06.上官命令

私は貴男の手のひらの駒
 
       *
 
「10時の方角から銃声!」
「先発隊の所在を確認。救護班は準備して待機を。本部部隊は、まだ動かない様に!」
「了解!」
 
イーストシティ南部で起きたテロリストの立て籠り事件は、まるでロイ・マスタング大佐の留守を狙ったかのようだった。
通常なら大佐が指揮を執る第4師団は今、副官であるリザ・ホークアイ中尉の手に任されている。
大胆な用兵を好む大佐とは対照的に、リザはブレダ少尉を参謀に無理の無い堅実な作戦を実行していた。
 
市街地の地図をにらみながらルートの確認をしているリザの元に、煙草をくわえたハボック少尉がやって来た。
「今の状況でうちの押さえてるルートに奴らが来る確率は、まぁ、3割ってとこッスかね」
「そうね、でも何とも言えないわ。結局来るか来ないか、10か0かですもの」
「違いねぇ」
明るく笑うハボックにつられて、リザの張りつめた表情も少し緩む。
彼の笑いには、場の空気を和ませる力があるようだ、とリザは思う。
 
「全く大佐が居ないンスから、うちの部隊なんざ、どっかの師団とひとまとめにしてくれりゃイイものを。わざわざ中尉に押し付ける辺り、上の嫌がらせもあからさまになって来ましたねェ」
「それだけ大佐の存在に恐々としてるんでしょう。せめて部下に失敗させて挙げ足でもとろう、って魂胆が見え見えでイヤになるわ」
「お守りに留守番、手のかかる上司を持って中尉も大変っスね」
「全く」
重責を負わされたリザを気遣ってハボックは軽く流してくれたが、まったく軍部内は魑魅魍魎どもの巣窟だ。
足の引っ張り合いは、日常茶飯事。
だからこそ、ここでしくじって大佐の面子を潰すわけにはいかないのだ。
皆それが分かっているから、緊迫の度合いもいつもより強い。
 
リザは気合いを入れ直して、傍らのブレダを振り返った。
「ブレダ少尉、この配置で良いかしら」
「そうですね。Cブロックが若干手薄ですが、この際やむを得ないでしょう」
「ハボック少尉の隊に行ってもらうというのは」
「こいつを出すほどのポイントではないと思われます」
「中尉の命令なら、俺は何処へなりとも」
おどけて敬礼するハボックに、ブレダが苦笑する。
「むしろ、B-1ブロックを強化した方が良いのではないでしょうか。逃走ルートの裏をかくならあそこを通る確率が一番高いでしょう」
「分かりました、ではハボック少尉は部隊を連れてB-1ブロックに合流して下さい。バックアップは私がするわ。フュリー曹長、通信機の準備を」
「あちらに準備したものがありますので、とってきます!」
駆け出すフュリーを見送って、リザは皆に聞こえぬ様小さく溜息をついた。
 
指揮を執るのはなんと大変なのだろう。
駒として動いている方がよっぽど楽だ。
銃を手に照準を合わせる時、そこにはこんな悩みも逡巡も存在しない。
あの人はいつもこんな大変な事を、表情1つ変えずにパキパキとこなしているのだ。
この大変さを私に思い知らせようと、こんな日に出かけたのかしら。
早く帰って来て、さっさと私に指示をくれれば良いのに。
 
上官命令を待ちわびて、彼女は西の空を睨みつける。
 
 
 Fin
 
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【後書きの様なもの】
<< ロイアイスキーに20のお題 >>より。(配布元はこちら。(閉鎖されました))
 尉官クラスの人が小隊の指揮を執るなんてあり得ない事でしょうが、二次創作という事でご容赦下さい。全く軍部の日常っぽく、ロイアイどころではありませんね。とほ