら、リザさんに着せたいだろうなぁ。
 
あと、リザさんはきちんと家族としてのお父さんの思い出を持ってたら良いなぁと思います。
鋼は親との縁が薄そうな人が多いのが、時々辛いのです。
エドとアル然り、ウィンリィ然り。