overaction

overaction 【名】 演技過剰
 
    *
 
練りに練った作戦を決行するのは今夜。
今までのどんな作戦の時でもこれほど緊張した事はなかった。
今日の相手は手強過ぎる。

色々考えた結果、結局私は軍服のまま出掛けることにした。
奇をてらわないのが一番の得策だと言う事は、経験上分かっている。
ポケットの上から発火布の手袋を存在を確かめる。
使用しなくてもお守りのように感じるのだから、私の緊張が如何ばかりのものか知れるというものだ。

夕闇に包まれた街を、細い街灯を頼りに歩いて行く。
目的地はそう遠くはないはずなのに、今日の私には長い道程に感じられる。
目的地に着いた私は、ドアの前で逡巡した。
万が一の失敗の時は、目も当てられぬ惨事になるだろう。
しかし、失敗を恐れていては事は解決しない。
考えに考え抜いた作戦だ、失敗するはずがないと自分に言い聞かせ、私は力をこめてドアをノックした。

「どちら様ですか」
「私だ」

一拍の間をおいて、ドアが細く開けられる。
彼女の琥珀の瞳が用心深く表を覗いた。

「大佐、今日はお約束はなかったはずですが」
「約束がなければ来てはいけない訳ではあるまい」
「私にも都合と言うものがあります」
「今、君は家にいるじゃないか」
「それは結果論というものです」
「留守なら出直すまでだ、気にするな。それより入れてはくれないのか」
「……どうぞ」

不承不承と言った体で扉を開ける彼女、リザ・ホークアイ中尉は足元に絡みつく子犬をあしらいながら、私を部屋の中へと誘った。
相変らず殺風景なまでに、物のない部屋だ。
唯一観葉植物だけが、この部屋の彩りになっている。
部屋の主が女性だと言う事は、細々とした備品に気付かなければ分からない程だ。

さっさと上がり込みリビングの椅子に腰を下ろすと、リザが眉をしかめる。
「大佐、コートも脱がずに何ですか。それにその格好、今日は何か式典でもありましたでしょうか?」
「いや」
「一体どうなさったのですか?」
「うむ」
「歯切れが悪いですね、何か悪い報告でも?」
「いや、違う」

ああ、もう間怠っこしいのは性に合わない!
私は愛用の黒いコートを脱ぎ捨てた。
中は軍の礼装、丁寧に髪もオールバックに撫で付けてきた。
この髪を整えるのに、どれだけ時間がかかった事か!
ポカンと立ち尽くす彼女の前に跪き、ポケットに隠し持った小箱を取り出す。
「これを、受け取ってくれないか?」
黙ったまま受け取った小箱を開いた彼女は一瞬の後、驚いた顔も見せず箱の蓋をパチリと閉めると、冷ややかに私を見つめた。

「何の真似ですか。冗談は顔だけにして下さい」
「冗談ではない」
「お断りします」
「即答しないでくれ」
「我々にそんなものが必要で?」
「そういう問題ではなく」
「兎に角、お返しします」

彼女は不機嫌そうな表情で、小箱を返してよこした。
普通の女性なら泣いて喜ぶレミス工房の新作リングなのだが、全く。
予想通りの展開に、私は苦笑する。
だが、私も男だ。ここぞと言う時に決めなくてどうする。
作戦変更を決定した私は、コートの懐から今度は油紙に包まれた素っ気ない包みを取り出した。

「では、“中尉”、こちらはどうだ」
「まだ懲りないのですか、貴方は」
「まぁ、見るだけ見てくれ」

渋々汚い包みを受け取った彼女が、ガサガサと油紙を開いた。
と、次の瞬間、彼女の目がキラキラと輝いた。

デザートイーグル! .50AE版じゃないですか!どこでこれを?」
「秘密だよ」

ああ、やっぱり。これは気に入ると思ってたんだ。
彼女が銃に気を取られている隙に、跪いたまま彼女の手を取る。
驚いた彼女を見上げ、私は再び言葉を捧げる。

「中尉、それで生涯私の背中を守ってはくれないかね」
「何を改めて」
「今日はその為にここに来た。今のままでも支障はないのだが、少し自分の中で線引きをしておきたくてね。君を束縛する何かを」
私の言葉にリザは呆れたように、だが言葉の端に僅かな微笑を滲ませて答えた。
「独占欲の強い方ですね」
「当たり前だろう、何にしろ背中をあずけられるのは君しかいないものでね」
今までにも何度も言った言葉だが、今日は特別の思いを込めて言う。
リザも気付いてくれただろうか。

「でどうだい、その銃は」
「重量やサイズの面から取り扱いに自信が無いので手を出せなかったのですが、触ってみたかったんです」
「触ってみてどうかね」
「早く撃ってみたくて、ウズウズしています」
言葉通り、彼女の手は先刻から銃をなで回すのに忙しい。
そこまで気に入ってもらえたら、私も贈り甲斐があるというものだ。

「そう言うと思ったよ。私も実際の所、リングよりは銃の方が君には似合っていると思う」
「ヒドいお言葉ですね」
苦笑しながらも、満更でもない顔でリザは微笑むと言い足した。
「でも、私には最高の賛辞です」
私は満足し、彼女に返事を促す。
「で、リザ。返事は?」
「お受け取りするのは、こちらだけですよ?」
そう言い訳した後に、ウットリと銃を見つめながらリザは呟いた。 

「何を今更」

 Fin.

  ********************
【後書きの様なもの】
 11/22(良い夫婦の日)及び、15巻発売記念SS。増田プロポーズ大作戦。成功したか、失敗したかは、貴方のご判断にお任せいたします。
 うちのロイアイは基本甘くないので、ロイのプロポーズなんてあり得ないんですが。(笑)指輪をはめてウットリするより、銃を握ってウットリするリザさんがらしいかなぁと。

2011/8/12 原作終了後の自分のロイアイ観とどうにも不整合が生じたので、修正。話の流れは全く変わっていませんが、プロポーズという言葉を全て削りました。