08.足枷【03.At EastCity】

あの人の足枷になるくらいなら 私は
 
           *
 
ザァザァと激しい音をたてて雨が、蒸気機関車の汽笛をかき消す程に降り続く。
まだ人影も疎らな早朝のイーストシティ駅のターミナルで、リザは待ち人と巡り会った。
 
「いよう!リザちゃん、お出迎え感謝するぜ」
「ご無沙汰しております、ヒューズ中佐
朝っぱらからテンションの高い人だ、と半ば呆れるようにリザは敬礼をする。
まぁ、そのくらいのパワーが無ければ、軍法会議所の激務は勤まらないだろう。
 
上官命令で、朝一番の汽車でセントラルからやって来た客人を迎えにきたのだが、目の前にはヒューズ一人しかいない。
「アームストロング少佐はご一緒ではなかったのでしょうか」
訝し気に問うリザに、ヒューズは片手で謝りながら答えた。
「ああ、少佐はこの次のサウスシティから直行便で来ることになっているんだ。30分ばかり待ってもらっても良いかな?リザちゃん」
「構いません。が、リザちゃんというのは止めて頂けませんでしょうか?」
「悪ぃ、悪ぃ。嫌だったか?」
「そんな事はありませんが。。。」
そんな風に呼ばれる事に、慣れてないだけだ。リザは内心で付け加える。
 
実のところ、リザは上官の友人である、この気さくで人懐っこい男が少々苦手であった。
明るい笑顔でスルリと人の懐に入り込み、そのクセ鋭い観察眼は常に様々な事を見透かしている。
普段口数も少なく、あまり感情を表に出さないリザにとって、自分の領域に容易に踏み込まれるような感覚を与えるこの男は、どうもやり難い相手だった。
 
「リザちゃ、、、っと、ホークアイ中尉、朝飯は食ったかい?」
「はい、軽く済ませて来ました」
「じゃ、コーヒーくらい付き合ってくれよ。奢るからさ」
にっこり笑ってそう言うが早いか、ヒューズはリザの返事も待たず、コーヒースタンドへとスタスタ歩き出した。
どうやら拒否権はないらしい。
リザは中佐に見えないように軽く肩をすくめると、彼の後へと続いた。
 
     *
 
「で、被疑者のヤローは“娘だったモノ”と一緒に、現在は自宅軟禁されてんだな?」
「はい。逃亡の恐れなし、ということで。憲兵が見張りに立っています」
サンドイッチを頬張りながら事件の概要を確認したヒューズは、憤った表情で言葉を繋ぐ。
「ったく、ひでぇ話だ。庇護すべき家族を実験材料にしちまうたぁな」
「全くです」
熱いカフェオレのカップを置いて、経過を語り終えたリザは頷いた。
何とも陰惨で後味の悪い事件としか、言いようがなかった。
犬とのキメラにされた少女は、大佐の力をもってしても元には戻せないという。
知らず知らず深い溜め息をつくリザに、ヒューズは同情の眼差しを向ける。
 
「うちにもそう変わらない年頃の娘がいるからなぁ、余計やり切れん。娘なんて、可愛がってなんぼだと言うのに、なぁ。あ、中尉、うちの可愛いエリシアちゃんの写真、見るか?元気出るぞ?」
そう言って、事件の話をしていた時の渋い顔とは打って変わった、とろける様な笑顔をヒューズは浮かべる。
「結構です!!」
鼻の下を伸ばして懐の写真を取り出そうとする彼に、リザは即答する。
常の自分の上官の被害状況を鑑みるに、例え不敬罪になろうとも彼の親バカ攻撃は避けなければならないとリザは学習していた。
残念そうに写真を弄るヒューズにホッとしながら、リザは話を実務に戻した。
 
「少佐が着かれましたら、直接現場に向かわれますか?」
「いや、いったん司令部に寄ってもらえるかな。頼むよ」
娘の写真を見つめ、ヒューズは返答する。そして急に真面目な顔を作り、リザに言った。
「しかし、本当に俺には理解出来ねぇな、娘や妻をキメラにしちまうたぁ。殺しちまうより酷い」
「彼にとっては、錬金術の方が家族よりも大切だったのでしょう」
リザはそう答え、自分の父の面影を胸によぎらせる。そして微かな痛みを振り払うかのように、カフェオレを飲み干した。
錬金術師の性、か」
そんなリザを痛ましい表情で見やり、ヒューズは愛娘の写真を懐に仕舞う。
 
「なぁ、中尉。ロイのヤローは今回の件、なんて言ってんだい?」
突然出た上官の名前に少し驚きつつも、リザは昨日の上官との会話を反芻した。
タッカーの行為を『悪魔の所業』と評したリザに、彼は自分が人間兵器であることを引き合いに出してこう言ったのだった。
「『人の命をどうこうするという点では、タッカー氏の行為も我々の立場も大した差は無い』、と」
「相変わらずだな、あいつも」
片頬に仕方ないといった笑みを浮かべて、ヒューズは手の中のカップを玩ぶ。
「なんだかんだ言って、自分のダメージが大きい時程強がってみせやがる。知ってるだろ?」
ヒューズにそう問われ、リザは返答に詰まる。
 
確かにリザは、自分の上官のそう言う一面をよく知っている。
しかし、それを『知っている』ことはおくびにも出さず、ただあの男の傍らに居る。
その事実を他人に説明する言葉を、リザは持たない。
ただ、それが2人の暗黙の了解なのだから。
 
ヒューズはリザの返事を待たず、一人語りのように話し続ける。
「あいつぁ、青臭い莫迦でな。ほんと、困ったヤツなんだ」
そう言って笑うヒューズの顔は、娘の写真を見ている時と同じように優しく見えた。
「強がりだし、何でも一人で抱え込もうとするし、理想は捨てねぇし、本当に困ったヤツなんだ。知ってるだろ?」
 
知っています
胸の内でだけ答えるリザに、あえて視線を向けずヒューズは語りかける。
 
「だからよ、リザちゃん。アイツをきっちり捉まえててやってくれねぇかな」
「捉まえる、、、ですか?」
言葉の意味が上手く繋がらず、リザはおうむ返しにヒューズの言葉を繰り返す。
「ああ、アイツだって人間だ。あっち側に行きそうになることもあるだろう。なんたって、あんだけ困ったヤツだからな」
リザには答える言葉が無い。
「そん時、しっかり現実に繋ぎ止めてくれる人間が居るといないとじゃ、大違いだ」
「私は副官ですから」
ようやくそう言うと、リザはマジマジとヒューズの横顔を見つめる。
一人の男を支えようとする男の友情は、存外自分の感情と似ているのか。
その時、ヒューズが不意に視線をリザに戻したので、リザは不覚にもどぎまぎしてしまう。
 
互いの視線が絡み、探りあう。
相手の瞳に浮かぶ色は、やはり同志の色。
 
「よろしく頼むよ、リザちゃん。しかし、副官と言うよりだな」
少し考えるポーズをとって、ヒューズはニヤリと笑った
「俺には家族が居る、それと同じように支えてやってくれよ。リザちゃん」
そう言って下手なウィンクを送って寄越したヒューズに、リザは抗議の声を上げる。
 
ヒューズ中佐、私は!」
「おっと、リザちゃんってまた呼んじまったな。悪ぃ、悪ぃ」
あえて的外れの返事で受け流すヒューズに、リザは呆れて言葉のやり場をなくす。
そんなリザをみて声を上げて笑う男につられ、リザも思わず苦笑をこぼす。
「お、サウスシティからの汽車が着いたようだな」
そう言って勘定を払い店を出るヒューズの後を、リザは追う。
 
前を歩くヒューズが、振り返らずに言った。
「今度、セントラルに赴任になったら飲みに行こうや。ロイの弱点、しこたま教えてやるからさ」
「よろしくお願いします」
リザは心からその提案を受け入れた。
 
     *
 
しかし、その約束は永遠に叶うことがなかった。
なぜなら、ヒューズはリザのセントラル赴任を待たず、この世を去ることになるのだから。
 
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
で、このあとアームストロング少佐と合流して本部に戻り、タッカーとニーナの死を知る訳です。(自己設定)
そして、『03.無能』に繋がる、と。
 
『足枷』シリーズは、本当に難産で苦しんでおります。
ヒューズ氏の性格付けに未だに悩んでいるものですから。
気長にお付き合いいただけると、有り難いです。