crossover

crossover :【名】交差路
 
*
 
バシュッ
ロイの頬を銃弾が掠め飛んだ。
リザは、はっとしてロイの腕を掴んで彼を地面へ引き倒した。
 
バシュッ
二発目の弾は、さっきまでロイが立っていた空間を引き裂いて、生垣の向こうへと着弾した。
植え込みに顔を突っ込む形になったロイは、顔を上げようとして再びリザに頭を押さえつけられる。
 
間髪をおかず、三発目の銃弾がロイの頭上を走った。
ロイを庇いながら傍らの小さな東屋の影に移動し身を潜めると、リザは低い姿勢のまま弾の出どころに目を凝らす。
 
「伏せていて下さい。動くと位置を知られます」
陣頭に立ち指揮を執るロイは確かに標的になりやすいが、内々の会合で狙われるのは久しぶりだった。
その弾は明らかに背後から飛んできたもので、館の窓の位置を目で数え、リザは射出位置を推測する。
プロのスナイパーなら撃つと同時に移動しているだろうが、三発も撃って成功していない所を見るに、そこまでの用心は必要なさそうだった。
 
「何処からだ?」
「九時の方角、離れの一階です」
小さな窪地に潜む二人は、互いの息がかかる程の距離で囁き交わす。
一〇〇メートルに満たない距離にある小さな建物を見つめ、ロイが言葉を返す。
「この距離で外すのか」
「風がありますから」
他人事のように言うロイに、リザは真面目に返答する。
「君なら外すまい?」
そんな問いへの無言の微笑みは、彼女の自信の程を伺わせるものだった。
 
「大佐はどうして此処に?」
「館のメイドに君が待っていると言われた。君は?」
「同じです。大佐がお待ちだと言われました」
「やれやれ。今回の会合は参加者も厳選されていて、余所者が入り込む余地はなかったはずなんだが」
そう言って、ロイはニヤリと笑って見せた。
「買収されたのでは?」
素っ気なく答えたリザは、射撃手の所在の特定に余念がない。
「今回は相手が悪かったですから」
「確かに、な」
先日までロイが手掛けていたある武器商会と軍の癒着に関する内偵で、一人の中佐の存在がその中心に浮かび上がった。
財界にもパイプを持つ武器商会を敵に回すのは分が悪い、軍内部を一掃するだけで満足するしかなかった。
ロイもリザも、そう考えていた。
 
「我々を狙ったのは、どちらだと思う?」
「中佐の方ではないでしょうか」
「私もそう思う。我々が商会への追究をやめた事は、上層部のほうから話が流れているはずだろうからな」
「商会も、嫌がらせに協力くらいはするかもしれませんが」
「確かに、君の言うとおりだな」
こともなげにそう話すロイに、リザはうなずく。
 
味方に背中を狙われるのは、そう珍しい事ではない。
特にロイのように若くして出世したとあっては、狙われない方がおかしいとも言えよう。
不正を摘発し逆恨みで狙われるのも、“今更”といった感が強く、特に憤りさえ覚えなくなっている。
それは、こんな事で殺られる自分ではないという、彼の不敵な自信の現れでもあった。
  
「要らぬ輩にばかりモテて困るよ」
そんな軽口をロイが叩けば、真面目な顔でリザは言い放つ。
「いい加減、質の悪い女と味方の憎悪を買うのはお止め下さい」
如何にも心外だという表情を見せ、ロイはむきになって言い立てる。
「質の悪い女って、君。いつ私が!」
「冗談ですが。それとも何か心当たりでも?」
冷たい目で一睨みされ、しどろもどろになるロイを横目に、リザはそろりと軍服の袖から腕を抜く。
タイミングを見計らって、彼女は脱いだ上衣を宙に向かって投げた。
ところが予測した銃声は起きず、上衣ははらりとリザの手元に落ちてきた。
「?」
さっきより強くなった風が、上衣を吹き流す。
 
「風が強くなってきました。接近戦になる可能性が高いので、お下がり下さい」
「君の後ろに隠れてろというのか?」
笑いながらロイはポケットの発火布に手を伸ばした。
リザはその手を押さえ、ものも言わずロイの懐に手を滑り込ませる。
胸元を探る指先に、ロイはニヤニヤと笑い出す。
「珍しいね、君のほうからこんなに積極的になってくれるとは」
「何を勘違いなさってるんですか? 銃をお借りするだけです」
彼女の腰に手を回し抱き寄せようとするロイを邪険に押し退けると、シラッとした表情でリザは目当ての物を引っ張り出した。
 
「佐官以下の者は、邸内への武器の携行を許可されませんでしたので」
そう言って、ロイの銃をさっさと点検するリザの顔が曇った。
「大佐、もう少し銃はキチンと扱ってやってください」
「私にはこれがある」
発火布を指すロイに、リザは呆れた声で応対する。
隠蔽工作も出来ない、派手な武器の使用はご遠慮下さい」
「結局役立たず扱いか」
拗ねた様なロイの発言を無視し、リザは東屋の陰から木立の陰へと歩を進める。
「お出にならないで下さいね」
「分かった」
そう言葉を交わした瞬間、東屋の柱を銃弾が打ち抜いた。
リザの表情は、戦闘時のそれへと変化する。
ゆっくりと彼女の前に姿を現したのは、一人の女だった。
 
あくまでもロイのいる方へ向けた銃口を動かそうとしない女に、リザは言葉をかける。
「こちらを向きなさい」
「イヤです」
軍服姿の女は即答し、東屋の陰に潜むロイに向けて銃弾を撃ち込む。
同時にリザは、女の銃を容赦なく撃ち飛ばした。
ダンッ。
サイレンサーをつけない銃は、その反響音を庭に響かせる。
至近距離から手元を撃たれたその反動で、女は殴られたように倒れ込んだ。
リザは女の頭部に銃口を突きつけ、安全装置を外す。
 
「誰に頼まれた?」
リザの冷たい声に、噛み付くように女は言った。
「誰にも頼まれません!」
両手に受けた衝撃を押さえ込むように身体を捻り、半身を起こした女は下からリザを睨みつける。
「所属と階級、氏名を」
女の剣幕にも全く動じないリザに、女は苛立ったように言葉を投げつける。
「そんなもの! 剥奪されました」
「我々を狙う理由は」
「中佐を陥れた者に復讐する為に」
リザは銃の照準を女の頭に向けたまま、あからさまな溜め息をついた。
「馬鹿馬鹿しい。自滅した男に忠義立てするの」
「うるさい!」
女は激昂した。
「副官が最後まで上官に付くのは、当然のことです」
 
どうやら、女は今回の事件で処分された中佐の副官であったようだ。
調査の途中で見た、甘い顔立ちの男の写真が脳裏をかすめる。
事件に関わった者は全て処罰の対象となったという事は、女も不祥事に加担していたという事か。
リザは不思議そうに女を見た。
「では、貴女は上官が堕ちたから、自分も一緒に堕ちたというわけ」
「糺したわ! でも、あの人は聞き入れてくれなかった」
女は、うっすらと涙を浮かべる。
 
リザはますます鼻白んで、冷ややかに女を見つめた。
女の行動の全てが中途半端で、リザには理解出来なかった。
襲撃を成功させる計画性と腕がある訳でもなく、副官として上官を命を賭して守る訳でも諌める訳でもなく、ただその場の気持ちに流されているようにしか見えない。
覚悟も技術も無く、心の平静さえ保てず、どうして男を守り抜く事が出来ようか。
共に道を歩くと決めたあの日から、リザが己に課した枷は常に彼女と共にあるのだった。
 
「どうすればよかったというの?」
「そうね。私なら上官が道を誤って、戻ってこられなくなったなら」
「なったら?」
「この手で撃つわ」
潤んだ目で見上げる女に、リザはこともなげに言う。
「相手を殺して、私も死ぬ」
きっぱり言い切るリザに、相手の顔は蒼白になる。
リザの真剣な眼差しは彼女が本気でそう言っている事を物語り、女は息をのんだ。
 
2人の間に沈黙が落ちたその時、本館から数人の憲兵を従えてロイがやってくるのが目の端に映った。
何時の間にか東屋の陰を抜け出し、応援を呼びにいっていたものらしい。
やがて2人を取り囲んだ憲兵の手により、女は捕縛される
女は呟いた。
「私には理解出来ないわ……」
「でしょうね。私にも貴女が理解出来ないもの」
一瞬交錯した2人の女の生き様は、副官として一人の男の後を行くという共通項以外は余りにも対称的で、それぞれの道はスレ違っても交わる事は無かった。まるで立体交差のように。
項垂れ泣きじゃくる女は、憲兵に引き立てられていった。
 
女を見送るリザに、ロイは声をかける。
「無事だったか」
「はい」
「ま、銃を手放させた時点で何も無いとは思ったが、ヒヤヒヤしたよ」
「そんなに私の腕を信用なさっていなかったのですか」
「信用と心配は別の物だ」
そう言ってリザの肩に手を置くロイに、リザは銃のグリップを彼に向けて差し出した。
「ありがとうございました」
「いや、良い。君に預けておくよ、中尉。何かあったら、私はそれで撃たれるそうだからな」
「聞こえていましたか」
意外そうに聞くリザに、ロイは返答する。
「剣呑な発言だったな。余り人前で言うな、誤解を招く」
遠ざかる憲兵たちを、そっと指差しながらロイは声を潜める。
「しかしだな」
不意にリザの耳元に口を寄せ、ロイは囁いた。
「君に殺されるなら本望だ」
 
そう言ってニヤリと笑って踵を返すロイに、リザは慌てて付き従う。
少なくとも守るべき人が己を理解していてくれるなら、己の道を貫ける。
そう考え、彼女は上司の背に向けて、そっと微笑みを浮かべた。
 
 
 
Fin.
 
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【後書きの様な物】
お久しぶりです。
中途半端なオリジナルキャラの登場、お見苦しくて失礼しました。
 
今回のメインテーマは、増田の懐の銃を取るリザさん。
いつもより増田もヘタレ度高めで、満足です。(笑)