拍手お返事

090628〜090630の拍手お返事
kimi
 こんばんは。やはり、ヒューズのあのシーンが絡むと何だかホロリとくるのですよね。ロイアイにとっても重要なシーンですし。
 拍手、ありがとうございました!
 
>かめ様
 深い考察、ありがとうございます。このSSでは「魂の情報=DNA」として書いていますが、確かにアルのことを考えるならば、もっと神話的に(イザナギイザナミを黄泉に迎えに行った話とか)考えるべきかもしれないですよね。ダークファンタジーだし。
 私自身も自分がその立場になったなら果たしてどう思うか予測もつきませんが、ロイアイの場合イシュヴァールで人の命を奪うという体験をしている分、命の重さの捉え方が違いそうにも思います。それと錬金術の光と闇の両面と。そう思うと、ロイアイって深いですね。。。
 拍手ありがとうございました!
 
>じゅん様
 すみません、SSSは基本筆任せなので続きは難しくて。。。
 なかなか命に関わることを言葉にするのは、難しいですよね。リザの不安、ロイの惑い、人間の弱さそして強さ。鋼って本当に奥深いマンガだなと、アニメでもう3度目のヒューズの死を見ながら思った次第です。
 拍手ありがとうございまいした〜。
 
>ひびき様
 おお! 拍手散文にお言葉ありがとうございます♪ここのところ余裕がなくて久々に変えられたのですが、ロイアイ! って言って頂けて嬉しいです。この切なさとか、ぎりぎりの所を言葉に出さない感じがロイアイかなと思う次第です。
 拍手に拍手(笑)ありがとうございました!
 
090625〜090627の拍手お返事
>藤丸さま
 ご丁寧にご連絡頂き、ありがとうございます。ああ、とても残念です!次の機会を心からお待ちしております。それから、ご依頼の件承りました。お言葉、ありがたく明日は頑張って参ります! 
090623〜090624の拍手お返事
>立花ちま様
初めまして、こんばんは。お問い合わせ、ありがとうございます。その件に関しましては申し訳ありませんが、現時点では予定はしておりません。私はあまり要領の良い方ではありませんので、今の段階で自分のキャパシティぎりぎりでBlog運営などもしている状態ですし、同人誌に関する事にも全く疎いものですから。せっかくありがたいご要望を頂きましたのに、こんな余裕のない状態でご希望に添えず本当に申し訳なく思っております。えと、夏(秋?)以降仕事が落ち着けば書店の方なら、、、ともイベント直前の煮えた脳で無謀にも考えたりしますが、ちょっと現時点ではお約束出来ませんので、あの、すみません。本当にごめんなさい。
 
090619〜090622の拍手お返事
>星夜様
 こんばんは、SSSその2のリンクミスのご指摘感謝です。うっかりして見過ごしておりましたよ、助かりました〜!
 お取り置き承りました。ありがとうございます! でも、うちみたいな弱小Blogの新参サークルの本なんて、多分ほっといても残ってますよ?売れ残った本で世界一哀しい焼き芋を焼く予定ですもの。(笑) いよいよイベントまで1週間切りましたね、もう忘れ物がないか今からソワソワしています。フリーのペーパーもフライヤーで発注したので、まだ届いてないし。。。いやはや〜。何はともあれ、お会い出来る日を楽しみにしております!

 
090616〜090618の拍手お返事
>ヒコウオニ様
 あまりに高速の拍手に目を疑いました。ありがとうございます。きっとニアミスしてたんですね。(笑)
 お気に召して良かったです、まさにあの科白が要なのですよね〜♪

 
>サクラちゃん
 色々ありがと〜! すっごい楽しかった!! あれらの完成を心待ちにしています。本当にワクワクするわぁ。
 でもね、これは基準じゃないのよ。うちのロイは紫のバラの人のようにリザを見守っているのです。そして、足も臭くないのです。多分、屁もこきません。ホントだよ?(笑)まぁ、いいや。拍手ありがとうね〜!!
 
090614〜090615の拍手お返事
>06/15 23:10 いいですね!冒険活劇!〜のお方様
 私も大好きです! 冒険活劇! でも、今回はスナイパー絡みですので静かな緊迫感的な物になっている気がします。ちなみに、例の彼はこの章で一番長い科白を喋っています。(ひょっとして、Bullet Opera【おまけのおまけ】にコメント下さった方でしょうか?)
 もし10月にお時間がございましたなら、よろしければ……としか申し上げられませんで、本当にすみません。
 拍手、ありがとうございました!

 
090608〜090613の拍手お返事
>星夜さん
 惚れ惚れするような上官命令をありがとうございました。おかげ様で生きております。(笑)星夜様もお忙しいでしょうに、叱咤激励に感謝です。
 そして、こちらこそご無沙汰しております。いや件のアレでドン引きなさったのではと危惧しておりましたが、そうでなかったのでしたら安心いたしました。あ〜、良かった。(笑)
 こちらこそ月末を本当に楽しみにしております。もう後2週間ですね、今からドキドキです。
 拍手ありがとございました!

 
>かめ様
 多分、リザさんはこういう所とても慎ましやかな人ではないかなと思う次第です。二人ともお金で手に入れられない物の大きさ辛さを、痛いほどに知っている大人だと思うのですよね。
>>二人一緒に時を刻んでいることが一番の幸せ
 そんな風に受け取っていただける幸せをかみしめております。こちらこそ、ありがとうございました!

 
>sano様
 こちらこそ、読んで下さってありがとうございます。ご期待に添えるよう、ボチボチですが頑張って参りますね。拍手、ありがとうございました〜!
 
090605〜090607の拍手お返事
※別館コメントへのお返事は、別館にて。
 
>ヒコウオニ様
 いやはや過分なお言葉、ありがとうございます。気に入っていただけるということは、好みが似ているという事かもしれないですね。うふふ♪
 色シリーズは、色の名前を探すのも楽しみの一つです。アリスブルーって、こう夜のシーツの色みたいな月光みたいな感じでしょうか。確かに孤独のイメージなのですよね。
 拍手、ありがとうございました!

  
>かめ様
 夜中って昼間より孤独とか寂しさが際立つ感じ、確かにありますよね。孤独を癒す事は出来なくても、薄める事なら出来るかもしれない。そんな風に思います。差し出す手の温かさって、そうじゃないかなと。抱き枕は、、、えっと。そういうのもありですかね?(笑)
 拍手、ありがとうございました!
  
 
>けろ様
 こんばんは、お仕事お疲れさまです。拍手、ありがとうござました。
 多分、けろ様が読む事で息抜きをされるように、私は書く事で息抜きをしているんだと思います。ですから、こうして読んでいただいて感想を頂けるのは、とても嬉しいことなのです。こちらこそ、読んで下さってありがとうございます。

 
>じゅん様
 そうなんですよね、意外にこういう経験あるのではないかと。ロイは、そういうとこ無意識なのがまた良いと思うんです。
 拍手、ありがとうございました。

 
090601〜090604の拍手お返事
>天辻様
 初めまして、こんばんは。丁寧なご挨拶ありがとうございます。
 ひゃ〜、こちらも全力で御礼を言わせて下さい、嬉しい! Rougeで没にしたシチュを気に入っていただけて、うふふ♪でございますよ。気障タング大好きなんです、この人はいつも歯の浮くようなことばっかり言ってるといいと思います。(笑)
 オフの方も何とか目処がついてきました、あと一踏ん張り頑張ります。当日、お会い出来ることを楽しみにさせていただいておりますね。拍手、ありがとうございました。

 
>S様
 返信不要とのことですが、これだけは!
>>※マスタング銜え描写アリ
 て、どんなR指定ですか!(爆笑)モニタ前で転がりました。何と申しますか……ありがとうございます。(笑)

 
これ以前の拍手お返事は、コチラです。


?.プロローグ

 彼が初めて己の生命が有限であることを実感したのは、ある麗らかな春の日のことだった。
 その日、幼い彼は生まれて初めて、図書館という場所に足を踏み入れた。忙しい養母が仕事の合間をぬって、知識欲の旺盛な彼を街の図書館に連れて行ってくれたのだ。
 本を読むことが大好きだった少年は、初めて見る図書館のその蔵書量に圧倒され、目を丸くした。膨大な書架に並ぶ幾千万の知識の凝集体は、そのページ一枚一枚の間に無限の可能性を秘め、まだ幼かった彼はそれを無制限に閲覧出来ることの興奮に目を輝かせた。
 書架に駆け寄り本の背表紙を眺める彼は、自分の手の届く範囲にある本ですら、一日かけても読み切ることが出来ないことに気付いた。それは彼にとって、言葉に尽くせぬ幸福であった。
 読んでも読んでも読み切れないほどの本がある! そして自分はそのどれを読んでも構わないという、自由を持っている。ああ、どれから読もう? 迷っている時間も惜しいというのに!
 わくわくと心を躍らせ、彼は知識への渇望に興奮する。だが不意にその時、彼の頭の中でもう一人の彼が、至極冷静にこう囁いたのだった。
『確かに此処には無限に思えるほど膨大な蔵書が存在する。化学、物理学、政治、経済、哲学、宗教、あらゆる分野の専門書。ミステリー、戯曲、恋愛小説、童話、様々な娯楽書。それこそ、星の数ほどに』
「ああ、とても素晴らしいことだ。まるで夢のような光景だ」
 彼は素直に、内なる自分の言葉に答える。だが、彼の影は暗い口調で、静かに彼にこう囁いた。
『だがしかし、お前が一生をかけたとしても、この蔵書の千分の一、いや万分の一すら読破することは不可能だ。たとえ、生涯の大半を読書の為だけに費やしたとしても、だ。そのことに、お前はきちんと気付いているか?』
 その意見は常識的に考えて、ごく真っ当な見解であり、彼には反論の余地すらなかった。
 一日は二十四時間しかない。そして人はどう足掻いても、百年生きられるかどうかの生き物でしかないのだ。その上、読書だけに全てを費やす事が出来るほど、人生は単純ではない。
 その瞬間、彼は自分の人生が多くのことを成し遂げるには、短すぎるものであることを知ってしまった。
 無限の可能性を秘めていると思っていた彼の未来は、その全てを懸けても図書館の蔵書を収めるほどの大きさすら持っていなかったのだ。
 彼は、目の前が真っ暗になるような恐怖に震えた。この世の真理に到達する前に道半ばで途切れるかもしれない人生の理不尽さと、それでも探求することを、生きることを止めることが出来ない人間という生き物の性に彼は無意識の内で慄いた。
 それは幼い彼が初めて突きつけられた、己の命が有限であるという、目を背けることの出来ない恐ろしい事実であった。

 それから二十年後の今。
 この内乱の地で、彼はまるで朝食にオートミールを食べるほどの気安さで、己の命が有限であることを、日々目の前に突きつけられている。

?.己を焼くその焔の名は

「こちら、チャーリー隊。バリケード前まで撤退の上、部隊の展開を完了。以降、指示を待つ」
 無線機に逐次報告される戦況は混乱し、結局この日もここイシュヴァールでは消耗戦にしかならない戦いが繰り広げられている。また今日も、無駄に多くの兵が命を落としていくだろう。
 ロイは溜め息をこぼす代わりに、現状を打破すべく、自分が直接前線に出る決断を下す。
「チャーリー隊を地点四ノ六まで一時撤退させろ。私が直接出る」
「イエス、サー! チャーリー隊、地点四ノ六まで一時撤退! マスタング少佐出陣! ぐずぐずするな、尻に火が点くぞ!」
「アイ、サー!」
 無線機に向かって復唱される彼の命令が周囲に浸透すると共に、部隊にざわめきが広がる。そのざわめきは、いつも彼と部隊との間に常人と常人にあらざる者の壁を作り、ロイを孤独にする。
 毎度自分が出動する度に広がる不穏な空気を胸に吸い込み、ロイは己が揺らがぬよう、発火布の手袋をはめた手首を軽く握りしめた。あまり衛生的とは言えないこの野営地に不似合いなほど真っ白な手袋は、焼け付くような太陽の光を反射し目に痛い。
 斥候に出ていた兵士達が戻るのを目の端に捉え、ロイは部隊の全てを己の背後に守り、右手を軽くあげた。
 だが、彼の焔が生まれるより早く、五百メートル程先の民家の密集地帯で、別の誰かが作り出した爆炎が上がった。それと同時に、無線機が喚きだす。
メーデー! メーデー! こちらシグマ隊! 二十七地区五ノ一にて自爆テロ発生! 瓦礫で通路が塞がれ撤退不能! 死者二名、負傷者五名。至急応援を頼む!」
 無線機ががなり立てる割れた音が、ロイの耳に響く。そう遠くない場所で銃声が聞こえ、遅れて無線機から同じ銃声が拾われた。爆破した建物のあった辺りに集中する狙撃音の存在が、繰り返される無線のSOSの向こうに確認された。
 イシュヴァール人の別動隊がいたのか!
 狙い撃ちされている友軍の存在にギリリと歯噛みしたロイは、考える間もなく右手をさっと前方に伸ばした。
 パチンと軽く指を鳴らす音が彼の指先から飛ぶと共に、深紅の稲妻のように空気の導火線が爆破された建物まで一気に走り抜ける。大出力の焔が鈍い音を立てて爆発し、ドミノ倒しのごとく手前にある建物をなぎ倒していく。瞬きする間もなく、街の一角が姿を消し、代わりにそこには瓦礫のトンネルがパックリと口を開いた。
 傍らにいた新兵の集団が、静まり返っている。取り残された部隊の退路を開く為に、一直線に市街を破壊するという荒技を指先の動きだけで成し遂げたロイの姿に、衝撃を受けたのだろう。
 焔の錬金術の威力を恐れ、味方からさえも遠巻きにされる『人間兵器』扱いに、ロイはここに来て三日で慣れた。彼らも『人間兵器』の存在に、三日で慣れるだろう。そう考えながら、ロイは彼らの沈黙を無視し、指揮官としての指示を出す。
「シグマ隊に脱出路が出来たと知らせろ。それから、回線一三〇八に援護を要請、大至急だ」
 至極冷静なロイの声を、通信士が怒鳴るようにマイクに向かって変換する。
「シグマ隊、こちらマスタング隊本部。貴隊より十一時の方向に直線路を確保した。出られるか?」
 しばしの雑音の後、明らかに安堵した声が無線機の向こうから返ってくる。
「進路確認、及び貴隊を視認した。負傷者を確保し撤退する。援護頼む」
「了解した。当隊には焔の錬金術師が所属している。安心しろ」
 通信士のその言葉に、無線機の向こうから返事はなかった。代わりに微かな悲鳴と、電波の途切れた後の砂嵐のような雑音が通信機に入ってくる。事は一刻を争うようだ。そう判断したロイはもう一度右手を軽く振って焔の導火線を生みながら、背後にいる部下に怒鳴る。
「同士討ちの危険がある。構えて待機せよ、合図があるまで撃つな」
 ボンッ。
 激しい音と砂埃を立て、ロイの焔が遠く煉瓦の塔を破壊する。
 カシャッ。
 その時、塔の崩れる音に混じり、聞き慣れぬ機械音が微かにロイの耳に聞こえた。スッと視線を動かすロイの様子に目敏く気付いた斥候の一人が、ロイの目配せを受け、駆け出していく。
 そんなやり取りの間に、前方から銃を手に後退してくる一団が視界に現れる。無傷の者も、腹圧ではみ出る腸を手で押さえた者も、足を引きずっている者も、皆一様に生き残るために必死の形相で瓦礫の中から脱出してくる。接近戦に持ち込まれてはイシュヴァールの武僧に敵わないことを、彼らは皆知っている。
 ダダダダダダッ!
 後退するシグマ隊を襲う銃声に、一瞬で視線を戦場に戻したロイは矢継ぎ早に焔を生みだし、脱出する彼らを援護する。イシュヴァール人の弾丸はロイたちのいる場所にまで届き、彼の周囲の地面に砂埃が立った。厄介な重火器を排除しようと躍起になる相手が、ロイを的にしているのは明白であった。
 胃の腑が冷えるような死への恐怖と、指揮官としての矜持が燃えるようにロイの腹の中で暴れる。ロイは己の中の後者の意思に従い、背後の部下に向かって怒鳴った。
「まだ、出るな! 構えて待機せよ」
 ロイは、独り火線の前に立つ。指揮官の立場をわきまえぬと言われようと、その強大な力の為に疎まれようと、部下に守られて後方にいるより、はるかにその方が彼には気が楽だった。
 そうでなくて、何の為の人間兵器か。ロイは自嘲し、弾丸の雨の中で新たな焔を撒き散らす。手の届かぬ瓦礫の向こうで、はらわたを撒き散らし死んでいくシグマ隊の兵を見つめながら。
 頬を掠める弾丸は、恐怖以外の何ものでもなかった。死が隣合わせで踊り狂い、それをねじ伏せる為にロイは狂ったように焔を振るう。振るった焔は同国民を殺戮し、味方に恐怖を与え、ますます彼を孤独に追い詰めていく。
 それでも、彼は焔を生み続けるしかないのだ。己が生き残る為に、己の背後に背負う者たちを生き残らせる為に。
 カシャッ。カシャッ。
 派手な爆発とロイの動きに合わせ、あの耳障りな微かな機械音は鳴り続けている。
 ロイは意識を前方に集中し、狙撃の目隠しになる煙幕を張る為に、焼くのではなく爆発を生むように錬成の水素濃度を上げた。派手な爆発は相手への威嚇にもなり、ロイを狙う弾は目に見えてその勢いを失った。
 退却するシグマ隊の兵士への援護にピンポイントで雷の如き一撃を放ち、イシュヴァール人の狙撃手を撃ち落としたロイは、現場に向かってようやくゴーサインを下す。
「負傷者を収容、援護出てやれ。射撃部隊、前へ。救護班待機」
「アイ、サー!」
 ようやく止んだ銃声を確認し、ロイは部下たちに負傷者の収容を急がせる。
「シグマ隊収容!」
「残り後何人だ? 確認急げ!」
「衛生兵は負傷者のトリアージを急げ。後の者は狙撃の手を止めるな、まだイシュヴァール人の残党がいる可能性は高い」
 ロイは攻撃の手を構えたままそう言い放ち、一時街路を封鎖するべく、建物を破壊しようと右手を前方に突き出した。彼が焔を生もうとしたその時、その腕に向かって一人の男が、倒れ込んできた。
「シグマ隊、撤退、完了。俺が……最後だ」
 息も絶え絶えにそう言った男の身体を、ロイは咄嗟に受け止めた。その瞬間、彼の真っ白な手袋は、暗赤色に染まった。どくどくと脈打つように溢れる男の血は、たちまちロイの手甲の紅い火蜥蜴を飲み込んでいく。
 唇まで蒼白になった男は満身創痍で、その軍服は彼が生きているのが不思議な程にぐっしょりと重く血に湿っていた。隊のしんがりを務め、負傷者を先に撤退させるのに彼が払った血の代価は、あまりに大量だった。そう、彼の命を損なうほどに。
 階級章から少佐と分かるその男は、ようやく任務から解放されることへの安堵の表情を浮かべ、ロイを見る。ロイの掌は生暖かい液体で満たされ、彼は既に日常の一部と化した、命が失われていく感覚に絶望を覚える。
「貴君、の、援護に……感、謝、する」
 自身の指揮する隊を守り抜いた男が、その功績と引き替えに命の灯火を消そうとしている気配を感じ、ロイは必死に叫ぶ。
「死ぬな!」
 だが、ロイの叫びも空しく彼を見る男の瞳は、ゆっくりと何も映さぬ硝子玉となっていった。男の流す血の赤とロイの軍服の青が混じり合い、黒い染みがロイを浸食する。ロイの手の中から、救えなかった命がこぼれていく。
 カシャ。
 何処かでまた、耳障りな機械音が響いた。
「衛生兵!」
 無駄だと分かっていながら怒鳴るロイの元に駆け寄る初老の男は、ロイの腕の中にいる男の姿に、ただ無言で首を振る。どこかでまた銃声が鳴る。応戦する機銃の音が頼りない。腕の中でどんどん重くなる男の体は、もう何の反応も示さない。
「小隊長!」
 命を救われたシグマ隊の兵士が放つ悲鳴のような声が、ぐんにゃりと力を失った男の上に注ぐ。ロイはギリギリと歯噛みし、ぐっしょりと血で濡れた手袋を乱暴に投げ捨て、新しい手袋を装着した。
「出るぞ、退け!」 
 その言葉と共にロイは焔の出力を上げ、乱暴に一区画をまるごと破壊する程の大爆発を起こした。誘発するように次々と爆破される建物はぐらぐらと崩れ、彼らの前の全てが吹き飛ばされた。
 ロイの放つ人間離れした攻撃力を目の当たりにしたシグマ隊の兵士たちは、一様に声を失った。ロイは背中に彼らの恐怖を感じる。
 ロイの背中に浴びせられる、息を飲む兵士たちの掠れた悲鳴に似た呼吸音。それは、『焔の錬金術師』という名が与える恐怖の、本当の意味を知った者たちが奏でる音であった。
 毎度聞き慣れたあからさまな恐怖の音色を無視し、ロイは腕の中の男の肉体から手を離した。また何も守れなかった己の不甲斐無さに、歯噛みしながら。
 男の体はロイの足下に崩れ落ち、男の血と煤とでどす黒く染めあげられたロイの姿は、鬼神のごとく焔の中に浮かび上がる。突撃する兵士を率い、ロイは全てを破壊し尽くさん勢いで進撃した。
 彼の通り過ぎた後には砂と瓦礫と死体だけが残され、血と焔が紅く全てを染めあげていく。置き忘れた恐怖と慙愧の念が、彼の胸を染めあげるように。彼の手袋の白さだけが、その中に異質に浮かび上がっている。
 カシャ。カシャ。カシャ。
 どこかでまた、機械音がなる。
 紅い景色を切り取るように、無機質な音が、繰り返し、繰り返し。それは彼らの戦闘が終わるまで、途切れることなく続いた。
 この日、ロイの率いるマスタング隊により、二十七地区は僅か二十八時間のうちに制圧された。シグマ隊の救助をした上での任務の完遂は、大いに賞賛されるべきものであった。
 だが、その結果として任務の責任者であるロイの手元に残されたのは、血に染まった軍服と、救った筈の味方から向けられる常人の中に紛れ込んだ怪物を見る眼差しだけだった。
 『焔の錬金術師』の名は、今日もまた賞賛と畏怖の対象として祭り上げられていく。彼の望むと望まざるとに関わらず。『焔の錬金術師』の名だけがモンスターのように膨らんで、ロイ・マスタングという名の個人はそこには存在しない。
 全てが終わった後、瓦礫の焼け野原と化した戦場でロイは独り、戦闘の最中に投げ捨てた味方の血に染まった発火布の手袋を拾い上げた。手袋に描かれた錬成陣の中の紅い火蜥蜴は、まるで彼の分身のように血に塗れて苦しげにのたうっている。
 疲労と苦々しい思いを噛みしめるロイは何かを求めるように、血よりも赤い夕陽に照らされ朱の色に染まった塔を見上げた。
 だが、そこにいる筈の狙撃手の少女の姿は、遙かに臨むべくもなかった。

     §

 その数日後。
「よぉ! ロイ」
 早朝、ロイに割り当てられたテントの入り口が開き、ひょこりとヒューズが顔を覗かせた。鬱陶しい程に晴れやかな青空と、それに似合いの明るい友人の笑顔がロイを追い詰めるように、暗いテントの中に光を運び込んでくる。
 その光は、前夜ドクター・ノックスと共に行った実験棟でのイシュヴァール人を焼く『仕事』のせいで疲弊したロイの精神には、痛い程の眩しさであった。
 ロイはテントの入り口を正視できず、三日ぶりに会うヒューズの顔を見ることなく、朝の準備を続けるポーズを取った。
「何だ、ヒューズ。朝から何か用か?」
 ヒューズはそんなロイの様子に頓着することなく、小さな鏡で髭をあたる彼の後頭部に向かって話しかけてくる。
「用がなきゃ来ちゃいけない、って法則はないだろう。それよりお前、昨日の晩、どこに行ってた?」
「何か用があったのか?」
 ヒューズの言葉に内心ギクリとしながら、ロイは平然とした顔を何とか保ち、さも何でもないことのように問い返し、答えを濁した。
 実験棟で己がやっている事は、ロイは親友であるヒューズにも話していない。否、話すことができなかった。戦闘ならまだ言い分は立つが、無抵抗の者を殺して実験材料にしている事に、出来る言い訳はなかった。
 ヒューズはロイの意図を察したのか、それとも何も考えていないのか、それ以上の追求はせずに話を先に進めた。
「いや、用ってほどでもないんだが、お前に見せたいものがあってな。点呼の後ここに来たんだが」
「それは、すまなかった。で、その私に見せたい物というのは何だ? また彼女からの手紙が来ただとか、言うんじゃないだろうな」
 己の後ろめたさを隠し、ロイは不機嫌な口調で剃刀を下ろすとヒューズの方へ振り向いた。ヒューズはその軽い口調とは裏腹に真面目な顔で、彼に向かって手に握った何かを差し出した。ヒューズの意図を図りかね、ロイは無言で親友の手元に視線を落とす。それはただの新聞紙であった。
 だが、その一面を見た瞬間、ロイは驚きに目を見開き、剃刀を投げるように置くと、ヒューズの手からそれを引っ手繰った。
「なんだ、これは!?」
 ロイは粗悪な紙が破れそうな勢いで、ヒューズから奪った新聞紙を大きく開いた。
 新聞のトップページには、でかでかと『イシュヴァールの英雄』という文字が白抜きのゴシック体で綴られ、その見出しの下には三日前の二十七地区での戦闘の際に撮られたものとおぼしき、ロイの写真が大きく掲載されていた。
 息絶えた兵士の崩れ落ちる肉体を左腕に抱えたまま、右手で焔を生む鬼神のごときロイの姿は、モノクロームの紙面の上でさえ焔を纏い、まるでイシュヴァールを破壊する全ての象徴のようであった。
 ロイは苦虫を噛み潰したような顔で己の写真から視線を逸らし、その下の詳細な記事に目を走らせる。
 そこには、イシュヴァール人が如何に卑劣な手を使って軍を攻撃したかを声高に叩き、それに屈せず闘う国軍と己の犠牲を省みぬ若き国家錬金術師の勇壮さを賛美する文章が書かれていた。
 吐き気がするほどの美辞麗句が並べ立てられた活字の行間には乾いた嘘ばかりが転がり、そこには生臭い血も、滑る内蔵も、人が焼ける臭いも、死の恐怖も感じられない。
 綺麗に去勢された戦場の抜け殻から、ロイは無言でヒューズへと視線を移す。ヒューズは「俺は知らん」と言わんばかりの表情で肩を竦めると、顎で新聞の方をしゃくってみせた。
「アメストリス軍御用達、国内最大部数を誇るセントラル日報の昨日の朝刊だ。お前、うまいことプロパガンダに利用されてるぜ。気をつけろ」
 ロイは、あの日の耳障りな機械音を思い出す。
 戦闘の最中、絶え間なくカシャカシャと聞こえていたあの音は、カメラのシャッター音だったのだ。写真の提供元が軍名義になっているということは、これを撮影したのは従軍記者なのだろう。あの時様子を見に行った斥候がロイに何の報告もしなかったのは、従軍記者を軍属として認識したからか。
 うっかり失念していた事象を今更のように確認し、ロイはもう一度新聞に掲載された己の写真を嫌悪感をもって眺めた。
 己は、こんな顔で人を殺しているのか。
 まるで他人を見るように、ロイは己の姿を眺める。
 憎しみの熱に浮かされ、何かに耐えるように眉間に皺を寄せた姿は、大衆の為に錬金術を使う術師の姿には到底見えなかった。
 いつの間にか初期の目的から道を違えた己の姿を見つめ、ロイは大衆の目に晒される新聞という媒体の、影響力を考える。
 膠着状態の内乱で兵士の士気を上げるための材料として、英雄という存在を作り上げるのは、一つの賢いやり方だった。だが流石に、まさか自分がその対象になるとは思ってもみなかった。
 悪い意味でも良い意味でも、戦場で目立つことには、それなりの覚悟が必要なのか。ロイは内心で苦笑するとともに、チクリと胸をよぎるある一つの可能性に思い至る。
 ひょっとしたら、彼女にもこの新聞を見られたのだろうか。
 士官学校生である彼女とは管轄が違うから、彼女が最前線に出るロイの戦闘シーンを見ることは通常はあり得ない。だが、写真はそれを可能にする。彼女に託された秘伝をこのような形で使う、人殺しの己の姿を見られてしまうとは。
 心臓の最も柔らかな部分に爪を立てられたような思いがし、ロイは心の均衡を保つために急いでその考えから思考を逸らした。そして、黙って己を見つめるヒューズに、いかにも何でもないことのように答えを返した。
「気をつけろと言われても、こっちは目の前の戦闘で手がいっぱいだ」
 奪い取った新聞をヒューズの手に返し、ロイは朝の準備に戻るべく、放り出した剃刀を再び手に取った。ヒューズは渡された新聞をそのまま傍らの簡易机の上に放り出すと、学生の頃から変わらないお節介を披露する。
「具体的にどうしろとは、俺にも言えん。だが、このイシュヴァール戦にかり出された錬金術師は、何もお前一人じゃないんだ。もっと派手にやって目立ってる奴もいるのに、なぜお前なんだ? 確かに俺たちは駒だが、政治向きの事には用心するに越したことはない」
 ヒューズが言外に紅蓮の錬金術師の事を指しているのは、ロイにも分かった。だが、あの男は英雄に祭り上げるには危険すぎる。常識的な範囲内で無難だと判断されたであろう己の方が、こういった政治的な事に関しては使いやすいのであろう。
 皮肉でもなんでもなく客観的に己をそう捉え、ロイは鏡越しにヒューズを見る。苛立ちを隠そうとしない親友の姿に、ロイは苦笑する。
 頬を滑る冷たい刃を感じながら、ロイは議論を放り出した。昨夜の疲労の上に、これ以上ものを考える余裕は彼にはなかった。
「心配してくれることには感謝する、ヒューズ。だが、私にはどうすることも出来ん」
 この殲滅戦で、ロイは自分の立場の弱さを嫌というほど思い知らされてきた。所詮、少佐相当官などという曖昧な立場では、己の思うようなことは何も出来ないのだ。こうして、内乱における殲滅戦の発動を正当化する道具に使われることも、拒否できないほどに。
 ロイは髭を剃り終わった顔をざっとタオルで拭うと、不敵な笑みを作ってみせる。
「それに利用されるなら、利用し返せばいい。名声は持っていて損になることはない」
 開き直ったロイの態度に、ヒューズは露骨な不安を滲ませた眼差しを向ける。
「ただし、敵も増えるぞ? 本当に分かってんのか、お前」
「何を今更、だ。イシュヴァールの民はこんな新聞記事を読むまでもなく、既に私を敵だと見なしているさ」
「そうじゃないだろう。味方に背中を撃たれるな、ってことだ」
 味方に撃たれると言われ、ロイの脳裏には真っ先に彼女の顔が浮かんだ。人殺しの目でスコープを覗く彼女の、悲痛な問いがロイの脳裏を過ぎる。
『人を幸福にするはずの錬金術が、なぜ人殺しに使われているのですか?』
 例え味方でも、彼女になら撃たれても仕方がない。
 流石にそう思っていても口に出しては言えず、ロイは再び苦笑するに止めた。
 己で選んだ己の道だ。だから己がどうなろうと、その尻拭いの一切を己で引き受ける覚悟はロイにも出来ていた。
 ただ一つ。
 願わくは、彼女の瞳がこれ以上の憂いに侵されることが無いことを。ただそれだけを、彼は切望した。
 ただそんな小さな願いも、この場所で彼女と再会してしまった今となっては、『何を今更』ではあるのだが。
 ロイは己を嘲笑うように、ヒューズが放り出した新聞を地に落とした。
「その時は、その時だ」
 ロイは傍らに置いた発火布の手袋をはめ、何の躊躇もなく己の焔で紙面の中の己を焼き尽くす。
 紙の発火温度、華氏四百五十一度。
 それを上回る熱に、紙は容易く橙色の焔を上げて燃え尽きた。