overtime(未完)

overtime :【名】 超過時間、延長時間、〈米〉《スポーツ》延長戦
 
    *
 
「大佐ぁ、まじヤバイっすよ」
俺、ジャン・ハボックは急カーブをドリフトしながら、危うく落としそうになった煙草をくわえ直した。
「何を言っている、そのためにお前がここに居るんだろうが」
呑気そうに返事をしながら右手はすでに発火布に滑り込ませているあたり、大佐も状況が楽観できない事は承知のようだ。
 
夕方の査察は、町外れの大型重機工場の建設関連の業者巡りだった。
その帰り、大佐を乗せて運転する車の周囲を不審車が固めている事に気づいたのは30分前の事。
今日に限って、珍しく大佐のお供は俺一人。
どこかでその情報を仕入れて来やがったんだろう。今日が狙い目とやって来た連中がいるようだ。
いつもなら容易く撒いてしまうのだが、今日の相手は物量作戦できてやがる。撒いても撒いても、後から沸いて来る。
しかもウィンドウには、ごつい重火器のシルエットが見え隠れしているときたもんだ。
夕方ラッシュ時の市街地では、こちらがあまりにも不利な状況。
市民に巻き添えが出たりすれば、軍部内からも市民からも吊るし上げられるのは目に見えている。
目立つうちの大佐にも困ったもんだよ、まったく。
 
「本部との連絡はどうなっている?」
「全く駄目っスね。強力なジャミングでノイズしか聞こえねぇ。やっこさんたち、本気っスよ。」
「やっこさんって、心当たりがあるのか?」
「大佐、先週佐官クラス以上に回ってきた書類があったでしょう、将校狙いの拉致事件の」
「ああ、あったな。しかし、なんで少尉のお前が内容知ってるんだ。」
「その辺はお堅い事は言いっこなしで。今ンとこ、このイーストで派手な動きをしてるのはヤツラくらいのもんです。」
「全く、出来る男はモテ過ぎて困るな。」
「大佐ぁ、相手選んでくださいよ。ムサイ男に追っかけられても嬉しかないっすよ〜」
軽口を叩きながらも、俺の頭の中は猛スピードで回転している。
あの人のは更に高速で回転していることだろう。
どこで決着をつけるか。
大佐も俺も、黙って逃げ回って終わるほどヌルイ根性は持ち合わせちゃいねぇ。
将校を拉致って上手く立ち回ってきたヤツラだ。上層部も躍起になっている相手。
ここで奴らをのしておけば、上への階段がまた開ける。これは、ピンチでありチャンスでもあるワケだ。
 
なるべく細い路地を抜け、最短で町を出るルートを目指す。
アクセルをグッと踏み込みんでカーブを抜ける、後ろで大佐が不意を食らって転がった。
ぷぷ。おもしれぇ。妙なとこ抜けてるんだよなぁ、この人は。
「ハボック! 笑うな!」
「へぇへぇ」
「次の角は右へ抜けろ!左は」
「わあってますよ! だぁれが、あんな物騒なヤツラ高級住宅地に引っ張りますかっての!」
4つのタイヤを派手に軋ませてカーブを抜け、ヤツラとの差を広げる。
どうよ、この俺様の華麗なるドライビングテクニック
「大佐、このまんま行くと」
「旧ステーションの倉庫街だな。やるか」
「イエス、サー!」
さて、追いかけっこはここまでだ。俺たちの実力を見せてやる。
 
旧ステーションの倉庫街は鉄道のステーションが老朽化に伴い街の南に移築されてから、めっきり寂れた地区だ。
今は古いゴシック様式の錆だらけの鉄筋と、積み残された荷物の詰まったレンガの倉庫が侘しく連なっている。
ここには一般人はめったな事では足を踏み入れない。一暴れするには申し分ない場所だ。
相手もそれを悟ったに違いない、いきなりぶっ放してきやがった。
標的を逸れた弾は、近くの塀を派手に木っ端微塵にする。
「威嚇だな」
大佐はひとりごちる。
「ヤツラは交渉材料として、俺を生きたまま手に入れたいはずだからな。」
的にされたにしては、嬉しそうな大佐。
そういや、ここしばらく中尉に睨まれてデスクワークばっかりだったからなぁ。
この人は、紙に埋もれているよりも現場の方が良く似合う。(あんまり出てきてもらっても、困るんだが。)
車窓から赤い錬成陣を閃かせ、クラップ音。
ゴムの焼ける嫌な臭い。前方の一台がタイヤを溶かしてスリップしていく。
後の一台が巻き添えになって、追突し派手な煙がボンネットから立ち上がる。
今頃ヤツらは、自分たちの相手が「焔の錬金術師」であることを思い知っているだろう。
 
「その先で乗り捨てるぞ、無線はオープンにしておけ。連絡も無く帰りが遅いのだから、本部から拾ってくるだろう」
「了解。フュリー曹長は今日は非番ですが」
「そうそう能無しばかりが、無線室に溜まっているわけでもあるまい。気付かなければ、ちょうど良い機会だ。総入れ替えしてやる」
「恐ろしいっスねぇ。」
「ばかもの、当たり前だろうが。」
 
車を線路脇に乗り捨て、大佐と手近な倉庫に飛び込む。
無線で俺たちの位置を突き止めて、何れ軍からの応援が到着するだろう。それまでの勝負だ。
俺たちが勝てば「焔の錬金術師」の名はまた上がり、セントラルへの路は近くなる。
負ければ、テロリストたちは「イシュヴァールの英雄」を拉致した実力派として名を上げる。
さてさて、どちらの売名行為となるのか、この勝負は。
ま、負ける気はこれっぽっちも無いんだが。
 
 
 
(未完)
 
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【後書きのようなもの】
GW中は更新出来なさそうなので、過去に書いた物をとりあえず。
 
チーム・マスタング物として色気も何も無い活劇(?)もの。
ラストの盛り上がり部分に粉塵爆発ネタを使う予定が14巻で原作に出て来てしまい、「ネタが被る」と一気に萎えて未完放置となってしまった作品です。
お蔵のままなのも口惜しいので、未完のままアップ。中途半端ですみませぬ。