Libera Me 試し読み

 いつもの昼下がり、いつもの東方司令部。いつもの通りロイは仕事をさぼって執務室から逃亡している。
 ただ一つ、いつもと違うのは。姿を消した彼を誰も探しに行こうとしない事だった。
 
 ロイ宛の郵便を抱えてリザが司令室に戻ると、昼下がりの穏やかな陽光が主のいない机をポカポカと温めている。まだ戻っていないのか。そう思いながらもリザは黙って封書の束を机の上に置いた。
 いつもなら賑やかなはずの東方司令部の一角は気味が悪いほどにひっそりと静まり、リザはフッと溜め息をつく。その時、机の向こうから聞き慣れた声がボソリと呟くのがリザの耳に入ってきた。
「なぁ、親友に死なれちまうって、どんな感じだろうな? ブレダ
 リザが視線を動かせば、呼ばれたブレダは大きな腹を揺らして振り向き、くわえ煙草のまま唐突な質問をぶつけるハボックを睨みつけている。
「ハボ……お前ってヤツは相変わらず恐ろしいほどにストレートだな」
「知ってンだろ、それくらい」
 さらりと言い放つハボックに眉間に皺を刻んだブレダは律儀に答える。
「まぁな。とりあえず、だ。親友かどうかは知らんが、腐れ縁の俺が死んだと思ってみろよ」
「ンー、分からん」
 即答するハボックに、ブレダはガクリと脱力し更に眉間の皺を深くした。
「お前なぁ……想像力の欠片も無いのか」
「だってお前、殺しても死にそーにないもん」
 あっけらかんと言い放つハボックの言葉は、結局はブレダへの信頼に基づいている事が分かっているので、聞いている方は苦笑するしかない。リザは思わずクスリと笑ってしまう。ブレダも同じように表情を緩め、それからぶっきらぼうに言った。
「だから、それだよ。殺しても死にそうにないと思っていたヤツが不意にいなくなっちまうんだ。それも永遠に」
 ああ、ブレダ少尉らしい分かり易いものの言い方だ。リザはそう思ってハボックの方へ視線を移す。ぽかっと空白になった表情をさらしたハボックは手の中のタバコをもみ消した。そして、ちらりと空の上官の席に目をやると新しい煙草に火をつけ、しばし黙り込んだ。
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
「そうか……それは、辛いな」
 フッと煙を吐き出す動作で天井を見上げたハボックは、ぽつりと呟く。
「ああ」
 返すブレダの声も、ハボックと同じくらいトーンが落ちている。
「辛いよな」
 自然に皆の視線が主のいない机に集中し、再び場を沈黙が支配する。リザは黙って自席に戻り、友を亡くした上官の行方を思いつつ手元の書類を広げた。

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