over-under

over-under 【名】〈米〉上下二連銃
 
何だかんだと話を続け、なし崩しに泊まっていこうと目論む男を追い出すと、私はベッドの上に座り込んでしまった。
ああ、吃驚した。まさか、指輪なんて持ってくるなんて。
 
飼い主の様子がおかしいのを察したらしいブラックハヤテ号が、鼻を鳴らして擦り寄ってくる。
「全く何考えてるのかしら。あの人は」
何を言われているのか分からないだろう子犬は、こちらを見て小首をかしげている。
この子に話しかける事で自分の思考が整理できる、ありがたい話し相手だ。
子犬の頭を撫でながら、私は話し続けた。
「まだ大総統になるって目的も達してないって言うのに。ねぇ」
嬉しそうに私の手にじゃれつくブラックハヤテ号は、当たり前だが何も答えてはくれない。
 
人並みに結婚に憧れる気持ちがない訳ではない。
自分自身が温かい家庭というものに縁がなかったせいもあるし、今は亡きヒューズ准将一家を見て家庭に憧れた事もあった。
が、彼が死んだ後グレイシアさんが子供を守って生きていく姿を見て、私には出来ない事だと悟った。
死地に赴く人を見送り、待ち続けるなんて。たった1本の報せが彼の人の死を伝えてくるなんて。
私には無理だ、堪えられない。彼の人が死地に赴くなら共に行き、共に戦い共に死にたい。否、彼が逝く時が来たならば、彼を守って私が先に逝きたい。
そんな私には、グレイシアさんが眩しくさえ見える。女性らしい女性。私が持ち得なかったものを持ち、強く生きて行ける人。彼女を見ていると、自分が如何に歪かを痛い程に感じる。
こんな私には、指輪を受け取る資格はない。
 
しかし、指輪と一緒にデザートイーグルを持ってくるなんて反則だ。
大き過ぎて実用には向かないのが分かっていたから、憧れのままにしていた銃。
しかも、極めつけの殺し文句。
“何にしろ背中をあずけられるのは君しかいないものでね”
“私も実際の所、リングよりは銃の方が君には似合っていると思う”
女としてではなく、副官として常に傍らにいた私の矜持をくすぐる科白。
ああ、全くやられたわ。
しかも演出過剰の、あの礼服は何よ。
  
「ずるいと思わない? 思わず見惚れちゃったじゃない」
思わず見とれたなんて悟られたくないから、無表情を通したけれど危ない所だった。
いつもの童顔が髪をアップにするだけであれだけ雰囲気が変わるのは、知ってはいても見慣れていないから、余計にくる。
突然の大きな声にビックリしたブラックハヤテ号が後ずさるのも気にせず、私は更に続ける。
「あんな格好で来るなんて、やりすぎよね。しかもこんな時期に」
そう、こんな時期に。
ホムンクルスの存在が明確になり、軍部が丸々その暗部に飲み込まれているのが分かったこの時に。
 
何故“今”なのか。答えに見当がつかなくはない。
恐らく、あの人は無意識のうちに身近に迫る死を意識した。
手駒を奪われこれだけ追い詰められた状況だ、いつ何があったとしてもおかしくない。そう思ったのだろう。
彼の突飛な行動には、たいてい裏がある。気付かないとでも思ったのだろうか。
人には生きろと言いながら、自分は死への覚悟を持つだなんて。無神経にも程がある。
ホムンクルスの女に彼が死んだと言われた時、胃の底から込み上げてきた氷のように冷たい痛みを思い出す。
あんな思いは二度としたくない。
 
ため息をついて手の中の大きすぎる銃を見つめながら、ふと思いついた誓約の言葉を唱えてみる。
「死が二人を分かつまで、貴方はこの男を守る事を誓いますか?」
自問自答。答えは一つ。
 
「Yes,sir.決して死なせるものですか」
傍で元気な鳴き声が復唱をしてくれた。
さて、とりあえず、銃の手入れをしなくては。
 
Fin.

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【後書きの様なもの】
overactionの続きです。
えっと、15巻読後萌え記念ということで。
結局、甘くならない二人です。

2011/8/12 こちらも「overraction」に準じて、修正しました。