11.傷痕

二人が享受した悪夢は、同じ。誰も知らない共犯者の地獄。
 
         *
 
「……っ!!」
声にならない叫びを上げ目覚めると、そこはまだ未明の闇の中。
一瞬夢の続きかと鳩尾が締め付けられるような感覚に襲われたロイは次の瞬間、時計の秒針が静かに刻む音に現実を知り、ほっと安堵の溜息をつく。
 
久しぶりに見た戦場の夢……否、戦場などではない。虐殺(ホロコースト)の悪夢。
真紅の焔、真っ赤な血痕、闇の全てが紅に染まる。
染め上げるのは己の手。この世のものではないを力を宿した自分の手。
その白い手袋の甲に描かれた紅い練成陣も、いつしか血の朱に、焔の赤に塗りつぶされていく。
おぞましい紅い色が全ての赤を飲み込む。
嬉しげに、哀しげに、悲鳴を上げながら。
化物、人間兵器と遠くで蔑む声が響く。
目を閉じても、耳を塞いでも、消える事のない己の手が作った悪夢。
赤と黒の煉獄の傷跡。
 
イシュヴァールの英雄などと言われてみても、所詮ただの人殺しに過ぎなかった。
人殺しどころではない、大量虐殺の血塗れの狗だ。
その過去に追われ、夜に怯える狗。なんとも滑稽だ。
唇の端に苦い自嘲の笑いをのせて、ロイはベッドに裸の上半身を起こした。
 
ぶるりと漆黒の髪を闇に揺らし、夢を振り落とす。
隣に眠る彼女を起こしてしまっただろうか。
と、振り返ったロイの眼に入ったのは、その白い背に浮かぶ火蜥蜴の練成陣だった。
そう、これが全ての始まりだった。
また夢の続きに飲み込まれそうになりながら、ロイはその半ば崩れた陣の文様を無意識に視線で辿っていた。
 
初めてこの背中を見た時の衝撃、夢中になって解読した日々、理解し驚愕し、そして実践に向かった日。
自分の過去をオーバーラップさせながら、陣の文様を刻んだ背中を見つめる。
白い滑らかな肌には不似合いな、恐ろしいほどの力を秘めた文様。
己を闇に突き落とした、憎悪すら覚える恐ろしき文様。
決して彼女自身が望んだものではないのに、彼女の運命を廻す残酷な文様。
今の自分をここまで導いた運命の文様。
練成陣の中に、血と闇の戦場が鮮やかに蘇る。内なる怒号と悲鳴。
その陣を描く柔肌に爪をつき立て滅茶苦茶にしてしまいたい衝動と、跪き慈しみたい衝動とがロイを引き裂いた。
 
「どうかされましたか? 大佐」
ロイの激しい気に眼を覚ましたらしいリザが、ロイを振り向いた。
葛藤の目標物が視界から消えたことで、ロイは遠く赤と黒の世界から現実に引き戻される。
仄かな灯りに照らされた不安げな榛色の瞳が、漆黒の瞳を見上げている。
「また、あの夢を見られたのですか?」
答えなくてもリザもわかっている。
イシュヴァールの悪夢は、彼女にも訪れているのだ。
紅蓮の焔の舞う中、スコープ越しに一つ一つ命を奪っていった戦場の彼女。
焔に阻まれ逃げ場をなくした人々、消える命。
その焔の壁を作ったのは彼であり、彼女でもある。
彼女の背中がロイに与えた力が、その真っ赤な夢の源なのであるから。
 
焦点を合わせたロイの眼に、リザの瞳の中の罪悪感が映る。
それを認めた刹那、ロイの中の凶暴なまでの衝動に再び火がついた。
君のせいではない、私のせいだ。いや、私たちの、なのか。
力を欲したのはロイだった。そして、それを与えたのはリザだった。
だからといって、イシュヴァール殲滅戦が残した痛みがどちらかの責任であるはずが無かった。
それなのに、どうしてそんな目をする。
やり場の無い焔は、身近な衝動に変換される。
 
ロイは力任せにリザを押し倒し、唇を貪った。
2人の歯が当たりロイの唇が切れたが、痛みは感じない。
抵抗しない彼女を組み伏せ、背中の陣を唇でなぞり強く吸い、紅い痣をその背中に降らせる。
リザは声も立てず、体を振るわせた。
柔らかな乳房を掴み乱暴に捏ねても、彼女はただ抑えた吐息を重ね、眉根に皺を寄せ耐えている。
その姿にロイは一層の嗜虐心を煽られ、そのまま腰を高く上げさせ、後ろから彼女を貫いた。
ロイの唇から滴る血と痣で背中を紅く染めたリザは歯を食いしばり、声も上げずにその白い喉をのけぞらせる。
ほとんど前戯さえなく、押さえつけられ、無理な体勢で男を受け入れるその姿は、罰を受け入れているかのようにも見えた。
激しく動くロイの下で、彼女は声を殺して泣く。
こういう時にしか泣けなに哀しい女(ひと)を、ロイはこうして開放する。
受け入れられる自分に安堵を覚えながら。
 
紅蓮の夢の後のそれは、まるで贖罪の儀式。
罪を吐き出すしかない男にとっても、罪を受け入れるしかない女にとっても。
誰も知らない、共犯者の終わらぬ煉獄。
二人の罪は、彼女の背中だけが知っている。
 
 
 Fin
 
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【後書きの様なもの】
 初ロイアイ作。というか、散文に近いですね。
 「背中を託して良いですか?」の結果がイシュヴァール殲滅戦だったなら、二人ともお互いに対して罪悪感とか持ってそうかなと。で、二人で傷を舐め合ってたら良いなぁと(妄想)消えない証拠って、残酷です。