oversweet

oversweet:【形】 甘すぎる
 
       *
 
「気持ち良いか? リザ」
「はい」
  
大佐の指が滑らかに動き、私は思わず恍惚とした微笑みを浮かべてしまう。
大きな節のたった指先は意外にも繊細で、毎回の事ながら私はあまりの心地良さに夢の世界に飛び立ちそうになる。
  
「こら、リザ。まだ途中だ」
グイと少し乱暴に髪を引っ張られ、私は現実に引き戻された。
「申し訳ありません、大佐。気持ち良くて、つい」
「ははは、キミが素直にそんな科白を言うとは珍しいな。明日は雨が降るぞ」
「では、もう二度と申しません。雨が降って無能になられては、困りますから」
「冗談だよ、キミに褒めて貰えるのは光栄だ。しかし、いい加減、無能は勘弁してもらえないか」
「でしたら、きちんと射撃練習に参加なさって下さい」
苦笑いする大佐に、笑顔で釘を刺す。
  
「あんまり可愛くないことばかり言うようなら、ここで止めても良いんだよ、リザ」
「あら、大佐がそんな冷たい方だったとは、存じ上げませんでしたわ」
他愛の無い会話が、心を安らげていく。
その間も大佐の指は、私の上で動くのを止めない。
私は至福のひとときに身も心も委ねる。
  
やがて、ザッと熱い湯が降り注ぎ、私の髪の泡が勢いよく流れていく。
大佐は慣れた手つきで、トリートメントを手に取った。
  
       *
  
いつからか、二人で過ごす一時の習慣になってしまったシャンプータイム。
ついつい大佐のペースに巻き込まれているうちに、習慣になってしまった。
下手な美容師の洗髪よりも、余程気持ちいい。無粋な錬金術の研究だけでなく、女を落とす手段の研究にも余念のない大佐の特技の一つといっても過言ではないだろう。
  
「リザ、君の髪はいつも戦場の匂いがする」
不意に言われて、ドキリとする。
そう、髪は匂いが付き易い。
私が身にまとうのは、血と硝煙と埃の匂い。
特に火薬のブレンドが強くて、自分でも辟易する事もしばしばだ。
  
「お厭でしたら、お花の香りのお嬢さんのお相手をなさってはいかがでしょう? 大佐でしたら、選り取りみどりではありませんか。リリィ、ライラック、ローズにナルキッソス……」
そう、私には縁遠い美しい花園の花を並べ上げる。
  
ザブリ
「きゃ!」
頭から冷たい水を浴びせられ、私は悲鳴を上げた。
「大佐! 何を!!」
莫迦なことを言うお仕置きだ。全く、この意地っ張りな副官には困らされてばかりだ」
そう言いながら、大佐は今度は温かい湯を私の髪に流す。
「人の話は最後まで聞くものだ、中尉」
不服顔の私の顔を上から覗き込みながら、大佐がおでこをつつく。
「この匂いが私と共に戦地を転々とした日々の積み重ねで君に染み付いたものだと思うと、感慨深くてね」
私は意外な話の展開に、目を瞬かせる。
  
「何を今更」
「有り難く思っているのだよ、背中を完全に任せられる有能な君が居てくれる事を」
あまりのストレートな大佐の言葉に内心赤面してしまうが、素直になれない私の口は勝手に言葉を紡ぎ出す。
「大佐、そう思って下さるのでしたら、あまり現場に、それも最前線に出るのはお止め下さい。それから、もう少しデスクワークにも真面目になって下さると助かるのですが」
完全な厭味に、お返しのように髪が引っ張られる。
「痛いです、大佐」
「痛くしてるんだ、当たり前だろう」
「へ理屈は結構ですから」
「イヤミも遠慮しておくよ」
  
ザブザブとお湯とともにトリートメントが流れ落ちる。
「でも、中尉、これだけは知っておいてくれ。私は君のこの匂いに安心するのだよ」
そう言って、大佐は手の平に載せた私の髪の束に口付ける。
今度こそ、私は本当に赤面する。
クスリと笑って大佐は、私の髪をタオルで包むとくしゃくしゃと掻き乱してから囁いた。
「この香りがあってこそ、君だろう? リザ」
  
私は全面降伏の体で、大佐の言葉と共に甘いキスを受け入れた。
  
  
  
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【後書きの様なもの】
極甘ロイアイ。自分でも、吃驚です。
ま、バレンタインということで。
  
ところで、人に髪の毛洗ってもらうのって、気持ちいいですよね。(笑)